218 大罪人は大罪人であった
震えながら、扉を開ける。
「ひっ......!?」
一斉に、部屋の中にいた避難者たちの視線がこちらに向き、血みどろの私の姿を見て、いくつか小さな悲鳴があがる。
だけど、そんな反応は無視だ。
部屋の中央には、悪人顔の男が寝かされている。
私の瞳には、その男のことしか映っていなかった。
「お、おっさん......」
よろよろと近づき、その横に座り込む。
ジョバンノのおっさんの顔は、真っ青だ。
とても息が荒く、時折呻く。
汗が凄い。
隣で酒臭女が必死になって薬草をごりごりすり潰してはおっさんに飲ませているけど、どうやら効果は薄い。
おっさんは、とても苦しそうだ。
黄金熊との死闘が終わり、無意識のうちにその血肉を取り込み続けていた私を目覚めさせたのは、斥候モドキンの慌てふためいた声だった。
「大変だ!ジョ、ジョバンノさんが刺された!」
「な、なんじゃとッ!!?」
変態ジジイの声も聞こえた。
どうやら私が気づかないうちに、こちらに移動して来ていたらしい。
そんな彼らの会話を私はどこで聞いていたのかと言えば、黄金熊の肉の中だ。
黄金熊の体は巨大だ。
私は無意識にそれを食べ続けているうちに、ミミズが土を掘り進めるがごとく黄金熊の体内に潜り込んでいたらしい。
慌てて外界に向かって肉をかきわけ、毛皮を切り裂き破いて、外へと顔を出す。
「どういうこと......!?」
「「おわあああーーーーーーッ!!?」」
突然巨大な熊の死骸から這い出て来た私の姿を見て二人はさすがに驚いたものの、私の行動に慣れていた彼らはすぐに状況を説明してくれた。
すなわち、拠点の防衛には成功したと。
しかし、避難者に紛れていた刺客によって、おっさんが刺されてしまったのだと。
その結果おっさんは、毒によって死にそうになっていると。
そういうことで、あるらしかった。
私はそれだけ聞くといてもたってもいられず、黄金熊の血肉を放置し、おっさんのもとへと走った。
◇ ◇ ◇
「う......む......エミー、か......?」
隣に座り込んだ私に気づき、ジョバンノのおっさんは薄く目を開けた。
焦点が、あっていない。
まともに、見えていないのかも、しれない。
「うん」
「ケガは......ないか......?」
「なおった」
「......そう、か......とに、かく......」
そう言うと、おっさんは震える手を伸ばし、私の頭をぽんぽんとやって。
「無事で......良かった......」
そう言って、微笑んだ。
自分は、痛くてたまらないだろうに。
苦しくて、たまらないだろうに。
私の無事を、喜んだ。
「なんで......」
私は、呆然としていた。
「なんで、こんなことになった......」
部屋の片隅を見る。
そこには縄で縛られた女と、ユージュとかいう冒険者に押さえつけられた、少年の姿があった。
「あれが、やったの?」
ふらりと、立ち上がる。
「あれが、悪いんだ」
ゆらゆら、歩きだす。
「殺すね?」
手刀を構える。
殺気は出さない。
【威圧】はしない。
きっと、弱っているおっさんには毒だから。
少年の方は、反抗的な目つきで私を睨む。
女は、ふてぶてしい態度だ。
にやにや笑っている。
「......やめろ、たわけが......」
だけど、そんな私を止めたのは、他ならぬおっさんだった。
「......なんで」
「これは......天罰だよ......私は、大罪人......受け入れなければ、ならない......」
そしておっさんは、そんな、訳の分からないことを言った。
◇ ◇ ◇
全身をめぐる毒によって薄れゆく意識。
しかしその苦しみの中にあっても、ジョバンノはどこか安堵していた。
エミーによって、命を救われ、生きろと命じられた。
だけど、ジョバンノの心の奥底には、いつだって彼を責め苛む罪の意識があった。
辛かった。
苦しかったのだ。
そんな自分の命を、かつての因果が刈り取る。
この上ない、幕引きじゃないかと、そう思ったのだ。
ああ、もう、限界が近い。
もう、そろそろ、自分は死ぬだろう。
それを自覚したジョバンノは、最後にエミーの顔を見たいと思った。
自分の、恩人の顔を。
自分が......娘のように思い、愛するエミーの顔を。
エミーは、殺意を抑え、彼の隣に再び座ってくれていた。
最後の力を振り絞り、頭をわしゃわしゃとなでる。
ありがとう。
そう、つぶやく。
声になっていたかどうかは、わからないが。
しかし、ここで。
ジョバンノはふと、気づく。
ぽた、ぽたと。
冷たい何かが、彼の顔を打っていることに。
それは、涙だった。
彼の顔を覗き込む、エミーから零れ落ちる、涙だった。
それに、気づいた時。
彼は。
......後悔した。
そしてこの期に及んで初めて、心底死にたくないと思った。
だって、愛する娘を残して死ぬことは、大きな大きな罪であるのだと、気づいたから。
生きるも罪、死ぬも罪。
己は本当に、どうしようもない大罪人であったことだ。
ああ、もはや何も、見えない。
体も、動かない。
言葉も、出ない。
そんな中、ジョバンノができたことはただ一つ。
それは、祈ることだ。
そうして、大罪人ジョバンノは死んだ。
罪にまみれたまま、死んでいった。
娘の幸せを祈りながら、死んでいったのだ。




