192 焚火を囲んで②
「......だめだ」
私は集中力をきらして、背中から後ろに倒れ込んだ。
拠点を覆うように生える芝生のように刈られたふわふわの草が、私の体を受け止める。
青臭いにおいが、ふわりと漂う。
「やはり、難しいかね」
焚火の上で、アブリ菜を宙に浮かべて炙りながら、あぐらをかいて座るおっさんはぼそりとつぶやく。
「難しい」
「そうか」
そしてそう言ってから、二人とも黙りこむ。
私が見あげた先にあるのは、桃色の空。
その中を、夕日に染められた橙色の雲が、ゆっくりゆっくりと流れていく。
「ミョーゴミョゴッシュゴーッ!ミョーゴミョゴッシュゴー!」
遠くのどこかで、ミョゴミョゴシュゴが鳴いている。
でも、もうすぐ夜だ。
あと一時間もしないうちに、静かになることだろう。
<その......気を落とさないでくださいね、エミー>
オマケ様が、気をつかって私を慰めてくれる。
うん、ありがとうオマケ様。
「はあ......」
だけど思わずため息は出ちゃうよね。
今日も、私の努力は実を結ぶことは、なかった。
未だに私は、おっさんの【見えざる手】を自分で再現し、習得するには至っていない。
「ほーれほれッ!何を辛気臭い顔しとるんじゃいッ!鍋ができたぞいッ!」
そう言って変態ジジイは、焚火の上で調理していたぐつぐつ煮たっている鍋の縁を、お玉でカンカンと叩いた。
これらの調理器具、そして鍋の味付けに使った調味料は、変態ジジイが背負って持ち込んだ物だ。
この変態ジジイは変態ではあるが元特級冒険者であり、野営経験が豊富なベテランである。
変態ジジイが来てくれたおかげで、私とおっさんの食生活は格段に豊かになった。
『生食、もしくは丸焼き』という二択から解放され、私たちはバリエーション豊富な食事を楽しめるようになったのだ。
......まあ、私は普通の食事だけだとお腹がすくから、狩りで森に入った時には、未だに生のまま色々と食べてはいるんだけど。
<ほら、エミー!気分転換しましょう!ふてくされてないで、ご飯を食べますよ!>
別に、ふてくされてなんかないもん。
のそりと起きあがり、変態ジジイからお椀を受け取る。
「ありがとう」
「どういたしましてじゃッ!」
本日のメニューは、“ザマーゴトードの魔境風鍋”だ。
獲れたて新鮮なザマーゴトードを捌き、食べられる各種野草と味噌に似た調味料で煮込んだ料理だ。
ごろごろと大きめに切られた蛙肉は、焚火と夕日に照らされてきらきらと輝いている。
おいしそう。
鶏肉みたい。
ちなみにザマーゴトードは毒を持った生き物であり、うまく捌かないと(一般人は)食べることができない(私は毒なんか気にせずに食べていたけど)。
だけど実は高級食材であり、愛好する美食家も多いのだとか。
フグみたいな蛙だな。
じゅるり。
「ありがとう、アースセル殿......それでは、いただくとするかな」
おっさんが感謝を述べて、お椀の汁を口に運ぶ。
「おお......今日も一日、命をつなぐことができた。パンツ神に、感謝を......」
変態ジジイは己の信ずる神に、祈りを捧げた。
いや、いるわけねぇだろ、そんな神。
<います>
いるのかよ!!
<あ、でも勘違いしないでくださいね?パンツ神は服飾神が生み出した下級神であり、パンツの製作技術などを司る神です。決して変態の神ではありませんよ?>
そりゃそうだよ!
変態の神なんて、いてたまるかよ!
<いえ、変態を司る変態神は、います>
いるのかよ!!
◇ ◇ ◇
パチ、パチ、パチリと焚火がはぜる。
気づけば辺りは大分暗くなり、騒々しいミョゴミョゴシュゴは眠りにつき、今はシュミカッペの鳴き声だけが静かに響いている。
「フォッオ~~~ッ!エミーちゃん、本当によく食べるのッ!」
変態ジジイが鍋の底を見つめながら目を細め、満足そうな顔で言った。
「悪い?」
「そんなわけなかろうッ!子どもはたくさん食べて、大きくなるのが仕事じゃッ!」
「......そうだな。子どもは......そうだな......」
おっさんは......変態ジジイの言葉を聞いて、何やら遠い目をしながら辛そうな顔をした。
おそらく、いつぞや言っていた、自分がかつて犯した大罪とやらのために、良心が痛んでいるのだろう。
「............」
それに対しては、私は何も言わない。
死のうとさえしなければ、私から何も言うことはない。
言えることもない。
それは、おっさんが向かい合うべき問題だから。
勝手に苦しんでいてほしい。
「............」
だけどさあ。
せっかくおいしいご飯食べた後なのにさあ。
そういう落ち込んだ雰囲気だすの、マジでやめて欲しいんだけど。
良い気分が萎えるんですけど。
<何か話を振って、話題を変えてみてはいかがですか?>
話を振る?
