176 西尾根の緑竜
『大ニュース!大ニュースだぜぇーーッ!!』
ゲラゲラ笑いながら、お調子者の緑竜トレタ・カン・トレデタが西尾根に飛んで帰ってきたのは、おおよそ正午を過ぎたあたりのことだった。
『うるせえ!テメエ、カン!もっと静かに飛べねえのか!ぶっ殺すぞ!』
大騒ぎしつつ群れの巣へと舞い降りたカンをそう言って一喝したのは、群れの長である緑竜サメザン・サメ・サザメザマだ。
彼はこの粗暴な緑竜の群れを腕っぷし一つでまとめあげる、歴戦の強者。
その体躯は通常小屋ほどの大きさがある他の緑竜たちと比べてもさらに一回り大きく、額から右目にかけての古傷がその威圧感を倍増させている。
この傷は以前の群れの長にその座をかけて戦いを挑み、見事打ち勝った時についた傷であり、彼の誇りだ。
『へへ、すいやせん長ぁ!でもよ、本当に大ニュースなんだぜ!長だってきっと、聞いたらびっくりするぜぇー!』
『ならとっとと話せや。これでくだらねぇ内容だったら、テメエが二度と喚けねぇように、その喉を潰してやる』
ギロリとカンを睨みつけるサメ。
しかしカンはその“大ニュース”とやらによっぽど自信があるのか、そんな威圧はどこ吹く風だ。
『へい、それでは報告いたしやす!東の薄桃色のババアなんですがね?なんとなんと......ついに!くたばっちまったみてぇなんでさ!』
『......なんだと!?』
緩急をつけ、大げさに身振りを交えて伝えられたその報告を聞いて、サメはカンの言う通り、本当に驚いてしまった。
それをニヤニヤと眺めるカン。
その様がなんかむかついたので、とりあえずサメはカンのことを殴った。
『痛ぇ!何すんすか長ぁ!酷ぇ!』
『黙れ。報告を続けろ。お前、それは確かなことなのか?』
カンは口元の血をぬぐい、折れた牙をぷっと吐き出してから、痛そうな顔で言葉を続ける。
『へぇ。確かでやす。まず、東の方にばらまかれていたあのババアの魔力が、すっかりなくなってやがる。遠目でみたら、奴の巣にその姿はないし、何よりあのあたり、ババアの血の臭いでそりゃもう、酷ぇことになってるんでさ!こりゃもう、奴が死んじまったとみて、間違いねぇでしょうさ!』
『ふむ......』
サメは背中から伸びる翼を使って器用に後頭部をかきながら、考え始めた。
東の薄桃色のババア......オーカは、ナンガ山の覇権を獲らんと欲するサメたちにとっては、目の上のたんこぶのような存在だった。
ふざけた色をしているくせに、たった一匹で緑竜の群れを追い返すほどの猛者なのだ。
そのババアが、死んだ......。
『死骸はどうなんだ?確認できたのか?』
『いえ、できていやせん......が、あの血の臭いは絶対にババアのものです。生きていたとしても、瀕死の重傷であることは間違いありやせんぜ?』
『ふむ......ふむ、ふむ、ふむ......くくく、そうかそうか、なるほどなぁ!』
サメは思わず笑みをこぼした。
初めは、これはこちらを誘うババアの罠なのではないかと疑ったサメだが、あのババアはこれまでそんな手段をとったことがなかった。
ならば、今更そんな卑怯な手は使うまい。
奴は、本当に死んでしまったか、瀕死なのだ。
『よし、テメエら!今からオレは東尾根に行く!オレがババアの死骸を、確認してきてやる!』
サメは一声、そう吠えた。
『えっ!?長が!?』
『わざわざ長が行くことなんか、ないっすよ!』
『そっすよ!そういう雑用は、オレら若竜にまわしてくだせぇ!』
群れの若い衆がざわめくが、サメはそれを一喝する。
『黙れボケ共が!カンの話、聞いてなかったのかぁ!?あのババア、瀕死で生きてるかもしれねぇっつー話じゃねぇか!追い詰められたチワンワンは竜の喉元を噛み千切るっていうことわざ、知らねぇのかよ!』
『知らねぇ......!』
『さすが長!』
『長、頭良い!!』
『若ぇテメエらを危険にさらすわけにゃいかねぇんだ!ババアの死骸は、オレが見つけてくる。もし瀕死で生き残っていたら、オレが殺す!テメエらはこの巣で、オレの凱旋を大人しく待ってりゃ良いんだよぉ!!』
『『『お、長ぁ......!!』』』
若竜の身の安全に気を配る配慮!
