185 焚火を囲んで①
やっほー!
きらきら輝く満天の星空の下からこんばんは、星々の煌めきにも負けない美少女のエミーちゃんだよ。
今私は魔境ランラーナンガ山脈の西の端、ナンガ山の麓のザマーゴの森で、とにかく人相の悪いおっさん、ジョバンノと二人で焚火を囲んでいるんだ!
「......おい、エミー......お前さん、今なんぞ失礼なこと、考えなかったか......?」
「気のせい」
おっと、危ない危ない。
考えてることが、顔にでちゃったかな?
<私の知る限り、あなたの表情が動いたことはありませんよエミー。この男も、まがいなりにも“異能使い”ですからね。常人に比べれば色々と察しやすい側面があるのでしょう>
え、何それ。
“異能使い”にそんな特性あったの?
<そういう人間も比較的多い、くらいの話ですが。魔力を感覚的に操れる人間ですからね。あなたは表情の代わりに魔力に感情が乗りやすいので、その辺で察しているのでは?>
むむむ、悪人顔のおっさん、侮りがたし。
そういえば、もともと貴族なんだっけ、この人?
貴族社会では相手方の本音や感情を感じ取ったりとか、そういう技術が大事なイメージあるし、貴族生活の中でそういう技術を自然と学んできたのかもね。
<そして、そんな生活の中で心は擦り切れ、顔はどんどん悪人顔になっていった......>
なんということだ!
このおっさんの感情察知能力と悪人顔は、トレードオフの関係性にあったなんて......!
「おい......おいっ!エミー!やっぱりお前さん、心の中で私のことからかって遊んでいるだろ!」
「気のせい」
ちっ。
マジで鋭いな、このおっさん。
しかも最近、さらにどんどこ鋭くなっている気がするし。
<長く続く魔境生活の中で、感覚が磨かれ始めているんでしょうね>
......そう。
私がザマーゴの森の一角を切り開き、このおっさんと生活を始めてから、既に一月程度が経過した。
この一月......色々なことがあった。
拠点の近くに水場を見つけて、そこにいたワニっぽい生き物におっさんが食われかけたり(ワニっぽいその生き物は既に駆逐済み。水場は私たちのものだ)。
私が気に入ってたくさん食べてた紫色の果実が、じつは猛毒のドネイという植物の実であることが判明したり。
おっさんの寝床を作ったり。
おっさんを囮にするとき用のステージ(おっさん曰く、“生贄台”)を作ったり。
おっさんがおいしい草(スベリヒユに似ているけど、葉の大きさが手のひら大。肉厚)を発見し、それを拠点で栽培し始めたり。
まあ、なんやかんやあったのだ。
ちなみに、おっさんが見つけたおいしい草は炙るとうまいので、私たちは“アブリ菜”と呼んでいる。正式名称は知らない。
本当、これを炙るとうまいことを発見したおっさんは、天才だと思った。
今も目の前の焚火でアブリ菜を炙るおっさんは、一見みすぼらしい落ちぶれた人相の悪いただのおっさんだが、マジで天才なおっさんなのだ。
「おい......エミー、その雰囲気はどっちだ......?褒めてるのか、貶してるのか......?」
「今のは、褒めてもいた」
「ってことは、やっぱり今までは貶していたな......!?」
「わかんない」
「自分の考えたことだ!わかんないわけあるか!」
「美少女のハート、いつだってミステリー」
「自分で美少女とか言うな!」
とまあ、こんな感じで。
比較的無口な方だと思っていた私が、これくらいの軽口を叩けるほどには、おっさんとも親しくなったのだ。
<さて、雑談タイムはここまでとして、観察を再開しましょう。集中してください、エミー>
......そうだねぇ。
私は、再度集中しておっさんを見つめる。
別に、小汚いおっさんを眺めるのが好きなわけじゃない。
私が見たいのは、おっさんの右肩あたりから伸びる魔力で作られた第三の腕......【見えざる手】だ。
今はちょうど、【見えざる手】は“酢ヅタ”を掴み、それを宙に浮かばせている。
この酢ヅタ、単体で食べても酸っぱいだけだが、炙ったアブリ菜と一緒に食べるとマジでうまい。
それを割と初期の段階で発見したこのおっさんは、やはりマジもんの天才......。
<また余計な事考え始めてますよ、エミー>
おっと、いけない、いけない。
さて、一月です。
一月なのですよ。
一月もの間、私はこのおっさんと生活を共にしているのです。
つまり、未だに私は【見えざる手】を習得するには至っていないのだ。
「............」
私はおっさんの【見えざる手】を観察しながら、自分の右手人差し指の先から魔力の糸を伸ばす。
糸はまっすぐするすると伸びていく。
「............」
糸を上へ上へと、顔の前まで伸ばしたところで、先っぽを右へ左へくにくにと動かす。
道に迷ったイモムシのような動き。
私の魔力の糸は、私の念じたように、自由自在に動くし、伸びる。
だけど、【見えざる手】とは違って、この糸はほとんど物理的な干渉をすることができない【魔力察糸】だ。
何かあれば、すぐにプツンと切れてしまうんだ。
丈夫になれ、丈夫になれ、丈夫になれ......。
そんなことを念じながらその辺に転がる小枝に糸を巻き付け、持ち上げようとするも......やっぱりだめ。
【魔力察糸】は小枝の重みに耐えきれず、切れて霧消した。
「............」
難しい......。
どうすれば良い?
