229 審査 09時37分
「『気になる点』、とは?」
白縁眼鏡の男は面接を行っていた先ほどとはうってかわって、リラックスした様子で椅子の背もたれに体を預けながら、ローブのフードで顔を隠した男に手のひらを向け、話の先を促した。
「あのガキの言っていた、魔剣『ソウルデバウラー』のことだ。『ソウルデバウラー』と言えば、おとぎ話にもなっている封印されし魔剣......そんなものを、あんなガキが持っているわけなかろうが」
あきれた様子でため息をつきながら、ローブの男は腕を組んだ。
「応募資料によれば、実家の納屋に封印されていた、とのことですが」
履歴書をめくりながら、巨人女が補足する。
そこには確かに、『18歳の誕生日に、実家の納屋にて『ソウルデバウラー』と出会う。その導きに応じて、村人を全員殺害』と記入されている。
今からおおよそ2年前の話のようだ。
「は!実家の納屋におとぎ話の魔剣が封印されているとか、お前の実家はどこの古代遺跡だって話だよなぁ!ってかどう見たってあの剣、数打ちの粗悪品だぜ!」
そう馬鹿にしたように言うのは、額に大きな切り傷の痕がある、無精ひげを生やした中年の男だ。
だがしかし、その男は口元をにやりと歪ませてから、白縁眼鏡の男に問いかける。
「だが、アンビシャス......お前はあのガキを気に入った。そうだな?」
白縁眼鏡の男......アンビシャスはその問いかけに対し、含み笑いをしながら静かに頷いた。
「その通りだ、ショートワープ。私は彼を、この新生『紫ノ二ツ輪』の一員として、迎え入れようと思っているよ」
そして力強く、額に傷のある男、ショートワープに向かってそう宣言した。
巨人女は、自信に満ち溢れたアンビシャスの横顔を、頬を染めながら眺めている。
スムースタンは、再びため息だ。
「代表がそう決めたのであらば、我も否はないのであるが......意外、ではあるな。あれはその辺に転がっておる剣をおとぎ話の魔剣と思い込んで人を殺す、狂人であるぞ?先代共を思い出さぬかね?」
「どんな駒だって、私は使いこなしてみせようじゃないか、スムースタン」
ローブの男、スムースタンからの問いかけに、アンビシャスは不敵に笑う。
「人は宝だよ。命には、価値がある。だから殺せば、金になる。しかしそれは標的だけじゃなく、仲間にも言えることだ。志を同じくする者は、大事にしなくちゃね。それにスムースタン、先代たちをあまり悪く言うものではないよ?」
アンビシャスは身を乗り出し、胸の前に手を広げ、胸の内を語り始めた。
その横で巨人女は頬を染めながら、アンビシャスの言葉の一言一句を逃すまいと、熱心にメモを取り始めた。
「確かに先代教祖ダハチエを含む幹部たちは強かったけど、皆頭がおかしかった。神がどうこうとわけのわからないことを言って積極的な組織の拡充をしてこなかったし、依頼の受注や金のやりくりなんかもほとんど私に丸投げだった。でもそのおかげで、私は組織運営のいろはをみっちりと学ぶことができたんだ。彼らが無能であったからこそ、今の私がある。そういう意味では、ふふ、彼らには感謝しなくちゃいけないな」
......ここで一つ、説明をしておこう。
かつて彼ら『紫ノ二ツ輪』と言えば、死神アロゴロスを信仰する暗殺者が寄り集まった小規模カルト宗教団体であった。
教祖ダハチエを中心として、日々信仰のため殺人を犯していた彼らではあったが、彼らの組織には宗教団体としての側面のほかにも、既存の組織に拾い上げられなかった暗殺者同士の互助会的側面も持ち合わせていた。
故に、表面上は信仰を取り繕い、その実保身のため『紫ノ二ツ輪』に所属していた暗殺者たちがある程度存在しており、それがアンビシャスやショートワープ、スムースタンたちであったのだ。
かつての組織の代表である教祖ダハチエは信仰の篤き者を幹部として取り立てていた。
アンビシャスたちは当時から暗殺者組織としての『紫ノ二ツ輪』を実務的に取り仕切ってはいたものの、組織内ではあくまでの冷や飯食らいの一派としてしか見なされていなかった。
ところが数年前、この状況が変わる。
何がしかの神託を授かったと主張する教祖ダハチエが、当時の主だった幹部たちを連れどこかへと遠征し、そしてそのまま行方不明となったのだ。
もともと野心家であり常に機をうかがっていたアンビシャスは、当然このチャンスを逃さなかった。
ダハチエの後任をめぐり相争っていた残りの狂信的幹部たちのほとんどをあっという間に粛清し、アンビシャスたちは『紫ノ二ツ輪』をそのまま乗っ取ったのだ。
その後はこれまでに培われてきた『紫ノ二ツ輪』のネームバリューだけは活用しつつも宗教的側面を可能な限り排除し、組織の運営を続けてきた。
おかげで今や、『紫ノ二ツ輪』はかつてのような訳のわからぬカルト教団ではなく、黄金大陸ハメジカにその名を轟かす暗殺者組織へと変貌を遂げたのだ。
「......ダハチエは、とにかく人を大事にしなかった。何か気に障ることがあれば、例えそれが幹部であってもすぐに粛清していた。私はそれを見ながら、いつも思っていたんだ。『あっ、もったいないな~』ってね。......繰り返すけど、人は宝だよ。命には、価値がある。志を同じくする仲間は、大切に育てていかなくちゃならない。ダハチエは、反面教師だ」
昔のことを思い出しながら、腕を組み遠い目をしながらそう語るアンビシャスに、ショートワープは鼻を鳴らした。
「育つかね?あのガキは」
「君が言う粗悪品の剣で、40人も斬ってきた男だ。何らかの才能は、あるのだろう」
「ふむ」
アンビシャスは、微笑みながら言葉を続ける。
確かにそれはそうかもしれないとショートワープも納得し、彼はそれ以上の発言は控えた。
あの青年の身のこなし、足運び、体の肉付き、魔力の制御。
面接の前に行われた実技試験で確認した限りでは、まだまだ足りないものばかりのようにも思えたが、それでも光るものはあった。
ショートワープがかつて見様見真似で身に着けた“死神流”の稽古を、つけてやっても良いかもしれない。
「もし物にならなければ?」
「繰り返すよ、スムースタン。人は宝だ。生きているだけで、価値がある」
一方でなおも食い下がるスムースタンに対し、アンビシャスはにっこりと笑ってそう言ってから、こうも付け加えた。
「つまり囮役でも自爆役でもサンドバック役でもなんでも、その価値に見合った使い道は、あるだろう?」
【ダハチエ】
かつての『紫ノ二ツ輪』の教祖。
異能【不可視の斬撃】を使いこなし、エミーの師匠すらも追い詰めてみせた男。
第3章にて登場。
【死神流】
ショートワープが便宜的にそう呼んでいるだけで、そのような流派は存在しない。