そして言葉の端々に見受けられる、深い知性(?)!
若竜たちは感銘を受け、すっかり静かになった。
しかしながら、その様子をみてにんまりと笑うサメは、実のところ、若竜たちのことなど何とも思っていないのだ。
サメが自らオーカの死骸を確認しに行きたい理由、それは、サメがその肉体を食らい、魔力を取り込み、己の力にしようと考えているからだ。
つまり、サメはオーカから取り込める力を、独り占めしようとしているだけなのだ。
もしオーカが瀕死で生きていたならば、なお良い。
瀕死ならば、殺すのは容易かろう。
長年群れを苦しめてきた怨敵を討伐したとなれば、サメの長としての格もあがる。
良いことづくめだ。
むしろ、オーカが死んでいたとしても、サメが戦って殺したことにしよう。
うん、そうしよう。
サメの頭の中で、狡猾なシナリオが次々と組みあがっていく......!
『へへ、なら長!どうぞよろしくお願いしまさぁ!......ところで、一つ確認なんでやすがね?』
『あん?』
ここで、にやけ顔で皮算用をしていたサメに、首を地面すれすれまで下げて下手に出ながら、話しかけてきたのはお調子者のカンだ。
『長がババアを討伐する......それはもちろん、お願いしたいんでさぁ、異論のあるわけじゃねぇんです。ただ、オレら若ぇもんにも一つ、活躍する機会を与えてくんねぇかな、と、思いましてね?』
『......何が言いたい?』
思考を邪魔されたサメは若干不機嫌になりながら、カンに尋ねる。
カンはさらに平身低頭、頭、翼の先、腕、胸を全て地面につけ服従の意を示しながらも、ニヤニヤ笑いながら言った。
『へえ!あのババア、確か人間を飼ってやがったでしょ?そいつらの始末をね?オレらにまかしちゃくんねぇかな、と!』
『なんだ、そんなことか......好きにすると良い』
サメのその言葉に、若い衆から歓声があがる!
『聞いたかテメエら!長からお許しが出たぜぇ!好きに人間殺して良いってよぉ!!』
カンは振り向いて、若竜たちを煽る!
『よっしゃあ!殺そう、殺そう!人間、皆殺しだぁ!』
『丸呑みにしちまおうぜ!』
『バッカじゃないの?八つ裂きが良いに決まってるでしょ?』
『ぐちゃって潰しちゃおうよぉ~』
若竜たちは殺戮の宴に思いを馳せ、興奮し、口々に騒ぎ立てる!
その様を、サメは鼻で笑いながら眺めていた。
(はん、バカどもが。人間なんぞ少しばかり食ったところで、竜にとっちゃ、大した力にゃなりゃしねぇ。そんな目先の楽しみに釣られっから、テメエらはいつまでも三流なんだよ)
しかし、そんなことを口に出しはしない。
サメは豪快に笑いながら、若竜たちに向かって叫ぶ!
『よっしゃあ!テメエら、準備は良いか!?これからオレは、もし生きてたらババア狩り、テメエらは人間狩りだ!ついにオレらがこの山の、頂点に立つときが来たんだ!気合入れろよぉ!?』
『『『『『おおおおおおおおおおおおッ!!!』』』』』
さて、若竜たちを馬鹿にしていたサメだが、彼も彼で、十分に思慮が浅く、愚かであったと言えよう。
何故なら。
オーカが死んだ、ないしは死にかけている。
その情報に喜ぶあまり、肝心なことに、目を向けてすらいなかったのだから。
一体何が、オーカを襲ったのか?
