175 【サクラ】出会いの話
パチパチ、パチパチ......。
何かがはじけるような、そんな音が聞こえて幼竜は目を覚ました。
(......?えっと、これは......?)
そして自分の小さな体が、しっかりと暖かな毛布でくるまれていることに気づく。
細長い首を動かして周囲を見渡すと、ここはどこかの河原だ。
あたりには丸い石が転がっており、冷たく恐ろしい夜の闇に阻まれ見ることはできないが、すぐ近くに水の流れる音が聞こえる。
パチパチという音は、焚火の中で枝がはじける音であった。
(私......私、死ねなかったんだ......)
幼竜は焚火の暖かな橙色の光に照らされながら、ぼんやりとそんなことを思った。
出来損ない、落ちこぼれ、と。
群れの他の竜からは蔑まれる毎日。
彼女の心は、もう限界だった。
谷底に突き落とされた時、実のところ彼女は、少し安堵してもいたのだ。
これでもう、苦しい思いをしなくても済むのだ、と。
「クシュンッ!」
「!?」
と、ここで、幼竜の後ろの方で、くしゃみの音がした。
慌てて振り向くと、そこには膝を抱えて座って眠る、体に布を巻いた生き物の姿があった。
この生き物は、人間だ。
見るのは初めてだが、その身体的特徴を伝え聞いた知識と照らし合わせ、幼竜はそう判断した。
そして......そして逃げるでもなく、噛みつくでもなく、ただじっとその人間を見つめた。
幼竜が既に捨て鉢の心持であったことは確かだ。
しかしそれ以上に、彼女はその人間を一目見て、何故か惹かれた。
もっと近づきたい。
ずっと一緒にいたい。
理由もなくそんなことを思ってしまう、不思議な魅力を感じたのだ。
「うー......ぐすっ......」
人間は目をこすり鼻をすすってから、両手を広げて大きく伸びをした。
そうしてから、幼竜の方を見やる。
目が合う。
<<<あーっ!目が覚めたんだねっ!?>>>
そして人間はそんな明るい声色で、幼竜の心に、直接語りかけてきたのだ!
「!?」
<<<あっ、ごめんね、驚かせちゃったかな?私ね、心と心で、お喋りができるんだよ!えへへ、落ち着いて?びっくりさせて、ごめんね?>>>
人間は、笑顔で幼竜を見つめながら、そんなことを“言った”。
群れの中に【念話】を使える古老もいたので、少し驚きはしたものの、幼竜はその人間の心の言葉については、さほどの戸惑いもなく受け入れることができた。
幼竜は改めて、人間の姿をまじまじと見つめる。
体は、さほど大きくない。
華奢で細い手足。
まだ年若い雌なのだろう。
人間の美醜は幼竜にはよくわからないが、愛嬌のある顔立ちをしている、と思う。
そして、その髪色は......。
(私と、おんなじだ......)
そう、その髪色は、幼竜と同じ、薄桃色だった。
群れの中には、幼竜と同じ色の鱗を持つ竜は、いなかった。
幼竜は、初めて自分の仲間と出会えた、そんな気がした。
<<<えへへ!そうだよね、私たち、同じ色をしているよね!>>>
「!?」
<<<あ、またやっちゃった。何度もびっくりさせてごめん。私、心でお話もできるし、相手の心も、聞くことができるの。ごめんね......気持ち悪い、かな?>>>
にこにこ笑っていた人間の表情が、曇る。
(気持ち悪く、ない。全然大丈夫)
すぐに幼竜はそう答えた。
不快感などちっとも感じていなかったし、その人間の悲しそうな顔を、見たくないと思ったからだ。
<<<本当!?えへへ、嬉しいなーっ!>>>
(嬉しい?)
<<<私ね......私が生まれた村では、みーんなから嫌われていたんだ。心を読むなんて、気持ちが悪い、近づくなって>>>
(............)
