209 偽者たちの奮闘、そして始まる殺戮
「おいおい......なんだありゃ?」
さて、少し時は遡る。
エミーと入れ替わりで出張所から外に出たパッチーノは、拠点内の畑の方を見て眉をしかめた。
何故かと言えば、畑の中から、煙が上がっているのに気づいたからだ。
......それも、何本も。
「野焼きじゃね?」
「いや、まだ豆獲りきってねぇもん。野焼きするわけねぇだろ」
隣を歩くモドキンは、適当な相槌をうつ。
彼はアースセルからエミーを呼んでくるよう頼まれる前は、ダーマシーと共に資材の運び入れ作業をやっていたのだ。
ダーマシーの作業は雑だから、一人で放っておいたせいで倉庫がぐちゃぐちゃになっていないか、気になってしょうがないのだ。
「見に行くぞ」
「ええ?オレ、他に仕事あるんだけど」
「うるせぇ。リーダー命令だ」
逃げようとするモドキンの襟首をがっしり掴み、パッチーノはソボロ豆の畑に入っていく。
ガサガサと豆のツタをかきわけ進んだ先にあったものは......既に消えかけの焚火跡だった。
「何だこれ......うわ、臭っ!?」
その焚火跡に近づき、パッチーノは思わず鼻をつまんで叫んだ!
彼を襲ったのは、思わず逃げ出したくなるほどの異臭である。
なんだかツンと鼻を刺激するような酸っぱい臭いが、未だ若干の火がくすぶるその焚火跡からは漂っていたのだ。
横を向くと、連れて来たモドキンも青い顔をしている。
「ははは!酷ぇ顔だなモドキン!吐くならオレの見てねぇところで吐けよ!」
「......やばいぞ、パッチーノ」
しかし笑いかけるパッチーノに対する、モドキンの様子がおかしい。
冗談を言っている様子ではない。
パッチーノもすぐに気を引き締める。
「どういうことだ?」
「やばい、多分だけど、この臭い......こんなもん、魔境の中で焚いたら......!」
「おい!一人でびびってんじゃねぇぞ!この臭いはなんだ?この焚火では、何が焚かれていた?教えろモドキン!」
震えるモドキンの頬を軽く何度か叩き、パッチーノはその小汚い男を正気付かせる。
はっとなり、パッチーノの方を振り向いたモドキンは、叫んだ!
「これ、魔物寄せだ!魔物寄せが焚かれてたんだよぉ!」
「な......!?」
それと、同時のことだった!
ドォン!!
ドン、ドドン!!
ドォォーーーン!!
そんな凄まじい轟音と振動が、彼らの体を揺らしたのは!
◇ ◇ ◇
「ひぇっ!?」
「何なんだよ、これ......!!」
パッチーノとモドキンは、揺れがおさまってからすぐに、豆畑をかきわけ音がした方へと駆けた。
そして、そこで見たのだ。
何らかの爆発により破壊され、崩されてしまった......防壁の無残な姿を!
「ミギャーッ!」
「ミギャッ!ミギャーーーッ!」
「「!!」」
しかし、呆けている場合ではない。
崩れてしまった防壁の外から、次々に魔物が拠点内に入り込もうとしている!
「そりゃあ......寄って来るよな!あんだけでけぇ音したら......よっ!」
腰にさした剣を抜き放ち、とびかかって来た二体のフォレストトポポロックを危うげなく斬り捨てて、毒づくパッチーノ。
モドキンも素早くナイフを突き立て、後続のノシテルケッチの息の根を止めた。
「お、音だけのせいじゃ、ないかも......」
「は?」
「森の中......この臭い......興奮剤が、焚かれているかも......」
「何だと!?」
震えながらモドキンが指さすその先には、森の中から空に向かって伸びる無数の赤い煙の筋があった。
魔物寄せも興奮剤も、魔物狩りのため冒険者が使うこともあるありふれた薬剤だ。
故に斥候であるモドキンも、臭いで判別できる程度にはその知識を持ち合わせていた。
「拠点内では魔物寄せ、森の中では興奮剤を焚いて!?防壁爆破して!?どこの馬鹿だ、そんなことするやつは!この拠点を滅ぼすつもりなのか!?」
「そうとしか、考え、られねぇよっ!」
そう会話している間にも、興奮剤によって理性を失った魔物たちは、拠点内をめがけて次々に崩れた防壁を乗り越えようと押し寄せてくる!