ちっともわからない。
「............」
おもむろに立ち上がり、とことことおっさんの近くに歩み寄る。
「......なんだ?」
「............」
そしてペタペタと、おっさんの右肩から伸びている【見えざる手】を触る。
そう......【見えざる手】は触れるのだ。
冷たくも、暖かくもなく、普通は目に見えない。
しかし、確かにおっさんの第三の腕として......【見えざる手】はここに存在している......。
「............だめ、やっぱりわかんない......」
私はため息をついて、その場に座り込んだ。
「......そうかね。【見えざる手】の、習得がうまくいかないと、そういうことだな?」
アブリ菜をかじりながら話しかけてくるおっさんに、こくりと頷く。
「だが、お前さんは【見えざる手】を使えなくとも、色々妙な技を覚えているだろう?それだけではダメなのか?」
「だめ」
「そうか......まあ、お前さんが【見えざる手】を習得してしまえば、お前さんにとって私は用済みになってしまうからな。別に頑張らなくても良いぞ」
「むかつく」
「......すぐそうやって、殺気を向けるな......気に入らない物事は、全部暴力でねじ伏せて......お前さん、この先もそうやって生きていくつもりかね?」
「............悪党が、説教か」
「悪党である前に、大人であるからな」
「............」
「............」
「......ごめんなさい」
「私も、悪かった......冗談のつもりだった」
パチパチと、焚火の中で小枝がはじける。
私は【見えざる手】の観察を一旦取りやめて、おっさんが自分の横に置いていた一番肉厚でおいしそうなアブリ菜に枝を突き刺し、それを火で炙り始める......。
「......おい、おいエミー!それ、私が今日の最後の楽しみにとっておいたやつなんだが!?」
「............」
「自分で畑行けよ!自分でとってくれば良いだろう!?あ......ああ、もう......」
「............」
無心で、アブリ菜を頬張る。
ぱりっとした歯ごたえ。
中はトロトロで、甘い。
おいしい。
<それにしても【見えざる手】、ここまで習得がうまくいかないとは思いませんでした>
だよねぇ、オマケ様......。
何が、いけないのかなぁ......。
<これまでに習得してきた技術の感覚が、邪魔をしているのかもしれませんね。例えば【魔力斬糸】はもともと、【蟷螂】の応用として習得したでしょう?【見えざる手】は、これまでの魔力操作技術のどれとも異なる、別体系の技術のように思えます。今、エミーは、【魔力察糸】の操作と【見えざる手】の操作に共通点を見出し、【魔力察糸】の応用として【見えざる手】を捉えていますよね?もしかしたらそれが、間違いなのでは?>
うーむ、むむむ......。
そうは言ってもさあ、じゃあどうすんのって話だよね。
<そうなんですよねぇ......そもそもこのおっさんは、こんな異能、どうやって習得したんですかねぇ......>
........................。
............その発想はなかったわ、オマケ様。
<え?>
そうだよね。
このおっさんにも、初めてこの【見えざる手】を習得した......【見えざる手】が発現?で良いのかな?とにかく、その瞬間の記憶ってのが、あるかもしれないよね。
<生まれた時から無意識に使えている可能性もありますが>
それならそれで、諦めるけど。
とにかく、初めて異能を発現した時の状況を聞き出し、私自身をそれと似た状況に置く!