そのことを考えすらしなかったのだから。
オーカすらをも凌ぐ何者かが、この山に侵入している。
その可能性に、思い至らなかったのだから。
......そしてそのツケは、すぐに支払われることになる。
彼らの、命を代償にして。
◇ ◇ ◇
パアン!と。
突然そんな音が鳴り、一匹の若竜の頭が、弾けた。
ドサリ、と音を立てて岩場に倒れ込む若竜の巨体。
先がなくなった首から、どくどくと血があふれだす。
人間狩りに飛び立とうと翼を広げた、その矢先のことであった。
『え......?』
その様を眺めていた別の若竜は、訳も分からずそんな声をあげて。
パアン!と。
次の瞬間には、同じように頭を弾き飛ばされて、死んだ。
『て、敵襲!?敵襲!!』
『ぼ、防御固めろ!【身体強化】!』
『狙撃だぞ!どこからだ!?』
『『【エアープロテクト】!!』』
一瞬遅れて、騒ぎ始める若竜たち!
そんな中、サメはさすがに群れの長であり、緑竜たちの中では一番に冷静であった。
『見ろ、あそこだ!あのチビがやりやがったんだ!!』
サメは若竜の頭が弾き飛ばされた瞬間を、しっかりと視認していた。
それが飛来した石礫によって引き起こされたものであることもしっかり見ていたし、それがどの方向から飛んできたのかも把握できていた。
だから、一番に彼らの敵がどこにいる何なのか、理解することができたのだ。
若竜たちはサメに示された方向を一斉に見やる。
そこにいたのは、人間の少女だった。
黒い髪を風になびかせ、黒い瞳に殺意を燃やし、血染めの衣服を身にまといながら、彼女は谷の向こうの大岩の上に立っていた。
その両手には、石礫。
と、次の瞬間。
少女の右手から、石礫が消えた。
彼女が超高速で、【投石】したのだ!
『ひっ!!』
思わず若竜の一匹が悲鳴をあげるも、その石礫が彼らのもとに届くことはなかった。
彼らの内の何匹かが使用した【エアープロテクト】が仕事をしたのだ。
竜の膨大な魔力を用いてはられた風の防御結界は強固であり、石礫は緑竜たちに到達することなく、地面に落ちた。
『へ......へへっ!なんだ、びびらせんじゃねぇよ!』
『人間の分際で、緑竜様にはむかうつもりかよ!?』
『仲間ぁ殺した落とし前、つけてもらおうじゃねぇか!』
その様を見て若竜たちは途端に威勢が良くなり、ギャアギャアと騒ぎ始める。
一方で少女は......エミーは【投石】が通じなくなったことを確認すると、すぐに次の行動を起こした。
表情一つ変えることなく、ぴょんと大岩から別の大岩へと跳び移る。
そしてまた、別の大岩へ跳び移り、そこからさらに別の大岩へ......ぴょんぴょん、ぴょんぴょんと、飛び跳ねながら、緑竜たちに向かって近づいてくる!
『な、なんだあいつ!?近づいてくるぞ!?』
『人間の癖に、竜と接近戦でもやるつもりかよ!?』
『八つ裂きにしてやるわ!【エアーカッター】!』
『【エアーカッター】!【エアーカッター】!!』
そんなエミーに対し緑竜たちは、バラバラと魔法で風の刃を飛ばし、攻撃を始めた。
だがしかし、当たらない!
彼らが放った魔法が大岩に着弾しそれを細切れにする頃には、エミーは既に別の大岩に跳び移っている。
動きが速すぎる!!
