207 特務事務官は交渉を進める
「ではジョンさん、次に借地料についてですが......」
「ふむ、先ほどの条件をのむのであれば......」
「なるほど、それではこちらは......」
「いや、それならば......」
ユージュの目の前で、彼女の護衛対象であるタイチェ特務事務官と悪人顔の男ジョンが、何やら小難しい交渉を続けている。
それをユージュは、タイチェの後ろに立ちながらのほほんと眺めていた。
今回彼女の受注した依頼は、特務事務官タイチェの護衛。
そして、現在護衛対象がいるのは、魔物の危険もない拠点内の会議室の中。
交渉している相手も、顔は悪そうだけど、あまり強くなさそうな一般人。
故に、ユージュは普通に気を抜いて、護衛をするふりをしながら休憩していた。
「つきましては......」
「いやはや、なんと!タイチェ殿はご冗談がお上手だ」
「いえいえ、ジョンさん程では!はははははは!」
「「はははははは!」」
あ、なんか笑ってる。
(いやあ、楽しそうで良かったなぁ!)
小難しい言葉を右耳から左耳に素通りさせながら、ユージュはのほほんと笑顔を浮かべた。
ふと、窓の外を眺める。
野焼きだろうか?
拠点内の畑の中から細い煙が何本か空に向かって伸びている。
長閑な光景に、心が癒される......。
日々の過酷な冒険者業の合間に訪れた、このつかの間の休息時間。
ユージュは普通に満喫していた。
が、一方で事務方の二人、タイチェとジョバンノは、のほほんとしているユージュを後目に神経をすり減らし心を摩耗させながら、全力で交渉にあたっていた!
笑顔を浮かべながら相手に投げかける言葉は、まるで中に刃が仕込まれた剛速球。
一言一言に二重三重の意味が含まれており、うかつに受け止めれば大ケガは必須である!
決して楽しそうに談笑しているわけではないんだぞ!
ただし、二人とも目指すゴールはそれほど離れていないので、細部の条件で多少もめはしたが、今回の交渉はそれぞれが満足できる地点に着地したと言える。
まず、冒険者ギルドは、悪人顔の男ジョンの土地についての権利を認め、さらには彼の保護を約束した。
そもそも冒険者ギルドは、その土地の開拓者を追い出すような不義理な真似をするような組織ではないし、この男の類まれなる魔境植物栽培に係る才能、そしてこの土地におけるリーダーシップを買っていたからだ。
え、この森に追放された大罪人?
そんな人、とっくに死んでいるに決まっているでしょ?
常識で考えてよ?
まあ、そういうことになった。
次に、パッチーノたち“茶竜のカカト”の面々は、今後はこのザマーゴの森出張所を拠点として冒険者として働き、彼らの勇者詐欺の被害者への補償を続けていくことに決まった。
また、これまでの道づくりを始めとした拠点整備のための労働に対しても、無事に賃金が支払われることになった。
そしてアースセルは、今後は本人の希望通り、出張所の所長としてこの場所で勤務を続けることになった。
“茶竜のカカト”や、そもそも冒険者ギルド側の人間であるアースセルの処遇のことまで、ジョバンノは交渉を行っていたのだ。
それは彼やエミーの今後の拠点での生活のしやすさを考えた結果であり、アースセルたちに仲間としての情がわいていたからであり、そもそもああだこうだ交渉するのがジョバンノは好きだからである。
「......それでは、今後ともよろしくお願いいたしますね」
「こちらこそ」
両者ともにサインを取り交わし、最後まで顔にはりつけられた笑顔の仮面がはがれることはなく、にこやかに話し合いは終わった。
「フォッオ~~~......疲れたぞいッ!」
「いやいや、ほとんどジョバ......ジョンさんしか喋ってなかっただろ。変態ジジイが疲れる要素、どこにあったよ......」
「パッチーノ、そういうお主も疲れとるだろうがッ!こういう話は、聞いてるだけで疲れるもんなのッ!」
握手を交わすタイチェとジョバンノの横で、アースセルとパッチーノが、椅子にもたれかかりだらしなく伸びている。
パッチーノはジョバンノのことをジョンと呼んでいるが、これはそう呼ばなくてはならない理由を理解したからではない。
なんとなく、空気を読んだからだ。
「いやあ、タイチェさん、お疲れ様でした!」
ユージュは握手が終わり再度椅子に腰かけて、本当に残りわずかとなった酢ヅタ水をちびちびとなめるタイチェに対し、のほほんと普通に声をかけた。
気づかいの言葉ではあるが、自分の精神的疲労を全く理解していないであろうその一言に、思わずタイチェは眉間に皺寄せ半眼でユージュをじとりと睨んだ。
しかし、無事今回の仕事は“ほぼ”終わったのは事実である。
タイチェはユージュへのイライラを、ため息一つで水に流すことにした。
「......ありがとう。でも、まだ私の仕事は、終わってないのよねぇ」
そして、ついついそう一言、つぶやいた。
「ああ、細かな査察が残っているんでしたっけ?」
「それだけじゃないのよ。もう一つあるのよ......気の重い仕事が」
「気の重い仕事?それは一体?」
そう声をかけたのは、ユージュではなく机をはさんで向かいに座る悪人顔の男だ。
ぼそぼそと、小さな声でつぶやいたその一言を、ユージュは普通に聞き逃したが、この男は耳ざとく捉えていた。
タイチェは再び眉間に皺寄せ、またしてもため息をついた。
「......申し訳ございません、今のは本当に、失言でした。忘れていただけると、ありがたい」
「なんじゃいッ?なんじゃいッ?タイチェ、何か困りごとかのッ!?おじいちゃんになんでも、相談すると良いぞいッ!」
疲れた様子で肩を落とすタイチェに対し、るんるんと近づいて来たのはアースセルだ。
鼻歌交じりで、曲にあわせて腰を左右に振りながら歩いている。
このジジイ、難しい話が終わったから元気いっぱいなんだね!
