233 直前 16時03分
(なんだあれ......)
いくらかの枯葉を枝につけるばかりの、遮蔽物としてはいささか心もとない森の木々に身を隠し、今回の依頼の殺害対象......街道を歩くエミーという名の少女を観察しながら、イビルソードは息をのんだ。
もしかすると、その感想は『紫ノ二ツ輪』の面々が共通して抱いた困惑であったかもしれない。
その少女は、黒髪黒目の呪い子。
それはもともと聞いていた。
確かに事前情報の通り、その髪と瞳は気持ちの悪い色合いをしているし、あれが確かに標的のエミーなのだろう。
(でも、なんだ、あの恰好は......?)
問題はそこであった。
その少女は......言うなれば、どす黒い岩石をその身に纏っていた。
ゴツゴツ、トゲトゲとした球状の岩石から、手足と頭がぴょこんと飛び出すという、かなり珍妙な姿をしていたのだ。
そのどす黒い岩石の表面には時折錆びたような赤色が浮かび上がり、そして沈んでいく。
見ているだけで、どこか不安にかられる悍ましい姿だ......。
「暗黒トゲトゲ岩石マン......」
誰かが小声でぽつりとつぶやいた。
「おお、暗黒トゲトゲ岩石マン......」
「暗黒トゲトゲ岩石マン......?」
「暗黒トゲトゲ岩石マン......!」
皆、口々にその言葉を繰り返す。
「ふむ、なるほど......暗黒トゲトゲ岩石マン、か......」
アンビシャスすら、口元に手をあてながら鼻を鳴らし、そうつぶやいた。
何が『なるほど』なのかは知らない。
皆が困惑し、混乱する中で......しかしビックレディだけは、周囲よりも少し冷静だった。
「私のように幻想大陸から流れ着いた、希少種族である可能性がありますね」
故にそう、推測を口にした。
「なるほど、希少種族......」
「それが故の、戦闘能力の高さ、報酬の高さ......か?」
「なるべく原形をとどめて殺すべきでしょうか?剥製にでもすれば、金になるのでは?」
『紫ノ二ツ輪』の面々はビックレディの推測に得心がいき、『あの少女は、希少種族暗黒トゲトゲ岩石マンである』という認識を共有した。
そしてそれ以降、少女の見た目についての言及をやめた。
結局のところあの少女は彼らの標的であり、大事なのはあれを殺すことだ。
見た目など、どうでも良いのだ。
「ふむ、剥製か。しかしまあ、今回は難しいことは考えなくても良かろう。馬鹿のように高い報酬を示されている。それ以上望むのは欲深というものだ」
アンビシャスをそう言いながら、口々に喋り始めた面々を手で制する。
落ち葉がかさかさと転がるよりも小さい声で話していた彼らではあるが、もはやそのささやき声もなくなり、風も吹かぬ森の中は静寂に包まれる。
アンビシャスの声だけが、暗殺者たちの耳に届く。
「それでは、作戦開始だ。諸君、位置につきたまえ」
ショートワープが、スムースタンが、ビックレディが、モンスターマスターが、そしてイビルソードが。
その言葉に頷き、気配を消しながら移動を開始する。
後に残されたのは、闇精霊とアンビシャスである。
「さて、良く見ていてくれたまえよ、見届け人。我々はいつだって、完璧な仕事をする。もちろん、それは今回もだ!」
アンビシャスは胸をはり、宙に浮く黒い球......闇精霊に対しそう宣言した。
「............」
それに対し、これまでと同じく、闇精霊は何ら言葉を発することはなかった。
......ただ、その場にふわふわと浮かんでいた。
◇ ◇ ◇
配置につき、木の幹から身を乗り出し標的を見つめるイビルソードの胸は、どきどきと高鳴っていた。
それは初仕事前の緊張が故であるし、これから人死にを見れる、もしかすれば自分が殺せるということに対しての、喜びが故である。
はじめ話を聞いた時は、呪い子を殺すなんて気持ちが悪いと思った。
しかしどうだ、いざ標的を目の前にしてみれば、そんな気持ちの悪さは、殺人欲求によってすっかり塗りつぶされてしまう!
やはりこの仕事、イビルソードにとっては天職である。
そのように、彼は感じた。
今回、出撃前に決めていた段取りでは、まず囮も兼ねてビッグレディが標的に襲いかかる。
真正面から得体の知れない標的にぶつかる危険な役目ではあるが、アンビシャスにそう指示されたビックレディは、頬を赤らめながら一言の異論もなくそれを受け入れた。
彼女は、恋を......しているからだ。
そしてビックレディが標的を殺しきれればそれで良し、そうでなければ組織最強の男ショートワープが異能を使った奇襲をかける。
アンビシャスの話では、この時点で八割がた標的の殺害は成功するとの事だ。
しかしもし万が一、何かの偶然でショートワープの奇襲が失敗した場合には、モンスターマスターとスムースタンによる一斉攻撃で標的を殺しきる。
イビルソードの出番があるのは、それすらも標的が凌ぎきった場合である。
彼は、そうなった場合に標的の前に姿を現し、相手を斬り殺すのだ。
......つまり、冷静にこの段取りを検討するならば、今回イビルソードの出番はないに等しく、見学をすることが新人である彼の仕事だとみなすことができる。
達人である諸先輩方が仕事を仕損じる可能性は極端に低く、もしもイビルソードの出番が来たとするならば、それはイビルソードよりも強い他の面々をくだした強敵と彼が戦うということだからだ。
普通に考えれば、勝てるはずがないのだ。
もしも事そこに至ったのなら、イビルソードは逃げた方が良いはずなのだ。
しかし、その事実にイビルソードは気づかない。
初仕事を前にした高揚感と殺人欲求とによって、彼は冷静ではなくなっていた。
(ああ......早く殺したい!キミもそうだよね、『ソウルデバウラー』!)
イビルソードは一筋よだれを垂らしながら、鞘の中でカタカタと震える『ソウルデバウラー』を愛おしげになでた。
なおスムースタンらの看破したようにその剣は魔剣ではなく、何の変哲もない数打ちの品であり、カタカタと音が鳴っているのはイビルソード自身が震えているからだ。
「死、ね、やぁーーーーーーッ!!!」
ビックレディの野太い叫び声が聞こえる。
これが作戦開始の合図だ。
イビルソードも勢いよく『ソウルデバウラー(偽)』を鞘から抜き放ち、【身体強化】で己の肉体強度を高め、歪んだ笑みを浮かべた。
「さあ、社会貢献の時間だッ!!!」
精神が昂る!
魔力が漲る!!
殺意が滾る!!!
イビルソードはその状態で、一歩前へと足を踏み出す。
その一歩は思わず力んでしまったせいで、どうにもぎこちないものだった。
思わず苦笑するイビルソード。
しかしそれこそが、彼のまごうことなき新社会人としての第一歩であったと言えよう。
殺戮が......始まる!!
ここから224話にお戻りいただくと、もう一度戦闘シーンをお楽しみいただけます。
【暗黒トゲトゲ岩石マン】
あまりにもしっくりくるらしい、謎の呪い子の少女の見た目を形容する造語。
【希少種族】
ビックレディの口ぶりからすると、幻想大陸にはそう呼ばれる方々がいるらしい。
そしてビックレディの体躯の大きさは、種族由来のものであるらしい。