オマケ様、私そういうの、一番苦手なんですけど。
「フンッフンッフ~ンッ!ヌイドステンの、高き山~ッ!その頂に、輝くは~ッ......」
こういう時も役に立つお喋り変態ジジイをちらりと見るも、だめだ。
機嫌よくなんか知らねぇ歌を歌いながら、鍋の片づけをしている。
えー......。
この急に発生した重い空気、私がなんとかしなきゃいけないわけ?
<難しく考える必要はありませんよ、エミー。気になることをなんでも良いから、聞いてみれば良いのです>
うーん、気になることねぇ......。
うーん............。
「あ」
思わず私の口から漏れたその音は、思いのほか良く響いたらしく、おっさんだけでなく歌っていた変態ジジイまでもが、私の方を振り返った。
「......どうした?」
おっさんに問いかけられる。
急に注目を浴びてしまいどぎまぎしながらも、私は口を開く。
そういえば、誰かに聞いてみたいことが、あったのだ。
それは、このアーディストという世界を生きてきた私が、常々感じていた疑問。
重い空気を変えるには少し適さない、ってか逆に、さらに重い空気を作りかねない話題であるとは思うんだけど。
「わからない、ことがあるの」
「何だ?」
「どうして、黒髪黒目は、呪い子なの?」
それは、この世界の常識。
どこの国でも、例え周囲と隔絶した山奥の村であったとしても、共通して人間が持っている、認識。
そして何故か、オマケ様が知らなかった知識。
「どうして......どうしてって、言われても、なあ......」
おっさんは頭をかいた。
「そう言われてるからとしか、言いようがないのッ?」
変態ジジイも口髭をいじりながら、首を傾げてそう言った。
「そう、言われている?」
「そうだな。そう、言われている。『黒髪黒目の人間は、周囲に不幸をもたらす呪い子である』と。“ヘネカテの呪い姫”の昔話を、聞いたことはあるかね?」
「何それ?」
「国を越え誰もが知っている、昔話だ。大抵は、親が子どもに、寝る前に話したりする......あー、すまんな......」
「気にしない。続けて」
「話の中身を聞きたいか?」
「聞きたい」
「......わかった。概要だけ、まとめて話す」
おっさんは腕を組んで、言葉を選びながら、ゆっくりと話し始めた。
「『その昔、ヘネカテという豊かな国があった。その国の王に、美しい女の子が生まれた。しかしその子は、黒髪黒目だった......』」
ふむふむ。
「『その結果、豊かだったヘネカテは疫病に襲われ、滅んでしまった』」
は?
「『おしまい』」
「終わんのかいっ!」
思わず突っ込んだ。
「何それ?意味わかんない。お話として、おもしろくもない」
「それは、私もそう思うが......とにかく、“ヘネカテの呪い姫”とはそういう話なんだ」
「ふむ......」
深呼吸して、気持ちを落ち着かせる。
「つまり、そういう昔話があるから、黒髪黒目は嫌われて、差別される。そういうこと?」
「うーむ......」
おっさんは、唸って黙り込んでしまった。
その代わりに、言葉を継いだのは変態ジジイだ。
「それだけでは、ないぞい......似たような話は、いくつもあるのじゃ。最近じゃと、ヘケットのペプーかのッ?」
「なんだそれ」
「ヘケット国のペプー公爵領の話だ。数十年前になるが......そこの公爵家で、黒髪黒目の男の子が生まれたんだ」
再びおっさんが言葉を引き継ぎ、語り始める......。
「そして数年後、ペプー公爵領は、火山の噴火に巻き込まれ、滅んでしまった」
はああっ!?
「さっきから、滅びるまでのスパン、短すぎない?」
「いや、そう言われてもな......そういう話なのだから、仕方ない」
「まあとにかく、そういう話が世界中あちこちに、たくさん転がっておるということじゃッ!故に......エミーちゃんには、辛いことじゃが......黒髪黒目は呪い子じゃと言われておる」
「............」
私は思わず、言葉を失ってしまった。
どこに行っても、黒髪黒目は嫌われる。
何故かと言えば、世界中誰もが知っている伝説なり昔話なりがあって、そこで黒髪黒目は不幸をもたらす存在だとうたわれているからだ。
そういう理由があるんじゃないかってくらいは、予想できてはいたのだ。
でも、それだけじゃなかった。
昔話だけじゃなくて、事実として、この世界において黒髪黒目は、本当に不幸をもたらす存在なのだと、事例が証明していたらしい。
<これは......相当根深い問題ですね......。私は今まで、彼らが話しているお話を、聞いたことがありませんでした。つまり、私のこの世界への知識の供給源である異世界転生配信では、この話は一切とりあげられていない、ということになります。世界中で多くの人が、知っているような話であるにも関わらず、です>
一切、とりあげられて、いない......。
<はっきり言いましょう。検閲されています。異世界転生配信はアーディスト以外の世界の神々も視聴します。つまり、そんな異世界の神々に、黒髪黒目の問題を、アーディストの神々は隠しておきたいと、そういうわけです。そしてそれくらいの隠蔽なら、神の力をもってすれば容易いことです>
一体......どうして?
