202 神は神託をくだす②
<<<カクシィ“様”でしょっ!私は神様なのっ!立方体の神なのっ!世界で一番偉い立方体なのよっ!もっと敬いなさいよっ!>>>
「へーへーへー、すんませーん」
この異世界アーディストにおける立方体を司る神である立方神カクシィは、角をとがらせながら怒った。
だが、カクシィの使徒ビオラは悪びれもせず、ヘラヘラ笑っている。
この一柱と一人の関係性は、彼女らが出会った時からずっと変わっていない。
<<<......まあ、良いわ。これ以上は、時間の無駄ね......ビオラ、あなたをここに呼び出したのは、他でもありません......あなたに、神託をくだします>>>
立方神はため息をついて使徒の不遜な態度の矯正を諦め、本題に入った。
その言葉を聞いて......ビオラの瞳が、妖しく光る。
「良いぜ、神託......何でも、やってやるよ。私は、何をしたら良い?」
ビオラは身を乗り出して立方神に問うた。
立方神はしかし、すぐにはそれに答えず、姿見の中でふわふわと浮かびながら、こんなことを言った。
<<<ねえ、ビオラ......あんた、“ざまあ”って言葉、聞いたことあるかしら?>>>
「は?ざまあ?......わたくし、浅学菲才の身故に存じ上げませんで......あ、そっか、“ざまあみろ”みたいな意味か?」
<<<大体そういうことよ。あなたには、私の物語に彩を添える......“ざまあ”を遂行していただきます>>>
「話が見えねぇ。もっとわかりやすく言え。私は、何を、したら良い?」
<<<あなたには、あの大罪人ジョバンノを、殺していただきます>>>
その神託を受け。
ビオラは。
......きょとんと、首を傾げた。
<<<ちょ、あなた、ジョバンノよ?あの稀代の大悪党ジョバンノ・アック・トーよ!?あんた、メレウケちゃんと一緒に捕縛したでしょ!?あの、悪人顔のおっさん!>>>
「ああ......そんなの、いたっけか。悪いな、私、人のこと覚えんの苦手なんだ。殺した奴の顔以外、すぐに忘れちまう」
<<<あのねぇ......あの事件以来、あんた一人弟子をとったでしょ?あのナラカンって男の子。あの子が違法奴隷として売られるきっかけを作ったのが、そのジョバンノなのよ>>>
「なるほど、そっかそっか」
ナラカンとは、メレウケが一番初めに助け出した違法奴隷であり、彼女がジョバンノの悪事に気づくきっかけをつくった少年だ。
身寄りがなく、暗部としての適性を持っていたため、現在彼は表向きにはルンタート家の庭師見習いとして働き、本当は暗部見習いとしてビオラから指導を受けている。
自分を助けてくれたメレウケに強い忠誠心を持つ、純真無垢な少年だ。
ビオラを師として仰ぎ信頼するこの少年の胸に、突然ナイフを突き立ててやったら、どれだけ気持ちが良いことだろう。
ビオラはそういう昏い妄想を、下劣な本性を、メレウケの物語の登場人物である“冷静で有能な暗部メイド”という仮面で覆い隠しながら、毎日を過ごしている。
今も......ふとそういう妄想を、してしまった。
頬を染め肩をゆすって笑うビオラに呆れながら、立方神は話を続けた。
<<<あの男、私のプロットでは、ザマーゴの森とかいう魔境に追放されて、そこで惨めに魔物に食われて死ぬ予定だったの。そういう結末まで含めて、私はあの男の人生をデザインしたの>>>
「あは、酷い話だ」
<<<そうかしら?神に気をかけてもらえたのだから、光栄なことではなくて?......とにかく、それなのに、よ?あの男、何故だかわからないけど、未だにしぶとくその森の中で、仲間を作って生き残っているらしいのよね!>>>
「ほお?そらまた、どうして?神であるあんたが視た運命が覆るなんて......そんなこと、あんのかい?」
<<<そりゃ、あるわよ。この世に絶対はないの>>>
「ふーん」
ビオラは自分で聞いておきながら、興味なさげにあくびをした。
「で?それの何が悪い?」
<<<それだと、物語として“ざまあ”が足りないのよっ!>>>
興奮しているのか、立方神はころころと己の色を変化させながら、上下左右に細かく振動する。
<<<いいかしら!?あのジョバンノは、違法奴隷の売買という許されざる悪事を働いたのっ!それによって、不幸になった人々がたっくさんいるのよっ!?そんな奴がのうのうと、生きているっ!そんなの、視聴者が許すわけ、ないでしょうっ!?>>>
「へーへーへー、なるほどねぇ。あんたとしては、その悪い奴が生き残っていることが、許せないわけだ」
<<<え、私?私は別に、人が生きてようが死んでようがどうでも良いわ!だって私、立方体だものっ!そもそも悪い奴を許せなかったら、いくら仕事ができて便利だからって、あんたみたいなクズを使徒には選ばないわっ!>>>
「あは、酷ぇ!クズとか言われた!およよー!」
<<<私、立方体だからよくわかんないけど、自分の快楽のために何の罪もない同族を殺す奴って、クズなんじゃない?昨日だって、いくら私が神とは言え、隠すのは大変だったのよ?せめて同僚を減らすのはやめなさいよ>>>
