199 田舎子爵は困惑し
魔境ランラーナンガ山脈の西端、ザマーゴの森。
深い谷を間に挟んでこの魔境の森に接しているのが、ポッケロケ国のマサルケオ子爵領である。
マサルケオ子爵領は、特にこれといった特色のある土地ではない。
小さな村がいくつかあり、人々は細々と畑を作って暮らしている。
この土地は魔境に接しているとはいえ、谷のおかげで魔物があふれ出すことはない。
とにかく、よく言えば長閑な田舎だったのだ。
さて、そんな田舎を治めているのがマサルケオ子爵である。
今代当主の名は、ボンヤー・リット・マサルケオ。
代々この土地を治める7代目であり、前例踏襲を旨とする平凡な男である。
「は?ザマーゴの、門?人を常駐?何の話なの、それ?」
そのマサルケオ子爵は現在、執務室(リビングとダイニング兼用)にて腕を組みながら首をひねっていた。
と言うのも、彼の息子のダーラ・マサルケオが、彼に妙な報告を持ち込んだからだ。
「だから、行商のおっさんから、親父に頼んでくれって言われたんだよ。詳しい話は、オレも知らねぇよ」
ダーラはマサルケオ家の嫡男であり、いずれは8代目マサルケオ子爵、すなわちダーラ・リット・マサルケオの名を名乗ることになる25歳だが、その口調や態度はその辺の村の男衆と大して変わらない。
よく言えば、マサルケオ子爵家は領民とかなり距離が近い。
だからこれでも、別にこれまで困ったことはなかったのだ。
「行商のおっさんって言うと、ラーシャーン商会のテレンドさんでしょ?テレンドさんにはお世話になってるからなぁ、怒らせたらまずいよね?」
「まずいと思うぜ。こんな田舎まで行商に来てくれんの、おっさんのとこだけだもん。だから、その話を聞いてすぐにオレは家まで帰って来たんだぜ?走って。疲れた」
そう言うとダーラは床にごろりと横になり、大あくびをした。
「うーん、でも困ったなぁ。全く話が見えないぞ?ザマーゴの門?何それ?」
マサルケオ子爵はそれまで右側にひねっていた首を、今度は左側にひねった。
要約すると、ラーシャーン商会のテレンドがダーラを通じてボンヤーに言伝たのは、『ザマーゴの森の門は、魔物を流出させないために当然必要なものであり、その設置に文句を言う気は全くないが、あの重い扉をいちいち自分たちで開け閉めするのはいささか手間である。魔物の監視も兼ねて、扉を開け閉めする門番を置いてはくれないだろうか?』という話であった。
ところが困ったことに、ボンヤーにはその“ザマーゴの門”とかいうものに、まったく心当たりがない。
世話になっているラーシャーン商会からの要望を無下にはしたくないが、全然意味がわからない。
ザマーゴの森には、門なんてなかったはずなのだ。
あそこには、丸太橋が一本かかっているだけだ。
「うーん、うーん、困ったなぁ、困ったなぁ」
そう言いながら、マサルケオ子爵は首をぐるぐるとまわした。
ストレッチになって、なかなか気持ちが良い。
そうしているうちに、子爵の目に映ったのは家の外の畑である。
大分、雑草が伸びている。
「そうだ、草むしりしよう」
そう言って子爵が立ちあがり、両手をあげて伸びをした......その時だった!
「そんなこと、してる場合かいっ!」
そんな怒声と共に、木べらが子爵の後頭部めがけて、凄い勢いで飛んできたのは!
