210 大罪人は指揮をとる
「『土よ、壁となり我が身を守れ!【ウォール】!』」
ところ変わって、ここはジョバンノたちが話し合いを行っていた仮出張所の会議室。
土魔法を唱えているのは、もちろん“土賢”のアースセルである。
彼が行っているのは、壁と床の補修だ。
先ほど轟いた謎の爆発音、そして振動。
それによって、仮出張所にヒビでも入ったのかと言えば......それは違う。
彼が土魔法で作り出したこの建物はそれなりに堅牢であり、少し揺れた程度では崩れない。
では何故補修を行っているかと言えば、その原因はエミーだ。
彼女は先ほどの爆発音を聞いた後、いの一番に反応し、周りが声をかける間もなく外へと飛び出していった。
勢いよく......壁をぶち破って。
おかげさまで現在仮出張所の壁には大穴が開いているし、エミーが踏み込んだ床にはひびが入り、少しへこんでいる。
「......すまんな、アースセル殿。そう言えばエミーには、『家の外に出る時には、壁をぶち破らず扉を使いましょう』とは、教えたことがなかったな」
そう言って苦笑するジョバンノ。
「フォッオ~~~ッ!良い良いッ!子どもは元気が一番じゃぞいッ!」
からからと笑うアースセル。
「いやあ、おてんばちゃんですね!」
のほほんと笑顔のユージュ。
「いやいやいや、元気良すぎでしょ、おてんばってレベルの話じゃないでしょ......」
ただ一人つっこみを入れているのが、頭痛がするのか額に手をあてながら顔を青くしているタイチェである。
しかし笑顔だからと言って、タイチェ以外のこの場にいる人間も、誰一人として油断はしていない。
先ほどの爆発音の正体がなんであるのかまだわかっていないし、それ以降も断続的にズン......ドン......という音と振動が、仮出張所まで伝わってきているからだ。
「フォッオ~~~ッ!補修完了じゃぞいッ!」
「感謝する、アースセル殿」
さて、ここで壁に空いていた大穴がキレイに塞がれた。
ちょうどジョバンノたちが行っていた作業も、ひと段落ついたところだ。
彼らは部屋の中の机と椅子を移動し、広いスペースを作っていたのだ。
現在、この拠点内には十数人の商人たちと、彼らの護衛も含めて同数程度の冒険者たちが滞在している。
冒険者はともかく、商人の中には戦闘能力を持たない者も多い。
そんな彼らを保護するための、避難所を作成していたのだ。
この部屋にいる彼らは、現在この拠点に何が起きているのか正確に把握しているわけではないが、何が起きても良いようにと、ジョバンノが指揮をとり対応を行っていた。
「さて、こちらの受け入れ態勢は整った。次は拠点内を手分けして周り、避難誘導を......」
「報告、報告っ!」
と、ここでまたしてもノックなどせず、会議室に飛び込んできたのは小汚い男、モドキンだ。
「状況、報告っ!防壁が、崩れたっ!......しかも、三か所、だっ!!」
「なんじゃとッ!?」
思わず驚き、声を荒げるアースセル!
その右手は無意識にポケットの中へと伸び......彼の宝物を握りしめた。
冷や汗がたらりと流れ落ち、補修したばかりの床に小さな染みを作る。
「落ち着け......息を整えろ......続きを頼む。慌てず、そして、簡潔に」
おそらく、全力で走ってきたのだろう......モドキンは大汗をかいて荒い息を吐き、片膝をついてうずくまってしまった。
その背中をさすりながら、地に足つかぬ様子のアースセルとは対照的に、ジョバンノは努めて冷静に報告を続けるよう促した。
「はぁ、はぁ......すまねぇ......崩れた防壁の場所は、東側、北側、南側の三か所。しかも拠点内で魔物寄せ、森の中では興奮剤が焚かれてて、わんさか魔物が押し寄せてきてる」
そう、今の報告にあった通り、防壁が崩されたのは一か所ではなかった!