パッチーノとモドキンは、次々にそれらを斬り倒し何とか侵入を食い止めていたが......多勢に無勢、徐々に疲労も溜まり、その動きの精彩が欠けはじめる。
そんな中......絶望が、現れた。
「ミギャーーー......」
そう低くうなりながら森の奥から姿を現したのは、茶色の鱗を持つ三つ目の生き物。
その背中には、無数のトゲ。
姿かたちは、先ほどまで何匹も斬り捨てたフォレストトポポロックに似ているが、その大きさが段違いだ。
熊ほどに大きい。
「マウンテン......トポポロック......!」
パッチーノの額を冷や汗が流れ落ちる。
マウンテントポポロックと言えば、万全に準備を重ねたパーティがしっかり連携をとって、ようやく倒せるか倒せないかという魔物だ。
油断した馬鹿な兵隊共が、たった一匹に全滅させられたという話も聞いたことがある。
魔法剣士一人と斥候一人だけでは、荷が重い。
「ミ、ミ、ミ、ミギャー......」
「ミギャッギャ!」
しかもそれが、三匹も!
のし、のしと重たい体を揺らしながら、こちらに向かって近づいてくる......!
おそらく興奮剤の影響下にある現在の彼らには、拠点周辺を取り囲むように植えられた魔除け草も何ら効果を発揮しない。
ずしゃり、と音を立て、マウンテントポポロックが魔除け草を踏みつぶした。
「......逃げるか?」
ぼそりと、モドキンがつぶやいた。
これまでは、そうやって生きてきたのが“茶竜のカカト”たちだ。
彼らは流れ者だ。
嫌なことがあれば、問題が起きれば、その都度尻をまくって逃げてきた。
これまでは、それで良かったのだ。
「冗談言うなよ」
しかしパッチーノは即座にそう言って、荒い息を吐きながら笑った。
逃げて、逃げて、逃げて。
しまいには、勇者詐欺にすら手を出した恥知らずたちがようやく見つけた、居場所。
それがこの、拠点なのだ。
「......だよなぁ......」
肩を落としてため息をつきながら、しかしモドキンも笑顔をみせる。
右手にナイフを構え、左手には懐から取り出した、痺れ粉をまとめたニーセお手製の丸薬を握りしめる。
「......やるだけ、やんぞ」
「おう」
二人が決死の覚悟を固め、対峙する絶望に向かって一歩、足を踏み出した......その時だった。
ごう!と音を立て突風を巻き起こしながら、二人の間を黒い小さな何かが通り過ぎて行ったのは!
その何かはその勢いのまま......目にもとまらぬ速さでマウンテントポポロックを一匹、思いきり殴りつける!
それだけで、ただその一撃を叩きつけられただけで、その魔物ははじけ飛び、ただの肉塊となった。
「お嬢......!!」
黒い何かの正体。
それは、もちろんエミーだ!
パッチーノとモドキンは、この黒髪黒目の少女の強さを知っている。
だから、思わず拳を握りしめて喜んだ!
最強の助っ人が来てくれたのだから。
当然、声もかけようとした。
が、できなかった。
何故ならエミーは、怒っていたからだ。
「............」
ちらりと崩れた防壁に目線を送ったエミーは、いつものように無表情だ。
その表情からは、何ら感情をうかがえない。
だがしかし、パッチーノたちにはわかった。
今、エミーは、自分の拠点が攻撃され、防壁が崩され、危機に陥っている、その事態を受けて。
自分の大切なものを傷つけられて。
激烈に、怒っている!