狙い過たず、スコンッ!という小気味よい音を響かせながら、木べらは子爵に命中した。
後頭部を抑え、うずくまる子爵。
「い、痛いよ~」
「泣き言言うんじゃないよっ!なんだい、さっきから黙って話を聞いてたらっ!」
のしのしと肩をいからせて歩きながら台所から現れたのは、丸々とした大柄な女性だ。
名前は、ヤルキア。
木べらを投げた張本人で、ボンヤーの妻でありダーラの母だ。
「困ったなぁ?ザマーゴの門ってのが、なんだかわからない?ならとりあえず、森の入り口の一本橋まで様子を見に行くか、テレンドさんに話を聞きに行くか、どっちかだろ!なんで草むしりをすることになんのさっ!」
「え、ええ~、だってテレンドさん、行商の途中だよ?今どこにいるのか、わかんないよ~」
「なら森まで様子を見に行けば良いだろっ!」
「遠いよ~」
「ぐだぐだ言うなっ!」
「あたっ!?」
今度はヤルキアからお玉が飛んできて、カコンッ!という小気味よい音を鳴らしながら子爵の額を打った。
「あんたもだよっ!ダーラっ!あんたも行くんだよっ!」
「痛いっ!」
さらにヤルキアは、こっそりと床を這いながら逃げようとする息子ダーラにも、木製のカップを命中させた。
「もとはと言えば、あんたが内容のうっすい報告をあげたからいけないんだよっ!子どもじゃないんだよっ!?きちんと、その話を聞くだけで、内容を理解できる報告をしないかいっ!」
「だって......」
「言い訳するんじゃないよっ!何であんたはいつも、そんなに適当なんだいっ?領内のことをなんとかすんのが、私たちの仕事でしょうがっ!もっと何やるにしたってさ、しゃきっとやる気だして動かないかいっ!」
「「はいっ!すみませんでしたっ!」」
ヤルキアが、エプロンのポケットから包丁を取り出したのを見て、ボンヤーとダーラはとりあえず謝罪してから、逃げるようにマサルケオ子爵邸を後にした。
このように、マサルケオ子爵家を実質的に動かし支えているのは、ヤルキアであった。
マサルケオ子爵家が世話になっているユーノカナン伯爵家の四女であった彼女は、いつの間にやら深窓のご令嬢から肝っ玉母ちゃんへと成長していたのだ。
◇ ◇ ◇
「おや、ボンヤーさん、何を走ってんだい?まーたヤルキアちゃんに怒られたかい?」
「あはは、そんなところだよ~!」
「あ、ダーラ!今度茸狩り行こうぜー!そろそろポケン茸の季節だろ?」
「おう!今度なー!」
すれ違う領民たちと言葉を交わしながら、マサルケオの親子は小走りでザマーゴの森の入り口を目指し、駆けていた。
二人とも、馬なんかには乗れないので、自力で走る。
しかしそこそこ体力はあるので、マサルケオ子爵領内の移動については、特にこれで問題ないのだ。
一時間半ほど走り続け、彼らはザマーゴの森の入り口まで到着した。
「......何だ、これ」
「......門だな。門だぜ、親父」
そこで彼らが目にしたものは......まさしく、門であった。
それまで、貧相な丸太橋がかけられていただけであったザマーゴの森の入り口に、岩と土で作られたらしい立派な門がそびえたっていた。
ちなみにそれは、谷を挟んで森側に作られている。
「それと、橋だ」
さらには、その門からマサルケオ子爵の領地側に向かって、これまた岩と土で作られたらしい立派な橋もかけられていた。
小川を渡るため、マサルケオ子爵領内にもいくつか橋はあるが、目の前の橋は多分、そのどれよりも立派だ。
馬車がすれ違えるだけの広さがあるのだ。
さらには、門と橋に目を引かれこの親子の意識にはのぼっていなかったが、マサルケオ子爵領側の道もきちんと整備されていた。
これまでは獣道のような細い道があるだけだったのが、こちらもまた馬車が通行できるよう整備され、近くのサイカナン街道に向かって伸びている。
領内を勝手に工事され、子爵としては怒っても良い立場ではあったが、彼はもともとそのような発想は持ち合わせていなかった。
仮に勝手に道を作った者たちと話し合いの場を持ったとしても、『え、自分で工事してくれたの?ありがと~!』とか、普通に言っちゃうであろう人なのだ。
