211 変態ジジイは未来を託す
「せいッ!はぁッ!」
ザマーゴの森に新しくできた冒険者ギルド出張所。
正確にはまだ正式に稼働してはいないらしいが、とにかくここに取引のため訪れる依頼主の商人を護衛することが、冒険者アーベッツェの今回の仕事だった。
それなのに。
「どうしてッ!こんなことにッ!なってんだよッ!」
アーベッツェはそう毒づきながら自慢の肉体から湧き出る怪力でメイスを振り回し、次々に襲い来るフォレストトポポロックやノシテルケッチたちを叩き潰す!
「こら!油断、しない!!『水よ、鋭い槍となり敵を貫け!【ウォーターランス】!」
「チワワワーーーッ!!?」
そんなアーベッツェの死角から牙をむきとびかかって来たアサルトチワンワンを水魔法で撃退したのは、彼の相棒エビシディだ!
彼女は青色の髪を艶めかせる美女であり、アーベッツェとは付き合いが長い。
お互いをカバーする戦闘はお手の物だ。
「すまねぇな!」
「良いってこと」
二人は互いに背を合わせ、周囲の魔物を睨みつける。
現在彼らが戦っているのはザマーゴの森拠点の、倒壊した南側防壁付近だ。
拠点にたどり着いた二人は、たまたまこの場所で休憩をしていたのだ。
そして、防壁の爆発の瞬間を、目の当たりにした。
幸いにしてその爆発に巻き込まれはしなかったが、崩れ落ちた防壁の隙間から拠点に侵入しようとする魔物たちとの戦闘に、訳も分からないまま巻き込まれてしまったというわけだ。
(......まずいな、全員、大分疲れがたまってら)
アーベッツェは周囲で戦っている他の冒険者たちの様子をちらりと目で探り、舌打ちをした。
アーベッツェたちと同じく、他の冒険者たちも突然巻き起こったこの事態に、大慌てで対応している。
当然、心構え、装備等、万全の準備ができていない。
そのうえ、ザマーゴの森の魔物は、他の土地と比べ圧倒的にその数が多い。
終わりの見えない襲撃は、確実に冒険者たちの肉体と精神を追い詰めていた。
もちろん、それは、アーベッツェも例外ではなく。
「チワワワワーーーッ!!」
「しまッ......!?」
再度の、アサルトチワンワンによる奇襲。
それに対して、集中力を欠いていた彼は、完全に対応が遅れた。
相棒は、別方向から飛んできた甲虫の魔物、ジェノサイドブンブンたちに対処中。
今回は......フォローは期待できない。
アーベッツェの感じとる主観的な時間の流れが遅くなり、彼の脳内に走馬灯が流れ始める。
生まれ故郷を飛び出し、冒険者として活動を始め、エビシディと出会った。
二人で数々の依頼をこなし、冒険をし、ついにその等級は3級にまであがった。
色々なことがあった。
辛いこともあった。
しかし、言葉にしたことはないが......エビシディがいたからこそ、どんな困難も乗り越えられた。
そして、彼女がいたからこそ、いつだって楽しかった。
(ああ......)
彼の首元へと、一直線にアサルトチワンワンがとびかかる。
体が、動かない。
唯一、瞳だけが動き、最愛の相棒の姿を視界におさめる。
彼女は、アーベッツェの危機に気づき、しかし何もできず、その顔を絶望に染める。
(すまない)
最後にアーベッツェは、一言彼女に心の中でそう詫びて、ポケットの中に入れた、結局渡せなかった指輪を服の上から握りしめ、死を覚悟した......。
しかし!!!
「『土よ、壁となり彼の者を守れ!【ウォール】!」
突然高らかと魔法の詠唱が響き渡った、次の瞬間!
あっという間にアーベッツェの足元の土が盛り上がり、彼の身を守る土壁が生まれた!
「チワンッ!?」
アサルトチワンワンは突如として生み出された土壁に激突!
その衝撃で間抜けな声をあげながら首の骨を折り、死んだ!
「大丈夫!?アーベッツェ!」
「あ、ああ、なんとかな。しかし、これは一体......」
瞳を潤ませながら駆け寄ってきた相棒に抱きつかれながら、アーベッツェは何が起きたのかわからず、目を白黒とさせた。
「きっと、これは“土賢”様よ!あの方が助けてくれたんだ!」
「ど、“土賢”?」
「知らないの!?ここには元特級冒険者、“土賢”のアースセル様がいらっしゃるのよ!伝説的な土魔法の使い手で、魔法使いであれば必ずその名前を耳にしたことがあるほどの、凄い人なのよ!ほら、きっとあの方よ!」
そう言ってエビシディが指をさしたのは、崩れた防壁の隙間から拠点の外へと進み出た、小柄な人影だ。
土埃でシルエットしか確認できないが、長い長い口髭が、風に揺られているのがわかる。
その人影は、時折土の弾丸を魔法で飛ばし冒険者たちを援護しながら、周囲の状況を把握するようにゆっくり前へと進む。
「若人たちよッ!!」
そしてついには立ち止まり。
「よくぞ、頑張ったのッ!吾輩が来たからには、もう安心じゃぞいッ!!」
そう、しゃがれた声ではあるが、力強く宣言した!