「............あはぁ」
立方神にお小言を言われ、ビオラは反省するどころか昨日の殺しを思い出し、妄想に浸り始めた。
......殺しは良い。
どんなに凄い奴も、頭が良い奴も、殺してしまえばそれは、ビオラにとっては己よりも劣る存在だ。
そうなって初めて、ビオラはその存在を、愛することができる......。
<<<はいっ!ストップ!ストーップ!まだ話の途中っ!勝手にトリップしなーいっ!>>>
「......ああ、わかった、わかった。落ち着け、耳が痛い」
キンキンと甲高い声で喚く立方神によって現実に引き戻され、ビオラは苦笑しながら立ちあがり、伸びをした。
「とにかく、あれだ。私がこなすべき今回の神託は、『ジョバンノを殺せ』だ、間違いないな?やり方の指定はあるか?」
<<<好きにやって良いわっ!とにかく、ジョバンノが死ぬという結果が重要なのっ!>>>
「ついでに周りの奴も、殺して良い?仲間がいるんだろ?そのジョバンノとかいうのには」
<<<......あんたも好きよねぇ......別に良いわ、好きにしてっ!>>>
「......あはっ!」
立方神のその言葉を聞き、ビオラは満面の笑顔を浮かべてから姿見に背を向け、重くさび付いた鉄扉を押し開けた。
<<<良いかしらっ!?好きにして良いとは言ったけど、一番大事なのはジョバンノへの“ざまあ”なんだからねっ!それを忘れないでよねっ!>>>
念押しとばかりに後ろで叫ぶ立方神に対し、振り向くことなく右手をあげて返答としたビオラは、そのまま扉を閉めて階段をのぼりはじめた。
◇ ◇ ◇
(さて、まずは何から始めようか......)
真の主人から心躍る神託を与えられたビオラは、ついスキップしたくなるほどはやる気持ちを抑えながら、ルンタート伯爵邸の廊下を歩く。
その邪悪な内面を清楚な立ち居ふるまいで覆い隠した今の彼女は、どこからどう見ても完璧なメイドと言って差し支えない。
(標的には、仲間がいるんだっけ......私一人で、手が足りるか?足りれば良いなぁ......全部、私が殺したい......)
自分が殺す数が、多ければ多い程嬉しい。
ビオラはそういう快楽殺人者だ。
だが、しかし。
(万が一にも、失敗はしたくない)
あれほど不遜な態度をとっておきながら、それでいてこのビオラという人間は、立方体の神とかいうわけのわからないあの存在を、しっかりと信仰している。
あの神がいてくれるからこそ、あの神の力が全てを隠してくれているからこそ、今の生活がある。
安穏とした生活と、趣味の活動の両立ができる。
かつて立方神と出会う前のビオラは、高位の冒険者としての表の仕事と、暗殺者としての裏の仕事を兼業していた。
表では魔物を殺し、裏では人を殺す。
それはそれで、刺激的で楽しい毎日ではあったが、彼女だっていつまでも若くはない。
多少は、疲れも感じていた。
そんな彼女に現在の生活を提供してくれた立方神カクシィに、彼女は恩義を感じているし、報わなければならないとも思っているのだ。
(確か、標的は今、魔境にいる。なら......あは、それも一興か。まてよ......それに加えて............)
ビオラの頭の中で、邪悪な計画が徐々に組みあがっていく。
「............あはっ」
思わず、笑みがこぼれる。
大きな眼鏡をかけ、化粧をして地味に装ってはいるが、その努力は彼女の美貌を完全に消し去っているわけではない。
冷静で堅物、滅多に笑わない真面目なメイドが見せる、妖艶な笑み......。
たまたまそれを見かけてしまった通りすがりの男性使用人は、思わずすれ違った後にビオラの方を振り返り、その頬を赤く染めた。
(なんにせよ、まずは......)
さて、ビオラはひとまず、神にくだされた“ざまあ”遂行のための計画の、大枠を決定した。
これ以上は、ある程度準備を整えてから、実際に現地を訪れ、臨機応変にやっていくしかない。
で、ある以上、彼女が今この場でやるべきこと。
それは......。
(有給申請、するか)
ルンタート伯爵家には、有給休暇制度が存在している。
麒麟児メレウケ・ルンタートが推し進める制度改革の一環である。
今回の神が、立方体の神である物語的必然性があるのかと問われれば、自信を持って言えます。
ないです!!!!!
ただ、今回の神様のビオラへの神託って、あんまりにもあんまりじゃないですか?
ビオラ自身も、その本性はかなり邪悪ですし。
例えば運命神であれば運命を、正義神であれば正義を象徴している神であろうわけなのですが、今回のカクシィ様が下手に何かを象徴してしまうと、その何かを貶めてしまいそうで、嫌だったのです。
だから、カクシィ様は立方体の神としました。
立方体には、ヘイトは向かわないでしょ?
つまりは作者の深謀遠慮、大人の配慮ってやつなのだな!ふふん!(黙れ)