「あ、ちょっと、ちょっと!そこの冒険商人さん、ちょっとお話良いですか?」
と、ここで。
おそらくサイカナン街道からここまできたのであろう、門に向かって歩く冒険商人を見つけたので、ボンヤーは腰を低くして話しかけた。
冒険商人とは冒険者と商人を兼業する存在であり、自身が戦えるため護衛を必要とせず、フットワークが軽い。
「ん?なんだいアンタたち。近くの村の人かい?」
気の良い冒険商人は、笑顔でボンヤーに応対してくれた。
ボンヤーたちはその辺の村人と大して変わらない恰好をしているので、まさかこの二人が貴族であろうとは思いもよらなかったのだ。
ちなみに、マサルケオの親子にも自分たちが貴族であるという自覚は薄いので、別にこの冒険商人の態度を不敬だと感じることもなかった。
「まあ、そんなもんですよ。あの......この門と橋、なんなのか知っていますか?こんなもの、これまではなかったと思うんだけど......」
「おう、これはな、聞いた話によるとな、冒険者ギルドが作ったんだとよ!」
「冒険者ギルドが!?」
いかに田舎子爵であるボンヤーでも、さすがにその名前は聞いたことがあった。
というか、以前彼は、『費用を折半して、ザマーゴの森からの素材採集等を目的とした、出張所を開設しませんか?』という打診を受けたこともあった。
(あの時は確か、折半する費用が捻出できないからその申し出を断って、後でヤルキアから凄く怒られたっけ......)
「なんでもよ、この森の奥によ、出張所をこしらえたんだと!まだ本格稼働はしていないらしいが、魔物肉だの薬草だの、取引が始まっていてな。中でも凄ぇ燻製肉を売り出してるってんで、オレたち商人の中ではけっこうな話題になってんのよ!稼ぐなら今だぜってこってな、急いでオレも駆けつけたってわけよ!」
「へえ、そうなんすか!でもこの森って、魔境でしょ?どうやって出張所なんか、作ったんすかね?」
「さあなぁ。やり手の職員が派遣されたとか色々噂にゃなっちゃいるが、よくわかんねぇな」
「そっすか」
急に昔のことを思い出し黙ってしまった父親の代わりに、途中からダーラが会話を引き継いだ。
その後、関係ない雑談も含めてダーラと楽しそうにお喋りをしていた冒険商人だが、「あんまり寄り道してもいけねぇや」と、笑顔で親子に手を振ってから、重い扉を開けて森の中へと消えていった。
「で、どうすんだよ?親父」
「......ん、どうするか、なぁ......」
冒険商人が去っていった後......マサルケオの親子はぼんやりと門を眺めながら、腕を組んで、同時に首をひねった。
「あの門に、人を置いてくれって、ことだったよな?」
「うん......でもさぁ、思うんだけどさぁ、あの門、魔境側にあるよねぇ?うちの管轄じゃないよねぇ?」
「そうだよな」
「なら、テレンドさんには申し訳ないけど、人を置くとかどうとか、うちでできることじゃ、ないかなぁ。人を雇うお金もないし」
「ってか、あれは冒険者ギルドが作ったんだろ?なら、冒険者ギルドが対応すべき問題、だよな?うちに文句言うのは、お角違いだぜ」
「そうだよねぇ」
確かに、それはその通りだ。
しかし、もしここでマサルケオ子爵家が何らかのアクションを起こしていれば、彼らはこれから発生するザマーゴ利権にも、わずかばかりながら食い込む余地を残すことができたのだ。
ラーシャーン商会のテレンドは、だからこそ昔馴染みのお人好しの子爵に、義理立てするつもりで、言ったのだ。
門番を置け、と。
これは冒険者ギルドに睨まれないようあえて遠回しに表現された、テレンドからボンヤーへの助言だったのだ。
お門違いの文句では、なかったのだ。
「じゃ、この件は静観すると、いうことで......」
「わかったぜ、親父」
しかし、テレンドの遠回しな助言は、残念ながらマサルケオ子爵家には届かなかったようだ。
「あ、でも、一応ユーノカナン伯爵様には、状況説明のお手紙を書いておこうかな。報告は、大事だよね」
マサルケオ子爵は、お金儲けには疎そうだけど、絶対に良い人。
でも多分、この先もう出てこないから、名前は覚えなくても良いよ!