その時点で、既に周囲の冒険者たちはその存在に気づいており、一斉にその声の下へと視線を走らせる!
そこに立っていたのは!
土埃がすっかり風により吹き払われることで、その姿を露わにした、人物は!
年季の入った冒険者装束に身を包み!
長い口髭を風になびかせ!
小柄なその体に常人とは思えぬほどの魔力を帯びた、老人だった!
「おお......!」
「あの方が......!?」
疲れきり、諦めかけていた冒険者たちの顔に、希望が灯る!
エビシディだけではなく、他にも知っている者がいたのだ!
この拠点には、アースセルがいると!
伝説の土魔法使い、“土賢”のアースセルがいるのだと!!
「さあ、あともうひと踏ん張りじゃッ!これから吾輩は防壁を修復するッ!それまでなんとかッ、持ちこたえてくれるなッ!?」
「「「「「おおおーーーーーーッ!!!」」」」」
アースセルの登場に、冒険者たちの心はわきたった!
各々武器を構え、魔物たちに挑みかかっていく!
だが、しかし。
その冒険者たちの中に、一人だけ。
すぐには、動き出せなかった者がいた。
アーベッツェだ。
彼は、直前に命の危機に見舞われ、間一髪助けられた。
故に、腰が抜けていたのだ。
だからこそ、そんな彼だからこそ。
冷静に周囲の様子を観察できた。
他の冒険者たちが勢いにのまれて見逃した、アースセルの......その......なんか、おかしな部分に、気がついた。
何故か、わからないが。
アースセルは。
あの、ジジイは。
......頭に、パンツをかぶっていた。
そのことに気づいてしまうと、もうだめだった!
集中して魔物と戦おうとしても、どうしてもあのジジイの頭のパンツのことが、気になってしまう!
なんでそんなもんかぶってんの!?
ふざけてんの!?
高名な魔法使いなんじゃないの!?
疑問が頭の中を渦巻いて、集中できない!
ついちらちらと、ジジイの頭のパンツを見てしまう!
そんな様子のアーベッツェのことに、ジジイも気がついた。
目があったのだ。
するとジジイは防壁の修復をいったん休止し、アーベッツェの方に駆け寄ってきた。
「これが、気になるのかのッ?」
そして真顔で、アーベッツェにそう、問いかけた。
頭にかぶったパンツを、指さしながら。
「......ああ、気には、なるな......」
アーベッツェは引きつった顔をしながら、正直に答えた。
「......すまんが、これは吾輩の一番の宝物じゃッ......おぬしに渡すことは、できぬッ!!」
変態ジジイは、なんかもの凄く申し訳なさそうな顔をしながら、そう言った。
「............」
いや、いらねぇよ!!
思わずそうつっこみたくなったアーベッツェだが、すんでのところでその衝動を抑えた。
このジジイは......魔法使い的には、伝説と称されるほどの人物らしいのだ。
失礼があってはいけないと、そう思ったのだ。
「だが......しかしッ!おぬしは良い目をしておる......おぬしにならば、これを託しても、良いじゃろうッ!」
そう言うと、おもむろに変態ジジイは自分の胸ポケットをまさぐり、何かを引っ張り出した。
そして、それをアーベッツェの手のひらの上に置き、無理やり握らせた。
「“未来”、と......吾輩は、そう名付けておるッ!」
アーベッツェが、手のひらを開くと。
そこに、あったのは。
パンツだった。
「ではのッ!吾輩は早いとこ防壁を修復せねばならんからのッ!さらばだ、同好の士よッ!!」
アーベッツェにパンツを押しつけ、用は済んだとばかりに駆け出し、防壁の修復を再開する変態ジジイ。
アーベッツェは、戦闘中であるにも関わらず、呆然と手のひらの上のパンツを見つめ。
......そして、自分の隣に、最愛の相棒、エビシディがいることに、気づいた。
アーベッツェは、少なからず混乱していた。
わけもわからず戦闘が始まり。
命を救われ。
そしてわけもわからずパンツを託された。
このパンツを、どうすれば良いのか?
全く、頭が働かなかった。
そして隣の相棒に向かって。
何故かぽろりと、言ってしまった。
「............いる?」
次の瞬間、戦場に平手打ちの音が響きわたった。
だが、しかし!
そんな音に注意を向ける者は、一人もいなかったのだ!
何故なら、アーベッツェがエビシディにぶたれた、そのすぐ後に!
これまで断続的に響いていたズン、ズンという音とは比べ物にならないほどの、凄まじい衝撃音が!
......拠点の東側から、響いてきたからだ!!
ちなみに、アーベッツェに託されたパンツは、アースセルがはじめてザマーゴの森にやってきた時に、かぶっていた物です。




