178 大罪人は追放刑に処される
「さあ、降りろ」
馬車で護送されてきた男に、槍が突き立てられる。
「............」
無言で難儀そうに立ちあがり、ゆっくりと馬車から降りて行くのは、ボロボロの衣服を身にまとった男だ。
がりがりに痩せ、白髪交じりでこげ茶色の髪や髭がぼうぼうに伸び果てたその男が歩くたび、かちゃかちゃという金属音が鳴る。
何故か?
その男は、体の前方で両腕を鎖によって一つに縛られているからだ。
そんな男を、後ろから軽く槍で突いて追い立てるのは、鎧を着た数名の男たち。
つまり、鎧を着た男たちは兵士であり、鎖で縛られた男は罪人である。
彼らは今にも雨が降り始めそうな曇り空の下を、無言で歩き始める。
藪をかき分け、森の中の獣道のような細い道を進むこと数分。
突如として視界が開けた。
そこにあるのは、深い深い谷だ。
覗き込んでみても、谷の底はただ暗い闇があるばかりで、何があるのか判然としない。
それほどまでに、深い谷だ。
当然落ちたら死ぬ。
しかし、兵士たちの目的は、罪人をこの谷に突き落とし殺すことではない。
「さて......これより刑を執行する。本来であれば貴様は死罪であってしかるべきところ、陛下直々のご沙汰により追放刑に処されることとなった。海よりも深いその慈悲の御心、ご恩情に感謝することだ」
護送隊の隊長がそう口上を述べ始めたのは、谷にかかる丸太で作られた粗末な橋の前にたどり着いた時のことだ。
「............くくく、『恩情』かね」
罪人はちいさく笑いながら、橋の先を見やる。
谷の向こうにあるのは、聞いたこともない魔物の鳴き声が時折響く、鬱蒼と茂った原生林。
大人が三人で腕をつないでも囲えないほど太い灰色の幹を持つ木々がいくつもそびえたち、上の方で白い花を咲かせている。
濃密な森の香りが、風に運ばれ罪人の鷲鼻にも届いた。
この谷の向こうの森こそが、これから罪人が追放される土地である。
名を、ザマーゴの森。
ナンガ山の西の麓に位置するこの森は魔境ランラーナンガ山脈の西の端であり、魔物が支配する弱肉強食の世界である。
戦う術のない人間が丸腰で放り込まれれば、どうなるか......あえてここに、書く必要もないだろう。
「貴様!何を笑っている!」
小さく肩を震わせ皮肉気に笑う罪人の様子を見て、若い兵士が怒鳴り声をあげる。
癪にさわったらしい。
「は、仕方なかろう?魔物に追われ、苦しんで死ぬことが『恩情』かね。まったく、陛下は冗談がお上手だ」
「口を慎め!!」
若い兵士はいきり立ち、罪人に向かって殴りかかろうと、一歩足を踏み出した......が、しかし。
ここで不思議なことが起こった。
兵士は小石も蔦も何もないはずのその場所で、突然何かに足をとられ、転んでしまったのだ。
「!?」
訳も分からず慌てる兵士。
罪人はその様子を見下ろし、鼻で笑いながら言った。
「ふん、お前の仕事は私の護送であり、決して私を痛めつけることではないはずだ。お前も兵士であるならば、上官の命に従い、余計な行動は慎みたまえよ」
「き、貴様ぁーーーッ!!」
兵士は顔を真っ赤にして怒り、腰の剣に手をかけ、立ち上がり罪人に斬りかかろうとする!
が、しかし、再び何もないところで転び、その顔面を地面に思い切り叩きつけた。
「ははは......元気が有り余っているようで、羨ましい限りですな。まるで子どものように、エネルギッシュだ!これも隊長殿の、ご指導の賜物ですかな?」
うすら笑いを浮かべながら、肩をすくめて罪人は護送隊の隊長に声をかける。
隊長は顔を真っ赤に染めながら体を震わせているが、若い兵士とは違い、侮蔑されたからと言って激昂して襲いかかるような真似はしなかった。
「大罪人......ジョバンノ・アック・トー......!さっさと、橋を渡れ。森へ、行け。野垂れ死ね。以上だ」
「............承知した」
怒りを押し殺した震える声でそう命令する隊長。
ジョバンノはその言葉に、皮肉を返すこともなく頷いた。
その顔には、ついさっき若い兵士をからかっていた時のような、ヘラヘラとした笑いは浮かんでいない。
ただただ、無表情だ。
ギシ、ギシ、ギシ......。
ジョバンノが丸太橋を一歩進むたび、橋は情けない悲鳴をあげる。
その中を、彼は特に怯えるでもなく、すたすたと歩いていく。
「人を人とも思わぬ大罪人め!地獄に落ちろ!」
「神よ!ジョバンノ・アック・トーに、苦痛にまみれた余生が末永く続きますよう、お祈り申し上げます!」
「一日でも長く生きろ、大罪人!一日でも長く苦しめ!」
「貴様がどれほど苦しもうとも、それは貴様が虐げてきた民の苦しみの何十分の一にもならぬと知れ!」
「死ね!ジョバンノ・アック・トー!」
ジョバンノの後ろでは、彼を護送してきた兵士たちが罵詈雑言を並べ立てている。
どれだけ辛辣な言葉を投げかけられようと、ジョバンノがそれを気に留めることはない。
ないの、だが。
「......一つだけ、訂正がある」
ジョバンノは丸太橋の中ほどで一度立ち止まり、兵士たちを振り返った。
「私は既に爵位を剥奪されておりますからな。今の私は、ただの“ジョバンノ”。“アック・トー”ではございませぬ。貴族でない罪人を貴族扱い、する。それは元貴族たる私を慮ってのことですかな?罪人の自尊心を満たすために、国の決め事すら捻じ曲げていただけるその心意気に、このジョバンノ、いたく感動いたしましたぞ。隊長殿、ありがとう存じまする」
最後に。
ジョバンノは最後に、そんな長々とした皮肉を言ってから、投げやりな笑い声をあげて再び歩き始めた。
彼はその後は一言も意味のある言葉を発することなく丸太橋を渡りきり、両手を一つに縛り封じる鎖をかちゃかちゃと鳴らしながら、ザマーゴの森の中に消えていった。
後には、谷の反対側でぽかんとした表情を浮かべる兵士たちだけが、残された。
空を覆う灰色の雲からは、ぽつぽつと小雨が降り始めた。
いつも「ざまあが足りない」と言われる『オマケの転生者』ですので、12章のテーマは「ざまあ」です。
ざまあされた人たちが出てきます。