そうすることで、【見えざる手】習得の手がかりになるんじゃないのかな!?
<そう、うまくいくでしょうか?>
「ねえ、おっさん」
「......なんだ?」
「おっさんが初めて異能を使ったのって、いつ?どんな時?」
「ふむ......」
おっさんはアブリ菜を食べるのを一旦やめて、顎をさすった。
「......笑うなよ?」
そして少し考え込んでから、私の目を見てそう言った。
どうやら、しっかりその瞬間のことを、憶えているらしい。
「大丈夫、笑わない。私、笑ったことない」
「......すまない」
「謝る意味わかんない。とにかく、笑わない。だから教えて」
「......そうだなあ......」
おっさんはふう、と一息。
空を見上げる。
雲一つない満点の星空。
手の届かない宝石箱。
「あれは......そうだな、私が確か、5歳くらいの頃の出来事だ」
そう言って、おっさんはぽつりぽつりと思い出話を始めたのだ。
「私には当時......肌身離さず持っていた、お気に入りの人形があった」
「......悪人面のおっさんが、人形......?」
「たわけが、茶化すな!その当時は、かわいらしい臆病な少年だったのだ!とにかく、私はその日もその人形を抱えながら、庭で遊んでいた」
「............」
「その日は......大雨が降った翌日だった。あたりにはいくつも水たまりができていた」
「............」
「それで、私は......たしかぬかるみに足をとられ、人形を思わず放り投げてしまったのだな」
「............」
「このままでは、人形が地面に落ちて、泥で汚れてしまう......私はそれが嫌だった。なんとかして、人形を受け止めたい。その一念だった。そして......初めて【見えざる手】が発現したのだ」
「............」
「その結果、何故だか人形は宙に浮かび、汚れることなく私の手元に戻って来た。まあ......こんな感じの話だな」
そこまで語り終えてから、おっさんは再びアブリ菜をかじり始めた。
「......なんか、エピソードに、ドラマがないね......なんか、ない?誰かが死にかけて、怒りによって覚醒した的な、エピソード」
「たわけッ!何目線の批評だ、それはッ!とにかくこれが、初めて【見えざる手】を使った時の話だ!これ以上は話すことはないぞ!」
おっさんは、怒ってそっぽを向いてしまった。
「ふむ......」
<つまり、大事なものを失いたくないと、その思いがこのおっさんに異能を発現せしめたというわけですね。もともと才能はあったのでしょうが>
なるほどね......大事なもの......か。
じゃあ私も、落ちていきそうな大事なものを咄嗟に助けようとしたら、【見えざる手】が発現する?
でも私にとって、大事なものって、なんだろう?
焚火を見つめながら、私も顎に手をあてて考える。
まず第一に、私の命とオマケ様。
これが、この世界の何よりも大事なもの。
<エミー......照れちゃいます、私>
はいはい。
でもこれらは、放り投げることができるようなものでもないし。
放り投げることができる大事なもの......そんなもの、私にあったっけ?
お金、持ってない。
物、持ってない。
私は何も、持っていない。
「............あ」
だけど、ふと気づく。
そして、横を向く。
「............なんだ」
そこには不機嫌そうにアブリ菜をかじる、悪人面のおっさんが座っている。
放り投げることのできる大事なものを何も持っていない私だけど......一月一緒に過ごしてきて、このおっさんには少しくらいは愛着がわいている。
つまり、このおっさんは、現状手の届く範囲の中では、私にとってはそこそこ大事なものであると、言えるのではないだろうか?
うん。
そうだ、言える。
「おい......なんだ、エミー。何を考えている?」
「............おっさんは、私にとって、大事な人。そう思ったの」
「......なんだ、突然......そ、そうか......」
おっさんは頬をかきながら、小声でもにょもにょと喋った。
「だから......私は......」
「私は?」
「おっさんを......」
「私を?」
「崖から......投げ捨てる......!!」
「何でだッ!!?」
即座に、却下された。
アブリ菜は魔境に生えるファンタジー植物であり、少し環境を整えてやれば、もの凄い速度で爆発的に増える。
栽培は容易。




