208 普通の冒険者は普通ではない少女を見る
普通では、ない。
それが、“普通”の1級冒険者であるユージュが、新たに入室してきた少女に抱いた印象だ。
発する威圧感が、普通ではない。
感じとれる、その小さな体に満ち満ちる魔力量が、普通ではない。
そしておもむろにかぶっていたフードをとることで晒されたその美貌が、普通ではない。
とにかく、普通ではない。
これまでの冒険者人生において、ユージュが『普通ではない』と感じた相手は、大抵がやばい奴だ。
例えば、長く生きた凶暴な山の主であるとか、指名手配中の大量殺人犯であるとか。
だから、ユージュはその黒髪黒目の少女に対して、咄嗟に退避行動をとろうとした。
瞬時に、これからの動きをシュミレートする。
まず、タイチェの座る椅子を思いきり引き、彼女を床を滑らせるように椅子ごと窓際へと移動させて逃がす。
次いで、机を蹴り上げ、その勢いのまま自分も一回転しつつ、後方へと退避。
着地と同時に両腕に装備した魔道具の腕輪を起動し、瞬時に扇形の盾を形成。
蹴り飛ばした机が落下し、バリケードとなったその時には、いつでも抜剣できるよう体勢を整える......。
だが、しかし。
ユージュはこの退避行動をとることは、なかった。
いや、できなかったと言うべきか。
何故なら、このシュミレートをしながら、無意識に剣の柄へと手を滑らせる、その動き。
1秒にも満たない、ごく短い時間の中で行われたその瞬間的な動きを。
その少女は、その黒い瞳で、無表情に、つまらなそうに、しかし決して目を離すことなく、見つめ続けていたからだ。
それだけで、ユージュは悟ってしまった。
これには、勝てないと。
これから、ユージュがどのような退避行動をとろうと。
あの普通じゃない少女は、その一つ一つに。
好きなように差しこみ、それを潰すことができるのだと。
隔絶した実力差を、理解した。
で、ある以上は。
抵抗は無駄であるので。
ユージュは、本能的危機感で高揚したその精神を、意思の力で瞬時に“普通”に戻す。
のほほんと、笑みを浮かべる。
彼女は、端的に言えば、目の前の普通ではない少女への対処を、諦めた。
しかし裏を返せば、それ以外の脅威には普通に対処できるよう、平常心を取り戻し気持ちを切り替えた。
これが、ユージュが普通に優秀な1級冒険者である所以である。
「......さすがですね。これに、全く、動じないとは」
少女の【威圧】を受け、青い顔をしながら引きつった笑みを見せる特務事務官は、そんなユージュの様子を見て、彼女はこの【威圧】にも全く動じていないのだと勘違いした。
その勘違いは......正す必要はあるまいと、ユージュは判断した。
そうすれば、箔が付く。
「いやあ、普通ですよ、普通!」
だからそんな適当な返答をしながら、ユージュはのほほんとしていた。
が、しかし。
そんな風に、無理やりのほほんとしていたユージュだが、次に起こった出来事を見て、さすがに驚いた。
何が起きたのかと言えば。
ユージュが対処を諦めた、その普通ではない少女の頭を。
悪人顔ではあるが、どう見ても普通の一般人であるジョンとかいう男が。
何ら恐れることなく、コツンと小突いたのだ。
◇ ◇ ◇
「この、たわけがっ!!」
おっさんが頭をコツンと小突きながら、私を叱る。
「だって」
「『だって』ではない!お前さんのその【威圧】は心臓に悪いから、極力人に向けるなと言っとろうが!あの人たちはどう見てもお客さんだろうに、どうしてそう、すぐに喧嘩腰になる!?」
「でも」
「『でも』じゃない!」
さて、わたくしエミーちゃん、現在ジョバンノのおっさんにガミガミと叱られております。
というのもさ、変態ジジイに呼ばれて会議室まで来てみればさ、知らないお姉さんが二人いるんだもん。
誰か知らないけど、とりあえずなめられるわけにはいかないじゃん?
だから、ひとまず【威圧】したんだよ。
それが、おっさん的にはあまりよろしくなかったみたい。
でも、昔のことを思い返してみれば、師匠も割かし【威圧】をまき散らかしていたよね。
どっちが上かはっきりさせとくのは、人間関係を構築するうえで、とっても大切なことだと思うんだけどな?
<おお......無口で、初めの内は人と喋ることすら一苦労だったエミーが、人間関係を語っている!成長しましたね、エミー......!>
えへへ、私だっていつまでも、子どもじゃないんだよオマケ様!
「おい、聞いとるのかエミー!」
もう、おっさんうるさいなぁ。
むかつく。
ぷいっと横を向く。
しかしおっさんに、すぐさまその首をくいっとひねられ、強制的に前を向かされる。
「ほれ、見てみろタイチェ殿の顔を!あんなに真っ青にさせて、申し訳ないとは思わんか?」
タイチェ?