これはモドキンが、仮出張所に戻る道すがら、拠点内をざっと見て回り、確認した情報であった。
「フォッ!?つまりこれは、人間の仕業かのッ!?この拠点が攻撃されとると、言うことかのッ!?」
「ちっ......反冒険者ギルドを標榜するテロリスト共の犯行か......?」
アースセルは驚愕に目を見開き、タイチェは眉間に皺を寄せた。
冒険者ギルドは国際的組織だ。
その武力と資本力を背景に、世界のあちこちへと進出している。
当然政治的、経済的、はたまた文化的理由からそのことを快く思わない国、組織、人間は多く、そのような連中が冒険者ギルドを対象とした攻撃を行うことも、ままあるのだ。
「犯人については、ひとまず保留だ。モドキン、魔物の様子を詳しく教えてくれ。今、対処はどうなっている?」
「一番、魔物が多いのが、ナンガ山の近い東側だ。ここはお嬢が一人で受け持っている。次に魔物が多い北側の防衛を、慣れてるオレたち“茶竜のカカト”。南側を、居合わせた冒険者がやってる」
「......エミーは、一人か」
続くモドキンの報告を聞いて、ジョバンノは一瞬眉をひそめる。
彼の脳裏に、幼い少女の姿がよぎる。
個人的な感情を優先するならば、そこにはもっと、応援を送りたいところだ。
しかし、ジョバンノは知っている。
「一番、危ういのは?」
「南側だな。お嬢が大暴れしてくれているおかげで、音につられて大分そっちに魔物が流れている。それでも、連中は慣れてないから」
「アースセル殿」
「フォッ!!」
ジョバンノは、鋭い目つきでアースセルに目線を送った。
気迫のこもった悪人顔に睨みつけられ、年上のアースセルも思わず怯み、ポケットから右手を引き抜き背筋を伸ばした!
「防壁の修復を頼みたい。可能か?」
「応急処置であればのッ!しかし、ベースの大岩が無い状態じゃからのッ、時間はかかるぞいッ!」
「ならば、南、北、東の順に頼む。貴殿の活躍が、この事態を収束させる鍵となるだろう。モドキンは、すまないが拠点内を一周し、戦闘ができないものをこの部屋に避難させてくれ。その後はパッチーノに加勢。冒険者については、南、もしくは北の防衛に参加してもらうよう、声かけを頼む」
ジョバンノは矢継ぎ早に指示を飛ばす!
胸をはり、背筋を伸ばし、堂々と。
その声は、たまに拠点を揺らすズン、という重低音以外に音のない会議室の中において、良く響いた。
気迫に満ち、それでいて冷静、どこか冷たくすら感じる声だった。
「ま、まってください!」
しかしそれに、慌ててタイチェが異議を挟んだ!