どちらかと言えば“鈍い”パッチーノとモドキンにもわかってしまうほどに、エミーの怒りは凄まじかった。
怒りのあまり、普段は抑え込んでいる魔力が漏れ出し、全方位を【威圧】している。
その魔力は強く凝縮され、一般人にも視認できるほどどす黒く色づいており、今やエミーの小さな体は、渦巻く不穏などす黒い靄に覆われていた。
パッチーノたちは、エミーと初めて出会った時、この少女から理不尽に【威圧】を向けられている。
しかし、今のエミーが発している気配は、それとは比較にならないほど強烈なものだ。
あまりにも苛烈な怒りの感情、そして本気の殺気。
二人はそれに、怯んでしまったのだ。
思わず呼吸を忘れ、身動きがとれなくなるほどに。
「............」
未だ唸り声をあげるマウンテントポポロックを、そしてその後ろに蠢く多種多様な魔物たちを、無言のまま睨みつけるエミー。
「ミギャ......!」
しかし興奮剤の影響により理性を失っているマウンテントポポロックは、エミーの【威圧】を受けてなお、怯みすらしない!
「ミギャーーーッ!!」
残る二匹のうちの一匹のマウンテントポポロックが、野太い雄たけびをあげながら、全力でエミーに向かって駆けだした!
これは彼らの得意技、突進だ!
固い鱗、そして強靭な筋肉により生み出される速度、巨大な肉体すなわち純粋な質量!
それらに加え、さらには魔力による【身体強化】により大幅に底上げされた突進の威力たるや、おそろしいの一言だ!
これまで彼らマウンテントポポロックたちは、この突進によって鎧や鱗と言った防御を意にも介さず打ち砕き、敵対生物の肉体をぐちゃぐちゃにひきつぶしてきたのだ!
単純明快ながらも防ぐ手立ての存在しない......運動エネルギーによる暴力!
「............」
だがエミーは、全く焦る素振りを見せない。
当然だ。
彼女にとってはこの程度、何ら脅威ではないのだから。
巨大な大砲玉のごとき勢いでエミーに迫るマウンテントポポロック。
エミーは、それを。
無造作に、苛立ちを込めて、ただただ単純に。
殴りつけた!
その気にさえなれば、誰でも振るうことのできる、単純な暴力である。
しかしそれは、数多の魔物、黒龍の血、そして神の残滓すら取り込んできた何かが放つ、理不尽だ。
ただ、熊程度に大きく、そこそこに強いだけの野生生物マウンテントポポロックが、そんな理不尽に晒され、ただで済むわけがない。
先ほど死んだ個体と同じく、やはり突進を仕掛けてきたこの個体も、エミーの拳を受け血肉をまき散らしながら吹き飛び、死んだ。
「ミ」
残る一匹のマウンテントポポロックは、その光景を見て、激昂した!
そして怒りの叫び声をあげようとしたその瞬間に!
気づけば彼の背の上に乗っていたエミーの手刀により首を切断され、死んだ!
エミーは転がったその首を拾い上げ、掲げ、森の中に蠢く魔物たちに見せつける。
そうしてから、それをぞんざいに足元へ放り投げ、思いきり踏みつけた。
ぐしゃりと音を立てて潰れる、マウンテントポポロックの頭部!
「......やんのか」
そしてエミーは、強く【威圧】を放ち続けながら、低く低く、そうつぶやいた。
小さな声であったはずのそれは、不思議と周囲に良く響いた。
パッチーノとモドキンの耳にもはっきりと届いたし、それは魔物たちにも同様のはずである。
だが、しかし。
「ミギャーッ!ミギャッ!ミギャーッ!」
「グオーーーーーーッ!」
「ゴヘッ!ゴヘッ!」
「チワワッ!チワワワワッ!」
その【威圧】は、興奮剤によって理性を破壊された魔物たちには、届かなかった。
魔物たちはエミーの威嚇行為を挑発行為とはき違え、各々いきり立ち、叫び声をあげながら一斉にエミーに向かって突撃を始める!
「......そう」
その様子を受けて、一度エミーは目を軽くつぶる。
「なら」
そうしてから腰を落とし、拳を構えてから目を開き。
叫んだ!
「......皆殺しだッ!!!」
殺戮が始まる!!
縄張りにちょっかいをだされて、エミーはぶちぎれ状態です。
でも最後の威嚇行動時には、ちょっとだけ冷静になっていました。
次回は、別の人の視点からお届けします。