<<<しまいには、村を追い出されちゃって......だから、嬉しいの。あなたが私を、認めてくれることが>>>
(ねぇ、私は!?)
<<<え?>>>
突然の幼竜から問いかけに、少女はきょとんとして首を傾げる。
(私は、気持ち悪くない!?こんな、中途半端な鱗の色で!)
幼竜は叫んだ。
心の中で、叫んだ。
ぽたぽたと、足元の石の上にできる、いくつかの染み。
気づかないうちに、彼女はぽろぽろと泣いていた。
そんな幼竜の小さな体を、少女は優しく微笑みながら、抱きしめた。
今にも張り裂けて、死んでしまいそうな幼い心を、包み込むように。
<<<大丈夫、素敵な色だよ。私たちの色って、まるで、桜の花びらみたい>>>
「フチュッ......フチュウッ......!」
少女に抱きしめられて、幼竜の涙はいよいよ止まらなくなった。
声をあげて泣いても翼で叩かれないなんて、初めてのことだった。
こんな暖かな気持ちで泣くなんて、初めてのことだった。
彼女たちはしばらく抱き合ったまま、星空の下でじっとしていた。
◇ ◇ ◇
<<<そういえば、自己紹介がまだだったね>>>
幼竜が泣き止んでからも、しばらく彼女を抱きしめながら焚火を眺めていた少女は、ふいにそんなことを言った。
(じこしょうかい?)
<<<そう!お互いに、名前を教えあいっこするの。お友達になるための、儀式だよ>>>
(お友達!私、あなたとお友達、なりたい!じこしょうかいする!)
<<<えへへ、ありがとう!じゃあまず、私からね!>>>
そう言うと少女は抱きしめていた幼竜の小さな体を自分の前にぽんと置いて、自分は背を丸めて目線をあわせた。
<<<私の名前は、サクラ>>>
(サクラ......あなたは、サクラ!)
<<<えへへ......本当はね、この世界の親からもらった、別の名前もあるはずなんだけど......村では『おい』とか『お前』とか、そんな感じでしか呼ばれたことがなかったから......忘れちゃったんだ。今世の名前。だから私は、サクラ。前世の名前を、そのまま名乗る>>>
(コンゼ?ゼンセ?)
<<<ああ、ごめんごめん、ちょっと難しいこと言っちゃったかな?とにかく私は、サクラだよ。桜って、お花の名前なんだ。さっきもちょっと言ったけど、私たちみたいな色のお花で、とっても素敵なの。あなたは桜を、見たことはある?>>>
(桜......わかんない)
幼竜はなんとか思い出そうとしてみたものの、己の鱗の色のような花にはまったく心あたりがなかった。
少し、しょんぼりしてしまう。
そんな彼女を、サクラは優しくなでる。
<<<えへへ、落ち込まなくても大丈夫。もしかしたら、この世界には桜の花はないのかもしれない。これから旅をして、探してみようかな?>>>
(旅......私もついていって良い?)
<<<もちろん!あ、ほら、名前名前!今度は私に、あなたの名前を教えてほしいな!>>>
(名前......私の、名前......)
そう言われて幼竜は、困ってしまった。
自己紹介すると自分でも言ったものの、彼女は己の名前というものを、意識したことがなかった。
竜は知能の高い生物だ。
子が生まれたら、名づけが行われる。
だから、彼女以外の幼竜たちは皆、群れの大人から名前で呼ばれていた。
ところが落ちこぼれであった彼女は、そうではなかった。
それこそ、サクラと同じである。
『おい』、『お前』、『それ』、『あれ』......そんな風にしか、呼ばれてこなかった。
だから彼女には、自分の名前がわからなかった。
幼竜は悲しくなった。
幼竜にはサクラと違って、ゼンセとかいうものはない。
自分の名前は、どこにも見当たらない。
自己紹介ができない。
サクラとお友達に、なれない。
彼女は悲しくて悲しくて、涙をぽろぽろとこぼし始めた。
そんな幼竜を、サクラは慌てて再び抱きしめる。
<<<ごめんね、ごめんね。そっか、あなたには名前がなかったんだね?辛い思いをさせてごめんね?>>>
(私、名前ない。サクラとお友達、なれない?)