<多分、机の向かいに座っている、地味な顔の女ですね>
ああ、うん、確かに顔色は悪い......。
でも......。
「笑ってるよ?」
「顔が引きつっているだろう......」
おっさんは片手で額をおさえ、ため息をついた。
うん、でも、確かに。
私の【威圧】のせいで具合が悪くなったのなら、それは申し訳ないかな。
「だけど、後ろのお姉さん、大丈夫そうだよ?」
私は、そのタイチェとか言う人の後ろに立ってのほほんと笑っている、帯剣したお姉さんを指さして口を尖らせる。
「ユージュ殿は、1級冒険者だ。【威圧】には慣れているんだろうさ。だが、そうじゃない人も、いる。誰彼構わず喧嘩を売っていたら、余計な軋轢が生まれるばかりだ。少しは考えて行動しなさい」
「......わかった。ごめんなさい」
まあ、おっさんの言いたいこともわかるよ。
ここは私が謝って、この場をおさめるさ。
私は精神年齢的には、十分に大人だからね!
<偉いですよ、エミー!>
ふふん、知ってた!
「ええと......大丈夫かの、タイチェッ?」
変態ジジイが、気遣いながらそのタイチェさんの肩をポンポンと叩いた。
タイチェさんは、ハンカチで一度額をふくと、コホンと一つ咳払い。
そうしてからもう一度作り直した笑顔を浮かべて立ち上がり、腰をかがめて私に目線をあわせた。
「失礼いたしました。あなたが、エミーさん、ですね?」
「......?そうだけど?」
なんで私の名前知ってんだこいつ。
おっさんたちが教えた?
「タイチェ、この子はのッ?この拠点を作るにあたっての、最大の功労者なんじゃッ!今のでなんとなくわかったろうが、滅茶苦茶強い子じゃぞいッ!タイチェにも紹介しようと思って、あらかじめ呼んでおいたわけじゃが、どうやらタイミングも良かったらしいのッ!」
私を紹介?
なんで?
ってか、この人、一体誰なんだろう?
首を傾げている私に気づき、その地味な顔のタイチェさんは、私に向かって口を開いた。
「こんにちは。私は冒険者ギルドの本部で働いている、タイチェと言います。エミーさん、少しお話させていただいて良いですか?」
そして、そんなことを言ったのだ。
◇ ◇ ◇
さて、その後。
これからは、私の個人的な話だということなので、そこそこ金髪とパシリビビリ汚れボサボサは退室していった。
私は今、机をはさんでそのタイチェとかいう人と向かいあって座っている。
話し合いの前に部屋に来た酒臭女に出された酢ヅタ水は、秒で飲み干した。
「では、本題に入る前に、いくつかの質問を行いますが......エミーさん、あなたはヨシャンカという町に、行ったことはありますか?」
ヨシャンカ?
<ああ、ほら、カイセの森のそばにあった、石造りの町ですよ。風の強い>
ああ、思い出した。
そう言えばそんな町にも、寄ったことがある気がする。
「ある」
「では、そこで誰か、あなたと付き合いのあった人間はいますか?」
「カマッセ」
「なるほど」
ん?ん?ん?
何だこれ?
取り調べ?
あ、もしかして......カマッセ、何か悪いことでもしたの!?
「カマッセ、良いやつだよ?」
「ええ、良く存じております。彼は能力面でも人格面でも信頼のおける、新進気鋭の2級冒険者ですから」
え、2級?
<前会った時は、確か4級でしたね?>
そっか、マジか~!
カマッセ、昇格してんじゃん!
あいつも頑張ってんだなぁ~!
人のことなのに、私まで嬉しくなるね!
「話を戻しますね。あなたはヨシャンカの冒険者ギルド出張所を訪れた際、そこの受付嬢に何を渡しましたか?」
......少し、考える。
そんな昔のこと、憶えてないよ?
なんでそんなこと聞くの、この人?
<ああ、確か推薦状ですよ!男爵の!>
「推薦状」
「どなたからのですか?」
「マーツ・サラー男爵」
「結構です。わたくし特務事務官タイチェは、あなたをエミーさんご本人であると、確認いたしました」
そう言うと、タイチェさんはおもむろに立ち上がり......私に向かって腰を曲げ頭を下げた。
ん?
んんん!?
何!?何!?何これ!?
わけがわからず、思わず隣に座るおっさんの顔を見る。
「いや、私に助けを求められても困る。私にも話が見えん」
困惑する私たちに対して、タイチェさんは良く通る声で、頭を下げたまま言った。
「エミーさん、わたくし共冒険者ギルドは、あなた様に対し、謝罪申し上げます!本当に、申し訳ございませんでしたッ!」
............はい?
わけがわからず、思わず隣に座るおっさんの顔を見る。
「いや、だから、私にもわからんて。一体何の話なんだ?」
私たちは二人で首をひねった。
その様子を見て、顔をあげたタイチェさんは苦笑いする。
「......まさか、そこまで心当たりがなさそうな顔をされるとは、さすがに想定しておりませんでした。最初から順を追ってご説明いたしますね」
そう言ってから、再び椅子に腰かけるタイチェさん。
「実は......」
そして、おもむろに口を開いた......その時だった!
ドォン!!
ドン、ドドン!!
ドォォーーーン!!
立て続けに鳴り響く轟音とそれに伴う振動が、私たちを襲ったのは!!
まだまだ長く続きそうな交渉パートを、無理やりぶった切る謎の轟音!
長かった12章もようやく佳境です。




