231 採用 09時57分
「......他にも構成員はいるのだが、彼らは皆、アーシュゴーに長期出張中でね。故に私のが最後の自己紹介だ」
そう言って、これまで他のメンバーの補足に徹していた白縁眼鏡の男が前に出る。
「私は、アンビシャス。知っての通り、現在『紫ノ二ツ輪』の代表をしている男だよ。まあそのせいで、最近では現場に出ることは少ないがね」
こつこつと靴音を鳴らしながら、アンビシャスは青年の前まで歩みを進め、彼の手を力強く握りしめた。
「よろしく頼むよ、イビルソード」
「イ、イビルソード?」
青年は組織代表からの握手に緊張し固くなりながらも、首を傾げた。
アンビシャスはにやりと、いたずらっ子のように笑みを浮かべる。
「これから君が名乗る、コードネームだよ。我々は、ノフレゼン語で名づけを行う。意味はわかるかね?」
「は、はい!『邪悪な剣』、でしょうか!?」
ノフレゼン語とは、この世界では『古語』とも呼ばれる、現在世界中で使用される共通言語であるバマパーマ語とは異なる言語である。
私たちの言語における外来語のような立ち位置で、この世界アーディストにおいては、単語単位でなら割かし耳にする機会も多い言語であるが、それを自在に使いこなせる人物は稀である。
つまりそのノフレゼン語をもってコードネームをつけることができるという事実は、それだけでアンビシャスの教養の深さを示しているのだ。
そしてそれは、すぐさまその意味を理解することのできた、青年についても言えることであった。
「その通り!賢い新人が入ってくれて、嬉しいよ。気に入ってくれたかな?」
「はい!ありがとうございます!」
そう、感謝を述べてから、青年はじっと己の手のひらを見つめてから......力強くそれを握りしめた。
イビルソード。
己の、新しい名前。
自分の人生は、今ここで、新たに始まったのだ。
そう、イビルソードには感じられた。
自然と、これまでの人生で触れ合ってきた人々の顔が思い浮かぶ。
家族、村の人々、旅先で出会った女の子たち......。
皆、己の糧になってくれた大切な人々だ。
彼らの支えがあって、今、自分はここにいる。
新たな人生の門出にいる。
自然と、感謝の気持ちが湧き出してきた。
そしてイビルソードは、周りを見渡す。
ショートワープ、スムースタン、ビックレディ、そしてアンビシャス。
いずれも、今の自分では太刀打ちのできない達人たち。
大切な師であり、仲間。
そしていずれは、己の糧となってくれる人々。
「皆さんと出会えたこと......本当に、嬉しく思います!私の名前は......イビルソード!魔剣『ソウルデバウラー』を操る剣士です!微力ながら、誠心誠意仕事と向き合い、『紫ノ二ツ輪』に貢献していきたいと思っています!今後とも、どうぞよろしくお願いします!」
イビルソードはそう言って、深く深く頭を下げた。
『紫ノ二ツ輪』の面々はそれを見て、再度パチパチと手を叩いた。
こうして今ここに、『紫ノ二ツ輪』にイビルソードという新たな暗殺者が加わったのだ。
拍手をする構成員たちにぺこぺことお辞儀をするイビルソードを見つめながら、アンビシャスは大きく口角をあげた。
今回、未だ未熟なれど、鍛えれば伸びるであろう新人を獲得し、組織はまた一つ大きくなった。
まだまだ、この『紫ノ二ツ輪』は彼の目標とする姿ではない。
闇社会を恐怖で牛耳る、真なる王者ではない。
しかし今日の小さな一歩は、いずれ目標へとたどり着くために必要な一歩でもある。
組織の拡大、闇社会における影響力の増加。
数多の屍の上に築き上げる栄光!
今のところ、多少気にかかる部分はあるにせよ、全てはアンビシャスの思う通りに事が運んでいる。
それを成しているのは、自分だ。
組織を運営している、自分なのだ!
もはや自分は、かつての惨めな使いっ走りではないのだ!
ああ、自分は今、確かに自己実現しつつある、その途上なのだ!
その事実に、たまらなく興奮する!
それが故に、アンビシャスはこの日初めて、本当の笑みを浮かべた。
その様をちらちらと横目で盗み見ながら、ビックレディが顔を赤くしている。
気分が良いから、サービスだ。
アンビシャスはそんなビックレディの方を振り向き、彼女を見つめながらにっこりと微笑んだ。
さらに顔を赤くするビックレディ。
恋心なんぞで手駒が増えるのであれば、笑顔など好きなだけくれてやる!
◇ ◇ ◇
と、その時だった。
カタン、と音がした。
誰も近くにはいないはずの、小さな礼拝堂の窓の一つが、突然開け放たれたのだ。
「「「「!!」」」」
一斉にそちらを向き殺気を放つ、構成員たち。
一拍遅れて、イビルソードもそちらに向き直り、剣の柄に手をかけようと腰に手を伸ばすが......ない!
そこに剣はない!
(しまった!『ソウルデバウラー』は傘立てに立てかけたままだ!)
あまりにも迂闊!!
