217 大罪人は
ザマーゴの森拠点を突如として襲った魔物襲撃騒動。
一時は拠点の壊滅すら危ぶまれた危機ではあったが、事態は既に収束へと向かい始めていた。
「報告っ!北の防壁も、応急処置は完了だ!変態ジジイや北側にいた冒険者たちは、そのまま東の方へ向かったぜ!」
緊急避難所と化した冒険者ギルドの仮出張所に、もともと小汚かったその服をさらに泥で汚したモドキンが飛び込んできて、嬉しそうにそう言った。
「おお!」
「やった!」
「良かったぁ......!」
室内の避難者たちが、わっと歓声をあげる。
涙を流しながら、商売敵どうしで抱きあう。
気づけば外からは魔物の叫び声は聞こえなくなり、地面を揺らす振動もなくなっていた。
自然と避難者たちの心に余裕が生まれ、笑顔が浮かぶ。
......そんな室内の様子を、つまらなそうなしかめっ面で眺める女がいた。
この騒動を引き起こした犯人、ビオラである。
彼女は現在、武装を完全に解かれた上で、縄でぐるぐる巻きにされ、避難所の片隅に転がされていた。
ご丁寧に口まで布で巻かれているので、声を出すことすらできない。
「いやあ、普通に良かったなぁ!」
そんなビオラの横に立ちながら、のほほんと笑うのは1級冒険者のユージュだ。
ビオラはそんなユージュを、忌々し気に睨みつけた。
決して、勝てない相手ではなかったのだ。
特段、優れた武力があるわけではない。
魔力量も、並み。
技量だって、一般冒険者程度。
......しかし、その技の数が異常だった。
刃を打ち合うたびに、それまでとは全く異なる武器、流派で攻撃をしてくるのが、このユージュという女の戦闘スタイルだった。
ビオラとしては、一当てするたびに敵が初見の相手へと変わるようなものであり、どうしても対応が後手後手にまわった。
そうこうしているうちに、修復の完了した南側の防壁で戦っていた冒険者たちが敵の応援に加わり、ビオラは敗北、そのまま捕縛されたというわけだ。
ビオラは立方神により力を与えられ、身体能力は向上しているが、集団を相手取って無双できるほど強くはないのだ。
どちらかというと隠密タイプの人間であり、実は立方神から【隠し箱】という異能を授けられていたりもする。
これは己の周囲を箱に見立てた結界で覆うことで、他者が己を認識しづらくなるという能力だ。
今回の騒動の仕込みにあたり、誰にも気づかれず森の中に興奮剤を準備できたのは、この力によるところが大きい。
さりとてこの異能も万能ではなく、完全に気配を消しきることは不可能であるし、現在のように既に衆目に晒されている状態で発動したとしても、効果は薄くなる。
八方ふさがり。
万事窮す。
一見するとそのように見える彼女の現状ではあるが、しかしその態度はふてぶてしく落ち着いている。
何故か。
......奥の手が、あるからだ。
(神託だけは、必ず遂行する。必ず、だ)
ビオラはもぞもぞと動いて服を床にこすり音を立ててから、パチ、パチ......パチパチパチと瞬きをして、合図を送った。
◇ ◇ ◇
「まだ、防壁の穴は完全には塞がっていない!諸君、警戒を解くのは、もうしばらく待っていただこうか!」
悪人顔の男ジョバンノは、モドキンによってもたらされた朗報に沸き立つ避難者たちを冷たい視線で睨みつけながら釘をさした。
「お......おうともさ」
「『森を出るまで鉄帽子を脱ぐな』ってな......オレの故郷、リヒエドのことわざだぜ」
途端に若干弛緩した空気が引き締まり、避難者たちは気合を入れなおす。
「......心配ですか、エミーさんが」
隣に立つタイチェが、避難者たちの様子を見回しながら、ジョバンノへと小声で問いかけた。
「問題ない。あの子は負けない」
そう、ジョバンノは言った。
それは彼の本心から出た言葉である。
しかし彼は腕を組みじっと仁王立ちしながらも、長く深く息を吐いた。
タイチェの指摘も、事実であるからだ。
「きっと、大丈夫です。冒険者たちも、東の防壁へ応援に向かいました」
ジョバンノは『問題ない』と言ったにも関わらず、タイチェはそう言って彼を励ました。
心が読まれてしまうのは、余裕の無さの表れだ。
ジョバンノは眉間に皺寄せ、己の情けなさに額を手のひらで覆った。
エミー。
この森で出会った、彼の仲間。
暗闇の中から光の下へと、彼を連れ出してくれた恩人。
彼の、大切な、大切な......。
「むーーーっ!むーーーっ!」
その時だった。
部屋の中にそんな叫び声が響いたのは。
声の主は、体を縄で縛られ、口も塞がれた上で、部屋の片隅に転がされていた女だ。
突然ジョバンノたちに襲いかかってきたこの女は、今回の騒動の犯人であると目されており、事情を尋問するため、その身柄を拘束していたのだ。
「なんだ......!?」
部屋中の視線が、一斉に女へと向かう。
もちろん、ジョバンノもそちらを振り向いた。
そして、隙が生まれた。
ぐさり。
次の瞬間、ジョバンノが感じたのは、何か冷たいものが己の背中に突き刺さり、肉を抉る感触。
そして......激しい痛みだ。
「がああああああああッ!!?」
あまりの痛さに、思わず床へと倒れ込みその身をよじるジョバンノ!
(なんだ!?何が起こった!?さ、刺された、のか!?)
ジョバンノは苦痛に顔をゆがめ、混乱しながらも、己の後ろに立っていた人物を睨みつけた。
震える手でナイフを構え、そこに立っていたのは......少年だった。
その少年には、見覚えがある。
商人たちと一緒になって、この部屋に避難してきた少年だ。
しかし。
「な......ぜ......」
しかしジョバンノは知らない。
その少年のことを知らない。
避難者であるということ以外の情報を知らない。
何故自分を刺したのか、その理由が、わからない。
もじゃもじゃと絡まる黒ずんだ青色の髪を眉まで伸ばし、その頬にはそばかす。
細身で小柄、その年の頃は10代前半と言ったところ。
エミーよりは......年上だろう。
知らない。
自分は、この少年を知らない。
誰だ。
ジョバンノは困惑した。
「ぐ......ううう......」
そして弱々しく、呻いた。
刺された痛みだけではない。
ナイフに毒でも、塗ってあったか。
吐き気がする。
眩暈、も。
熱い。
熱くてたまらない。
「は......ははは......!」
そんなジョバンノの様子を見て、少年は口を大きく引きつらせながら、笑い声をこぼした。
そしてぼそりと、つぶやいた。
「両親の、仇め......!」
その一言で、ジョバンノは理解した。
その少年が誰であるかは、わからない。
しかしその少年が、何であるのかは、痛いほどよくわかった。
その少年は......かつてジョバンノの悪行により家族を失った、ビオラの弟子ナラカンは......苦しみもがくジョバンノを見下ろしながら、冷たく言い放った。
「ざまあ......みろッ!!」