『バカ共がぁ!魔法は先を読んで撃て!!あのチビが跳び移りそうな岩を狙って、撃っとけぇ!!』
『おお、なるほど!』
『さすがは長ぁ!!』
サメの一喝を受け、若竜たちは魔法の狙いを変えた。
もともとエミーが立っていた大岩と緑竜たちの巣は深く大きな谷によって遮られており、その谷には点々と、細く高いトゲのような大岩が天に向かって伸びていた。
つまり、エミーが緑竜たちの巣にたどり着くためには、どうしてもそのトゲのような大岩を跳び移って来なくてはならず、彼女の進路は知能の高い緑竜たちからしてみれば、非常に読みやすかった。
『【エアーカッター】!!』
故に、こうなった。
エミーが跳び移ろうとしていた大岩は、魔法によって事前に細切れにされ、予定していた足場がなくなったエミーは、そのまま深い深い谷の底へと落ちていった。
あともう一跳びすれば、緑竜の巣へとたどり着いたというのに......!
『よっしゃー!やったぜぇー!!』
『へへへっ!バァーカッ!!』
『ぎゃははははっ!!』
隣に二体、仲間の死骸が転がっているにも関わらず大笑いする緑竜たち。
サメの群れの緑竜たちにとっては強さこそが正義であり、例え仲間であっても死ねばそれはただの肉である。
『............』
しかしそんな中にあって、長のサメだけは、妙な胸騒ぎを感じ、しかめっ面で谷の方を睨みつけていた。
『へへ、へへへ!あのチビ、どうやって潰れてると思う?』
『頭からぐちゃぐちゃ~!』
『見てみようぜ!』
『......おい......おい、戻って来いッ!!』
調子に乗った若竜三匹が、崖下を覗こうと崖縁まで歩いていく。
嫌な予感がして、それを呼び止めようとしたサメであったが......声をかけるのが、ほんの数秒遅かった。
若竜たちは既に崖縁から首を伸ばし谷底を覗いており、そして、次の瞬間には......。
三匹の内、二匹の首が胴体から切り離され、谷底へと落下していった!
『え、え......!?』
残る一匹は、その瞬間に何が起きたのかを、しっかりとその目に焼き付けていた。
首を刈られた二体が崖下を覗き込んだ、その瞬間。
なにか、黒くて小さいものが猛烈な勢いで崖を垂直に駆け上がり、両腕を大きく広げた状態で、ちょうど二体の間をすり抜けていった。
そうしたら、二体の首から先はポロリと転がり、崖の下へと落ちていったのだ。
確かに残る一匹は、その瞬間に何が起きたのかを、しっかりとその目に焼き付けていた。
しかし、それでいてなお、その瞬間に何が起きたのかを、理解できなかった。
崖下に落ちていったはずのエミーが【紙魚】を使って崖を駆け上がり、その勢いで二匹の首を両腕を使った【大蟷螂】ではねとばしたなど、人間を楽しく遊んで食べられるおやつ程度の存在にしかみなしていない彼にとっては、理解できるはずもなかった!
『バカ野郎ッ!!避けろぉーーーッ!!』
『え?え?え?』
そしてその残る一匹は、そう叫ぶ長の言葉の意味も、理解できなかった。
あまりにも咄嗟のことなので、理解が追いつかなかった。
崖をまっすぐに駆け上がって来たエミーはその勢いで宙に飛び、正午の日の光をその背に負いながらくるくると回転し......その回転の勢いを利用して、突然のことに動きが固まる残り一匹の首を【蟷螂】ではねとばした。
ドサリ、ドサリ、ドサリと三体の肉が倒れ伏すその前にエミーは緑竜の巣の岩場に着地し、そのまま猛烈な勢いで残りの緑竜たちのもとへと駆け出し始める!
『エ、【エアープロテクト】!!』
石礫による狙撃を阻止した防御魔法は、地に足をつけて爆発的な推進力を生み出すエミーには通用しない!
『【エアーカッター】!【エアーカッター】!!』
『う、うわああっ!何であたらねぇんだよぉ!?』
そして本来は回避困難なはずの無色透明な風の刃も、エミーは必要最小限の動きでそれを避け続ける!
時に首を曲げ、時に小さく跳ね、時に左右に進路を少しずつずらしながら、全く勢いを落とすことなく走り続ける!