「エミーさんを、一人のままにしておくってことですか!?それは、ないでしょう!?9歳児ですよ!?」
「............」
その言葉を受け、一瞬黙り込むジョバンノ。
ズン......という重低音と共に、再び建物が震える。
この悪人顔の男は、心情的には、タイチェの言葉に全面的に同意をしたい。
しかし、そういうわけにはいかない。
この拠点内の戦力は、それほど多くない。
この場所を守るため......人員の無駄遣いはできない。
それに、ジョバンノは知っている。
そして、信じている。
「モドキン」
「あいよ」
「さっきから響く、この振動......これは、エミーの仕業だな?」
「ああ、そうだ。お嬢、大分ぶちぎれて、遠慮なしだ。近づくとオレらも危ねぇよ。だからパッチーノも、北側に移ったんだ」
「な......!」
タイチェは生え抜きの事務職だ。
ユージュのように、相対するだけで相手の戦闘能力を把握することもできないし、エミーが戦っている姿を見たこともない。
だから、この場において適切な戦力の配分能力を比較するなら、悪人顔の男に軍配があがるのだ。
ジョバンノは、エミーの強さをよく知っている。
そして、彼女は絶対に負けないと信じている。
「と、いうわけだ。指示の変更はない。では、アースセル殿、モドキン、頼んだ」
「心得たぞいッ!」
「了解!」
二人はばたばたと会議室を飛び出していく。
部屋に残されたのは、ジョバンノ、タイチェ、ユージュの三人。
ズン、という音と共に、またしても建物が揺れる。
「さて、ユージュ殿だが、タイチェ殿の護衛である以上、この場を離れることはできまい?」
「いやあ、まあ、普通にそうですね」
ユージュは頬をかき、ばつの悪そうな顔を浮かべる。
「ならば、この場で、タイチェ殿の護衛とあわせて、避難者のことも見てやって欲しい。可能か?」
「許可します」
ユージュは雇い主に視線を送ろうとしたが、それを待たず、タイチェは間髪入れずにそう言った。
「タイチェ殿、戦えない我々は、ここで避難者のとりまとめだ。職務外の業務かもしれんが、手伝っていただけるかな?」
「まあ、当たり前ですよね」
「では、玄関まで移動だ。避難者を迎え入れる」
そう言うと、ジョバンノは早速会議室を出て、大股で廊下を進み始めた。
それを慌てて追う、タイチェとユージュ。
「......ずいぶんと、指揮に手馴れていらっしゃる。アースセルが手紙で、あなたのリーダーシップについては絶賛していましたよ。それがよくわかりました」
「お褒めいただき、光栄だな」
「......ただ、幼い少女に防衛をまかせるという判断については、納得しかねますが。あまりに酷薄では?」
「性分でな」
タイチェは、一人で戦うエミーをある意味放置しているとも見えるジョバンノの判断に、まだ納得がいっていないのだ。
ジョバンノは後ろをついてくるそんな彼女へは顔も向けず、ただ淡々と言葉だけを返した。
反論は、しなかった。
トゲのある言葉ではあったが、それに皮肉を返したりもしなかった。
タイチェの気持ちは、ジョバンノにもわかるからだ。
ジョバンノは、エミーの強さをよく知っている。
そして、彼女は絶対に負けないと信じている。
だが、しかし、こうも思うのだ。
必要だからと、冷酷な判断をくだす。
それでは悪徳伯爵をやっていたあの頃と、同じではないか、と。
魔境でエミーたちと出会い、なんとなく、自分は生まれ変わったような気がしていた。
しかし、それは勘違いだった。
自分は結局、大悪党と呼ばれたあの頃と、何ら変わっていないのだ。
結局己は、どこまで行っても大罪人なのだ。
仮出張所の玄関前には、既に数人の商人たちが集まっていた。
自主的に避難を行ったのだろう。
その中には、親と一緒に行商の旅をしているのであろう、幼い少年の姿もある。
玄関扉の透窓越しにその姿を目にとめ、思わずジョバンノは息をのんだ。
怯え、震える少年の姿を見ると、かつての己の所業を思い出し、胸が締めつけられる。
しかし、気持ちを切り替えなければならない。
頭を振って、心を縛りつけ体を重くする己自身への嫌悪感を振り払い、闘志に火をつける。
彼らを、守る。
この拠点を、守る。
防衛を行っている、戦士たち。
戦えない、ジョバンノ。
しかし、皆を守りたいという、その気持ちは同じだ。
ジョバンノは玄関扉を勢いよく開け放ち、なるべく避難者を安心させるべく、できる限りの笑顔を作り、叫んだ!
「諸君、よくぞ無事でいてくれた!ここまで来たからには、もう安心だ!さあ、はやく中に入りたまえ!」
相変わらず、見たら子どもが泣くような、邪悪な笑顔ではあった。
しかし、自信と気迫に満ちているように見えるその姿は、確かに避難者たちの心を掴んだ!
このあたり、動きがないから書いていて辛いのだ。
自分の文章作成力の無さを、改めて実感するのだ。