幼竜は弱々しく、フチュウと鳴いた。
<<<そんなことないよ。私たちは、お友達になれる......そうだ!>>>
サクラは幼竜を持ち上げて、顔を合わせる。
そして満面の笑顔で、言った。
<<<名前がないなら、私がつけてあげる!それで私たちは、お友達!>>>
(名前をつける?名前って、つけられるの?)
<<<そうだよ!名前は、つけることができるんだよ!......私に名前をつけられるの、嫌?>>>
(嫌じゃない!私、サクラに名前、つけてほしい!!)
幼竜は興奮して、小さな翼を何度もはためかせた。
その様子に微笑んだサクラは、幼竜をじっと見つめて少し考える。
<<<えーっと、まず聞いておくけど、あなたは女の子で、あってるよね?>>>
(うん。私は女の子)
<<<ふむふむふむ......よし、わかった!あなたの名前、決まったよ!>>>
(教えて!教えて!)
せがむ幼竜を地面に置き、サクラはコホンと咳ばらいをする。
そして少しもったいぶった様子で、厳かな雰囲気を演出する。
幼竜はドキドキしながら、己の名前を教えてもらうのを待った。
<<<あなたの鱗は、桜色。私と同じ!そして、とっても美しいから、花>>>
サクラは緊張する幼竜の様子を見てくすりと笑いながら、その名を告げた。
<<<......あなたの名前は、桜花。桜の花と、いう意味よ!>>>
(私はオーカ!桜の花の竜、オーカ!!サクラのお友達の、オーカ!!!)
オーカはサクラに名前をもらえたことが嬉しくて嬉しくて!
フチュウーーーーーーッ!と、喜びの声をあげた!
それから一人と一匹は、焚火の周りをぐるぐるまわりながら、踊った。
意味のない、へんてこな動きをお互いにして、けらけらと笑いあった。
この日この時、オーカの新たな生が始まったのだ。
竜の群れから落ちこぼれ、ただ己の死を願っていた幼竜は、人間の友の隣に新たな居場所を見つけた。
長い長い時を経てその形が歪みはしたものの、オーカは常に人間の隣人として、その生を全うする竜となったのだ。
一方で、サクラにとってもこの出会いは特別なものであった。
村から追い出され、後は死を待つばかりであったはずの少女は、前世の記憶を取り戻し、そして生涯の友を得た。
彼女らは、この先旅をするのだ。
そして旅先で友を増やし、冒険し、楽しく生きていく。
そしてサクラは、いずれ“全ての従魔師の祖”と呼ばれる、偉大な冒険者へと成長していく。
......本人は、“従魔師”という呼称については、あまり気に入ってはいなかったようだが。
それは、この時点から見れば未来の話であるし、エミーから見れば遠い遠い過去の話。
これ以上は、この場をかりて語るべきでもないだろう。
長く、なるからね。
大昔の話のはずなのに、サクラさんの雰囲気が現代人っぽくない?
大昔の転生者なら、転生前は平安時代とか鎌倉時代とか、そんな時代に生きていた人のはずじゃないの?
......とか、疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、そうはなりません。
もちろん、平安時代から来た転生者、もいないことはないでしょうが、アーディストの大昔に現代人が転生していてもおかしくはないのです。
本筋とは関係がないのでここで設定を書いても良いのですが、多分いつかオマケ様がそのあたりの事情を語ってくれると思うので、それを待つことにします。
いや、本当に、作中の背景としてただそう設定されているという話なので、全然気にしないで良いです。
忘れてください。
次回、第11章最終話です。