イビルソードは顔を青くした!!
「あっははは!」
しかしそんなイビルソードの慌てふためく姿を見て、アンビシャスは笑い声をあげた。
一瞬にして緊張感の高まった室内において、彼だけは余裕の態度を崩してはいなかったのだ。
「皆、大丈夫だよ。どうやら正しい意味での『お客様』のようだ」
アンビシャスは笑みを浮かべながら、窓に向かって一歩前に進み出る。
すると、窓の外から彼のもとに、ふわりと“黒い球”が飛び込んで来たではないか。
宙にふわふわと浮かぶその黒い球の大きさは、握りこぶし程度である。
その球は、くるりとアンビシャスの周りを一周したかと思うと、夜の闇を凝縮したかのようなその体の中から、彼の手に向かって一通の封筒を吐き出した。
「この黒い球は、闇精霊だよ。お得意様からのお使いだね」
ひらりと宙を舞う封筒を素早く掴みとり、アンビシャスはそれの先をぴりぴりと破り捨て、中の手紙を読み始める。
「闇、精霊......!」
イビルソードはどきどきしながら、その黒い球を見つめていた。
精霊。
それは、幻想大陸ニージアルに生息すると言われている魔構生命体である。
ここ黄金大陸ハメジカでその姿を見ることはほとんどないと言っても過言ではなく、事実イビルソードも精霊を見るのはこれが初めてだった。
まるで、おとぎ話の絵本に出てくるような存在を、自分は今この視界におさめている。
しかも火精霊ではなく、風精霊でもなく、ミョゴミョゴシュゴの精霊でもなく、闇精霊だ!
闇の、精霊だ!
イビルソードは闇とか影とか、そういう言葉を無性に恰好良く感じてしまう性質なのだ!
「......なるほどね。皆も見てみたまえよ」
そう言ってアンビシャスは、依頼内容が書かれた手紙を暗殺者たちに見せた。
まず目を引くのは、でかでかと書かれたその成功報酬だ。
凄まじい額の報酬が、そこには記載されている。
「......ヒュ~~~ッ!」
ショートワープは口笛を鳴らす。
イビルソードは見たこともないその数字に目を白黒させ、ごくりと唾を飲み込んだ。
「依頼内容は、非常にオーソドックスなものだ。ずばり、『確実に標的を殺害せよ』。手段は問わないらしい」
アンビシャスは口元をにやりと吊り上げ、依頼書の内容を読み上げる。
「標的の居場所へは、この闇精霊が導いてくれるそうだ。殺害の見届けも、これがやってくれる。楽で良いよね。本当に、素晴らしいお客様なんだよ、この依頼主は」
「で、誰を殺せと言うのだ。我はそんな小さい文字など読めぬ」
スムースタンは、目が悪かった。
モンスターマスターも文字が読めていないらしく、後ろの方でぴょこぴょこと動いているが、目の前にいるショートワープが邪魔で依頼書の所まで近寄れない。
「ははは、すまないねスムースタン......ふむふむ、おおっと、これはまた、なんということだ!全くもって、成功報酬と依頼内容が釣り合っていない!良い意味でね!」
アンビシャスはスムースタンの文句を軽く流しながら、わざとらしく芝居がかった動きで驚いてみせた。
「今回の標的は、ただ一人!しかもどこの組織にも所属していない、ただの浮浪児!そのうえ死んだとしても誰も気にしない、忌まわしい、黒髪黒目の呪い子の少女だ!」
「はあ?」
「た、たた、たった一人に対して、こここ、この額ですか!?」
「しかも、浮浪児?依頼主はその標的に......一体どのような恨みがあると言うのでしょう?」
依頼書に記された、破格と言っても良いその内容に、『紫ノ二ツ輪』の構成員たちは、驚きざわめく。
「黒髪黒目の、呪い子の、少女......」
イビルソードは眉間に皺を寄せて、つぶやいた。
少女を殺すのが嫌だった、からではない。
呪い子を殺すなんて自分が呪われそうで気持ちが悪いという、嫌悪感を少しだけ抱いたからだ。
「で?その標的の名前は?」
ショートワープは構成員を代表して、アンビシャスに問いかける。
話を先に進めるよう、促す。
アンビシャスはにやりと邪悪な笑みを浮かべ、答えた。
「我々に更なる栄光をもたらす幸運の女神!その名は......エミー!家名はない、浮浪児のエミーだ!!」
礼拝堂の窓に一際強い冬の風が吹きつけ、ガタガタと音を鳴らした!
【バマパーマ語】
第6章にて登場した言語神バマパーマの名を冠する世界共通言語。
詳細については、いずれ【アーディスト随想】でやるんじゃないかな......。
【ミョゴミョゴシュゴの精霊】
火精霊だの風精霊だのに並んでその名を語られる程度には、この世界においてメジャーであるらしい精霊。
第2章で既にその伝承のようなものがあるらしいことは、ふれられている。
ちなみにミョゴミョゴシュゴとは、夏になると鳴きはじめる、ありふれた昆虫。
地域によって、少しずつ鳴き声が異なる。