魔法であれば、いかに無色透明な刃であろうとそこには必ず魔力が宿る。
【魔力視】が可能なこの少女に、その程度の小細工は通用しないのだ!
『ええい!この大バカ者共め!慌てんじゃねぇ、相手はチビ一人だぞ!?囲んで殺せぇーーーーーーッ!!』
『お、おうよっ!!』
『合点だぜ長ぁ!!』
『覚悟しろやチビィ!!』
浮足立っていた若竜たちはサメに喝を入れられ爪や尾を構える。
しかし、エミーはその様を見ても、一向にその速度を落とさない。
それどころか、【飛蝗】を使用して前方に向け飛び跳ねることで、それまでの速度に目を慣らしていた緑竜たちの意表を突くほどのさらなる勢いでもって、彼らに急接近した!
接触まで、あと数秒。
そう思っていた黒髪の少女が、次の瞬間には、気づけば目の前にいる。
『こ、のッ!!』
出鼻をくじかれたその若竜は慌てて爪でエミーを切り裂こうとするも、間に合わない。
これまでの若竜たちと同じく、首をはねられて死んだ。
エミーは若竜の首をはねたその勢いのまま別の若竜に突撃。
【魔撃】を使い、思いきり殴りつける。
『ごぎゃあああッ!?』
そのあまりの衝撃に、殴られた若竜は骨を砕かれ、血肉を吹き飛ばされながら倒れ、死んだ。
しかしまだまだエミーは止まらない。
今度は地面に生える岩から石礫をもぎ取り、振り向きざまに【投石】する。
一つ、二つ、三つ。
次々に放たれるそれらは、全てその狙いを過たず、若竜たちの頭を弾き飛ばしていく。
至近距離過ぎて、事前にはった【エアープロテクト】が機能していない!
『隙ありだ、チビィーーッ!!!』
そんなエミーに後ろから襲いかかろうとした若竜は、彼女の周囲に展開されていた目に見えない魔力の糸......【魔力斬糸】により体中を切り裂かれ、バラバラになって死んだ。
『もう、嫌だぁッ!た、助けてぇーーーッ!!』
次々に殺されていく仲間たちの姿を見て恐慌にかられ、その場から飛び立ち逃げ出そうとしたのはお調子者の緑竜カンだ。
しかし、その判断は、遅すぎた。
翼をはためかせ宙に浮いたカンだが、奇妙なことにいくら羽ばたいても高度が上がらない。
恐る恐る長い首を動かし後ろを振り返ると、己の尾が黒髪の少女によって、しっかりと掴まれている!
『ひ、ひやああああああああーーーーーーーーッ!!』
【接着】により緑竜の巣がある大岩と足の裏で強固に結びついたエミーの体は、カンがどれだけ必死に翼を動かしても決して浮き上がることはない。
『嫌だ!!嫌だ!!嫌......』
恐怖のあまり泣きわめくカンであったが、次の瞬間にはエミーによって思いきり地面に叩きつけられ、全身の骨を砕かれて死んだ。
(なんだ......これは......)
サメは、呆然としていた。
初めに【投石】で若竜が殺されてから、数分。
そして近距離での戦闘が始まってから、数十秒。
その、ほんの短い時間の間に、彼の群れは長である彼だけを残し、全滅した。
(なんだ......あいつは......)
サメは群れを蹂躙した、小さな黒い人間を改めて睨みつける。
竜の血にまみれ全身を真っ赤に染めたその少女は、手直にあった若竜の死骸から肉を一掴みちぎり取ると、それを鱗ごと頬張りながらサメに向かって拳を構える。
(おもしれぇ......おもしれぇじゃねぇか!!)
サメは武者震いし、獰猛に笑った!