「ええ、もちろんです」
「フォッ!!?」
するとタイチェは一転にこやかな笑顔で、しかし額には青筋を浮かべて、そんなジジイの口髭を掴んだ!
「当然あなたにも、私と一緒に対応していただきますよアースセルッ!っていうか、ジジイッ!テメェが先に気づけッ!テメェが所長やってたころ、情報は回ってたはずだぞッ!冒険者ギルドが、ずっとずっと探していた相手が、いるんだよッ!ここにはよぉッ!!」
「フォッオ~~~ッ!!?痛い痛い抜けちゃう抜けちゃうッ!!お髭抜けちゃう~~~ッ!!!」
ぎゅうぎゅうと鬼の形相で、ジジイの口髭を引っ張るタイチェ!
しかしジジイも元特級冒険者!
何度も魔力変質を繰り返したその肉体は頑強で、口髭もなかなか抜けない!
余計に痛い!
「......どういうことかね?」
突然机の向かい側で始まった暴力的な祖父と孫娘のじゃれあいを見て、訝し気に尋ねるのは悪人顔の男。
何がしか、この特務事務官殿は、他にもこの拠点に用があるらしい。
先ほどまであれほどやりあった相手だ。
さすがに警戒心も高まる。
「失礼、取り乱しました......別に、隠し事があるわけではないのですよ、ええ。どうせすぐに明らかになることですから、今のうちに事情を説明いたします。ジョンさん、今やあなたも関係者であると、言えるわけですし、ええ」
タイチェは一つ咳払いをしてから、口を開く。
「その前に、一つ確認ですが、先ほどの交渉時にも名前が出てきた......エミーという少女ですが、この子は黒髪黒目。間違いないですね?」
「それがどうかしたか?」
......思ったより、冷たい声が出てしまったことに気づき、ジョバンノは内心ひやりと焦る。
交渉時、感情を相手に悟らせるのはまずい。
しかし、致し方ないことではある。
なにせ、どうやら向かいの女は、エミーに用があるらしいのだ。
エミーは強い。
時々、自分と同じ人間であるとは思えなくなるほど、強い。
だがしかし、それは戦闘能力だけを切り取ってみた場合の話だ。
エミーは、変な言い方になるが、生物としてはべらぼうに強いが、人としては非常に弱い。
それは精神的な問題の話ではなく、社会的な立場の話だ。
なにせ、彼女はここに来るまでは住処も持たぬ浮浪児であったし、何より黒髪黒目の呪い子だ。
この世界の“普通の社会”においては、特に何の理由もなく蔑まれ、悪意を向けられ、それでいて救われることのない存在である。
エミーが時折見せる、粗暴な素振り。
暴力性、残虐性、獣性。
しかしそれは、彼女の一側面でしかない。
エミーは確かに粗野で乱暴で常識知らずではあるが、拠点の仲間のことはなんだかんだ大切に思っているようだし、誕生日を祝われれば喜ぶ。
彼女の心は、人の心だ。
そして無意識に、人と人とのつながりを求めている。
彼女は屍の上でまどろむバケモノなどでは、ない。
少なくとも、今は。
断じて。
で、あるならば。
彼女のことを大人として、守る。
それは自分の仕事であると、勝手ながらジョバンノは、そう思っていたのだ。
何故ならジョバンノにとってエミーは今や、命の恩人であり、苦楽を共にした仲間であり、そしてまるで己の......。
「......そう警戒しないでください」
悪人顔の男から、これまでの交渉時とはまた別種の気迫のようなものを感じ取り、タイチェは慌てて声をかける。
「今のは決して、その少女を貶める目的での問いかけではございません。単に、身体的特徴の照合を行っただけです。そして、おそらく間違いはない。わたくし共冒険者ギルドは、その少女に......」
「おーい、変態ジジイ!連れてきたぜ」
その時だった。
ノックもなしに会議室の扉が開き、外から小汚い身なりの男が入室してきたのは。
いや、入室してきたのは、その男だけではない。
その男は、フードを目深にかぶった子どもを連れていたのだ。
その子どもは気配を消し音もなく歩いていたので、はじめのうちタイチェはその存在に気づくことができなかった。
タイチェがその子どもに気づくことができた、その時には。
その子どもは、既に。
タイチェとユージュという、会議室の中にいた見ず知らずの女性二人に対して。
......強烈な【威圧】を放ち始めていた!
あッ!エミーちゃんったら、また『初手【威圧】』してッ!
人見知りかな?
会話が長くなり申し訳ないですけど、交渉パートはどう考えても文官タイプのおっさんが活躍する大切な機会ですので、ご容赦ください。
その割に、作者がアホなので頭良さげな会話が書けず、肝心の交渉描写はばっさりカットされるという有様!
ごめんね、おっさん!




