223 襲撃 16時22分
第13章、始まります。
『紫ノ二ツ輪』という名前にぴんとこない人も多そうなので、本章では作中の固有名詞等の用語について後書き欄でちょっと解説するから、色々と思い出してね。
これで以前の内容を忘れていても、大丈夫だね!
少なくとも1月5日までは、毎日投稿の予定です。
サイカナン街道は、黄金大陸ハメジカを東西に貫く歴史ある街道だ。
西はアーシュゴーから東はレイブレイクまで伸びるこの街道は、テゾンカーで収穫された作物を大陸中の食卓へ、そしてアーシュゴーから送り出される舶来品を各国の王侯貴族たちの宝物庫へと送り続けた。
まさに黄金大陸の大動脈であると、そう言われるにふさわしい街道であった。
しかし、それも今は昔。
新たな流通ルートの開拓、各地における農業技術の進歩、アーシュゴーで起きたクーデターなど様々な事情に起因して、この街道の利用者は減り続けている。
それも、今のような、小雪がちらつく初冬の時期であれば、なおさらだ。
だからエミーはここ数日間、あまり人とすれ違うこともなく街道を歩き続けていた。
西へ、西へと。
特段、西に進む理由があるわけではない。
ただ、愛すべき拠点を飛び出してたまたま走り出した方角が西であった。
それだけである。
「............」
エミーはふわりと優しく頬を叩き、そして消えていった雪につられて、延々と続く古臭い石畳から視線を離した。
前方を眺めると、ずっとずっと向こう、果ての見えない街道の先に黄金色の夕日が沈んでいく。
石畳と、その周囲に伸びるススキのような植物の穂先、そしてそのすぐそばから広がる森の、いくらかの枯葉だけをその枝につけた木々。
そのどれもがきらきらと美しく輝き、その一方で色濃い影を作り出している。
エミーは思わず、まぶしさにその目を細めた。
またしてもちらちらと小雪が舞い降りて、エミーのどす黒く、時折錆びたような赤色を浮かびあがらせる装束に吸い込まれるように消えていく。
その装束は、エミーが己の異能により作り出したものだ。
どういうことかと言えば、それは彼女が新たに編み出した異能【黒腕】を、体に巻きつけたものなのだ。
黄金熊の雷すら通さなかったこの超常の魔力構造体は、冷たい外気すらも遮断する。
つまり、体に巻きつけると、暖かいのだ。
そのためエミーは、この【黒腕】を常に体に巻きつけ、鎧のように着込むことで寒さをしのいでいた。
動きづらいので手足には巻きつけていない。
胴体に、ぐるぐると巻きつけている。
だから今の彼女は、どす黒くゴツゴツ、トゲトゲとした球状の岩石から、手足と頭がぴょこんと飛び出すという、そんな珍妙な姿をしていた。
ごくまれにすれ違う旅人たちは、皆エミーの姿をみて唖然とし......。
「暗黒トゲトゲ岩石マン......!?」
と、つぶやいた。
そして超人的に凄まじいエミーの聴力にその言葉を拾われ、軽く【威圧】されて、顔を青くして逃げ出していった。
エミーだって、誰もいない魔境内ならまだしも、街道上でみょうちくりんな恰好をすることに、恥ずかしさがないわけではない。
しかし、少し恥ずかしい、そして少し動きづらいというデメリットなど吹き飛ぶほど、【黒腕】装束は防寒性と防御力が高かった。
それにこの【黒腕】、使い慣れてくればより自由に形状を変形できる......エミーにはそんな確信があった。
それこそ、より洗練された、衣服のような形状へと、変形できるはずなのだ。
故に、【黒腕】の操作に習熟するためにも、彼女は今日も暗黒トゲトゲ岩石マンとなり、街道を進んでいたのだ。
幸いこの日エミーは、誰とすれ違うこともなかった。
さらに街道上には血に飢えた魔物が出現することも少なく、実に穏やかで静かな一日だった。
必然的に、周囲に対するエミーの警戒心も若干薄れつつあった。
<そろそろお腹がすきましたねぇ>
そんなオマケ様ののんきな言葉が、エミーの脳内に響く。
「............」
......確かに。
そろそろ森に入って、鹿でも狩る?
無言のまま【黒腕】を纏う己の腹部をポンポンと叩きながら、気軽にそんな返事を脳内で返すエミー。
彼女の能力をもってすれば、森の中の生き物を狩ることなど非常に容易い。
獲物を見つけたら、ぴょんと一跳びで近づいて、首をはねるだけで血肉が手に入る。
幸いなことにこの近辺の森は非常に豊かであり、鹿、猪、トペッチョゴーなどが大勢生息しているので、獲物も簡単に見つかる。
日が沈みかけた今から狩りをしても、エミーであれば十分に夕食に間に合うくらいには。
......もちろん、そんなことができるのはエミーがかなりの実力者であるからだ。
特にこの辺りの鹿は、大木を容易く斬り倒す鋭利な角や漆黒の翼が生えていたり、火を吹いたりして危険なので、皆さんは旅をしている時に小腹がすいたからといって、安易に森に入らないでいただきたい。約束だぞ。
だが、しかし。
結論から言うと、この日、エミーの狩りは彼女の実力をもってしても難航し、やっと見つけた鹿肉を食べ始めるのは満天の星空が輝く深夜になってからのことだ。
何故か?
......今からこの場において激しい戦闘が発生し、それを感知し怯えた生き物たちは皆、森の奥深くへと逃げ出してしまうからだ。
「死、ね、やぁーーーーーーッ!!!」
そんな、なんとも粗野で無粋な野太い叫び声によって、このまま穏やかに終わるかとも思われたエミーの一日は、一瞬で台無しになった。
「......!?」
すっかり油断していたエミーは、慌てて声のする方向、今から狩りのため入ろうかと考えていた、森の方を振り向く。
すると必然、彼女の視界は、突然の襲撃者の姿を捉える。
それは拳を構えながら猛烈な勢いでエミーに向かって駆け寄ってくる、身の丈3メートルは超えるであろう、巨人だった。
【アーシュゴー】
これまでも名前だけはちょくちょく登場してきた国。
【レイブレイク】
黄金大陸東部に存在する国。
第2章及び第3章の舞台。
自覚はないが、エミーはレイブレイク国の出身である。
【テゾンカー】
第8章及び第9章の舞台。
“サイカネドンの搭”という古代遺跡があるらしいが、進行ルート上にはなかったのでエミーはスルーしている。
【鹿】
翼が生えていようが火を吹こうが、地の文で「鹿」と明言された以上は鹿である。
ちなみにこれまでも“エレキディア”(第3章)、“ケンザンジカ”(第7章)といった鹿系の魔物が登場済み。