サメの群れの緑竜たちにとっては、そしてサメにとっても強さこそが正義であり、例え仲間であっても死ねばそれはただの肉である。
仲間が殺されようと、それはそいつが弱かっただけのこと。
悲しいとか悔しいとか、そんな感情はわかない。
むしろ、逃げ出そうとしたカンに怒りを覚えているほどだ。
『さあ......殺しあうか、チビ......』
サメはのそりと体を動かし、戦闘態勢を整える。
限界ぎりぎりまで【身体強化】をかけ、【威圧】を放つ。
エミーの【威圧】とサメの【威圧】がぶつかりあい、ミシミシと、空間が音を立ててきしむ。
『オレをこれまでのザコ共と同じと......思うなよぉーーーーーーーーッ!!!』
そうやって一吠えし、サメは笑いながら、エミーに襲いかかった!!
◇ ◇ ◇
ナンガ山が、沈む夕日によって真っ赤に染まる。
「............」
エミーは岩の上でごろりと大の字になりながら、ただただ無言で、徐々に暗くなり星々が瞬き始める空をじっと眺めていた。
周囲の岩場は激しい戦闘によって原形をとどめておらず、岩は砕け地は裂け、酷い有様だ。
そしてあちこちが、血によって黒く染まっている。
緑竜たちの血だ。
ここは、ほんの数時間前までは、粗暴な緑竜たちの巣であった場所であり、今はその緑竜たちの墓場だ。
緑竜たちは、皆死んだ。
エミーによって、皆殺しにされた。
群れの長、サメは強敵だった。
少しでも気を抜けば、その躯を晒していたのはエミーであったのだろう。
しかし、彼女は勝った。
傷つき血を流しながらも、薄氷の勝利を掴んだ。
サメは笑いながら、満足そうに死んでいった。
緑竜たちは、皆死んだ。
そしてその躯は、肉だけではなくその鱗や骨までもが、エミーの腹の中に全ておさめられた。
緑竜たちはエミーの肉体の、そして魂の糧となった。
もはやこの場に生き残っているものは、勝者であるエミー、ただ一人である。
「............」
さて、エミーは、泣いていた。
真っ赤な夕日に染められながら、無言で仰向けに寝そべりながら、その大きな瞳から涙をこぼしていた。
敵であった緑竜たちの死を悼んでいるのか?
違う。
獣のように戦い続けてきた己の人生に絶望しているのか?
違う。
戦いによって生じた傷が痛むのか?
違う。
食べすぎによる、腹痛か?
どれも、違う。
エミーは、おおよそこの一年間、苦しみ続けてきた。
黒龍の血による祝福、あるいは呪いにより、決して満たされることのない飢餓感に苛まれ続け、獣のように生ある者を貪り続けてきた。
大亀を食べ、狼の群れを食べ、大熊を食べ、古竜を食べ......それ以外の魔物等も、手当たり次第になんでも口に入れ続け。
時には神の残滓すらその身に取り込み。
それでもなお、未だ止むことのなかった彼女の飢えが。
緑竜の群れを食らいつくした、その時に。
ついに。
......満たされた。
つまり。
彼女は、ついに。
............ついに!
満腹に、なったのだ!!!
はい、ということで第11章はこれにて完結です。
いつもの後書きやります。
本章の中で、オーカちゃんは生贄を差し出すことを求めていましたが、振り返ってみればオーカちゃん以前にも生贄を欲しがっていたキャラクターは既に登場していました。
ジャーナヤハーマです。覚えていますか?
ただ、彼の場合、そういう背景をあまり詳しくは描写されずに、通り魔的にエミーに狩られてしまいましたので。
作者的に消化不良感があったと言いますか、もうちょっとちゃんと生贄をめぐるお話を書きたいなと思ったのが、11章を書き始めた動機なのです。
とにかく、少しでも楽しんでいただけたなら、嬉しいです。
ブックマーク、評価のお星さま、レビューに感想と、いつもありがとうございます。
『オマケの転生者』はこれからも続きます。
なんせエミーちゃん、まだ8歳ですから。
急に時が流れて知らん間に大人になってるとか、そういうことはしない予定ですから。
......本当に、まだまだ先は長いですよ。
これからもお付き合いいただければと存じます。
どうぞよろしくお願い申し上げます。