<わかりません......私は所詮......忘れ去られたおまけの『神の器』。他の神々と付き合いがあったわけでもないですし、彼らが何を考えているのか、わからないことの方が多いのです>
「............」
黒髪黒目、呪い子の問題。
ついつい気になり聞いてしまったこの話は、やっぱり場の空気をさらに重たくし、疑問は解決されるどころか、さらに謎が深まった。
パチパチと、焚火がはぜる音が周囲に響く。
「おっさんは」
「なんだ」
そして、思わず聞いてしまう。
「私のこと、嫌い?」
今まで、あえて聞こうともしなかったことを。
「何故だ」
「呪い子だから」
じっと、おっさんの瞳を見つめる。
「............」
おっさんは、下を向き、ため息をついた。
そしておもむろに立ち上がり、歩きだす。
ゆっくりと、私に近づき、そして......。
こつんと、頭を小突いた。
「いたい」
痛くはないけど、そうつぶやく。
そんな私の頭を、おっさんはわしゃわしゃとなでた。
そうしてから、私の横にどすんと腰をおろした。
「私はな、お前さんに感謝しとるのだ」
「............」
「『生きたいのなら、生きろ』という、お前さんの言葉があったから、今の私がある。まあ、ずいぶんと乱暴な脅しをかけられた気もするが......」
おっさんは、苦笑しながら言葉を続けた。
「それでも、おかげさまで、私は今、生きている。毎日大変だし......たまに辛くもなるが、そこそこ楽しいぞ?お前さんのおかげだ」
「............」
「ありがとう、エミー」
「............」
おっさんは、焚火を見つめたまま、そう言った。
......感謝は、ちゃんと人の目を見て言えって、教わらなかったのかよ。
別に良いけど。
私も少し、視界がにじんでいる。
それを、見られたくないし。
「「............」」
ああ、沈黙。
結局、沈黙。
でも、重苦しいというよりは、気恥ずかしい沈黙だ。
「......ジジイは?」
「フォッ?」
で、思わずジジイにも聞いてしまった。
「呪い子の私、嫌じゃない?」
先程と同じ、質問を。
ジジイは優しく微笑み、おっさんと同じように、私の頭をなでた。
「気にしとらんのッ!確かに呪い子がいて不幸になった、そんな話は良く聞くが、それだけでもないのだぞいッ!ヨギンという男を知っておるかッ!?」
「......聞いたこと、ある」
「あやつはのッ!大体吾輩と同期の冒険者じゃが、黒髪黒目にも関わらず、多くの功績を成し遂げ、人々を幸せにした凄い奴じゃッ!今は何をしとるんか知らんが、とにかくそういうやつもおるッ!」
「............」
「それに、吾輩はのッ!呪い子だの、なんだの以前に......」
そして両手でぎゅっと、私の小さな手を握った。
「かわいこちゃんの、味方なんじゃよッ!」
ぱちんと、お茶目にウィンク。
すっと、両手を離す。
すると、私の手のひらの上にあった物、それは......。
パンツだった。
「落ちこんだ気分を変えるには、まず明るい色の下着をはくのじゃッ!そのパンツはエミーちゃんにあげるから、ぜひブベエーーーーーーーーッ!!?」
とりあえず、死なない程度には本気で殴り飛ばした。
まあ、こんな感じで、今日も騒がしく魔境の夜はふけていく。
桃色の空は徐々に紫、そして黒へとその色を変え、いつの間にやらもう、すっかり夜だ。
......気づいたんだけど。
なんやかんや言って、私はこの拠点での生活、けっこう気に入っていた。
初めは、ここでの暮らしは【見えざる手】を習得するまでかなとか、そんなこと、考えていたんだけど。
今は、まだまだ不便だけど。
いつかこの拠点に、もっと立派な暖かい家を建てて、おいしいご飯を、オマケ様と、おっさんたちと食べる。
そんな未来が、頭の中に、ちらつくくらいには。
だけど、この日から。
私の頭の片隅に、一つの消せない不安が住み着いた。
私が、いるせいで。
私が、呪い子だから。
この先、おっさんたちに、何か取り返しのつかない不幸が、訪れるんじゃないか。
そんな、不安が。
ついに黒髪黒目の呪い子問題が話題としてとりあげられました。
何故、アーディストにおいて黒髪黒目は差別されるのか?
その答えは、『この世界では黒髪黒目は、事実として、不幸をもたらすことが多いから』。
しかし、ならどうして黒髪黒目が不幸をもたらすのかという本当の謎は、まだ残っています。
でもね、ぶっちゃけて言うとね、『オマケの転生者』という物語的にはね、それはメインの謎ではないんだ。
この物語における、未だ直接的には言及されてもいない、しかし提示され続けてはいる、本当の謎は......。
いや、でも、まあ、それは、思わせぶりな書き方をして申し訳ないんですけど、実はそれすらも、どうでも良いことなんです。
この物語の肝は、エミーという超人主人公が、時に愉快に、そして時に悲惨に、暴れまわるその姿なのですから。




