174 ヤマオック村の伝承
「............う、あ......?」
ゴンペーターが意識を取り戻し薄目を開けると、まず飛び込んできたのは濃い青色の空と、そこを流れる白く美しい雲だった。
(ここは、天国か?オレは......死んだのか......?)
ぼんやりとした頭のまま漠然とそう思い仰向けの姿勢から起き上がろうとすると、ずきりと胸に痛みが走る。
「ぐ......!?」
「起きたかゴンペーター。無理に動くな......多分、骨が折れている」
声の方向に顔だけ動かすと、小さな岩の上に腰かけたサブロウンが、気の抜けた顔でゴンペーターを眺めていた。
難儀しながらあちこち見回してみれば、そこは天国なんて上等なものではなく、オーカチャンの岩場だ。
ごつごつしたトゲのような大岩が、あちこちから天に向かって伸びている。
どうやら自分は、気を失っていただけのようだ。
「......!!あの子は、エミーはどうなった!?オーカチャンは!?うぐっ......!」
「慌てるな、慌てるな......ほら、ゆっくり起こすぞ......」
寝ぼけた頭がはっきりと覚醒し、すぐに恩人の安否が気になったゴンペーター。
サブロウンはそんな狩人を優しく介助し、背中を支えて起き上がらせる。
起き上がったゴンペーターの視界に飛び込んできたのは、顔を動かすだけでは見ることのできなかった惨状だ。
特に岩の舞台の付近が、言葉にするのも憚られるほどの様相を呈している。
あちこち、血まみれだ。
美しい青空の下、地獄のような悍ましい風景が広がっている。
「......死んだ、のか」
「ああ、死んだ」
ゴンペーターはその光景を見て、肩を落とした。
「......食われた、のか」
「ああ、食われた」
胸が締め付けられる思いだった。
結局、自分もエミーを生贄として差し出すことに納得した人間の一人である。
なのに、何を今さら。
しかし、それでも。
思考が痺れる。
恩人を殺してしまったという罪悪感に、ゴンペーターは押しつぶされそうになる......。
「ああ、勘違いするなよ?死んだのはオーカチャン様......オーカチャンだ。食われたのも、オーカチャンだ」
「はあ!!?」
しかし、次に続くサブロウンの言葉を聞いて、ゴンペーターは素っ頓狂な声をあげた。
「お前が吹き飛ばされて気絶した後......あの生贄の子、エミーが目を覚ました。で、オーカチャンと戦い始めた。気づいたら、オーカチャンはぼこぼこにされてぐったりしていて、首をはねられて死んだ」
「き、気づいたらって、お前......」
「速すぎて、何が起きてんのかよくわかんなかったんだよ。お前が巻き込まれないようにここまで引っ張って来るだけで、オレも精いっぱいだったんだ」
「そ、そうか......それはすまなかった。感謝する。で......エミーは一体、どこに?」
「わからん。あの竜の巨体をあっという間に......骨すら残さず食いつくして、で......どっか西の方に、跳んでいったよ」
「......なんだ、そりゃ......」
「......オレも、よくわからん......」
二人はしばらく、無言でその場に座り込んでいた。
「......結局」
再びぽつりと言葉をこぼし始めたのは、ゴンペーターだ。
「あの子は......エミーは、一体何者だったんだろうか......」
「はあ?お前がそれを言うかよ。お前が連れて来たんだぞ?」
「いや、そうなんだが......オレは人間だと、思っていたんだ。自分でも、そう言っていたし......だが......」
「はは、竜を生身で殴り殺す人間が、いるわけないだろう?」
「............だよな」
「あれだけの力に、暴力性。あれはきっと、オレが思うに......」
ここまで言葉を紡ぎ、しかしサブロウンは口を閉じる。
そして少し考え込み、ゴンペーターをまっすぐに見つめて、言った。
「いや、あの子の正体が何であったのか。そんなことは、どうでも良いんだよ、ゴンペーター」
「なんだと?」
「大切なのはな、ゴンペーター。オレたちがあの子のことを......どう語り継いでいくかだ」
「語り、継ぐ......」
「我らが守護竜は、死んだ」
その言葉を聞いて、ゴンペーターの心臓はどきりと強く鳴った。
「これから我らに、竜の庇護はない。何が襲いかかろうとも、己らで退けなければならない」
「............」
「飢えも、寒さも、魔物も。どうにかするのは、自分たちだ」
「......そうか、それは......厳しいな」
「厳しいさ。でもなゴンペーター......そんな厳しい未来だからこそ、生きることが許された者も、いるんだ......オユキパは、死ななくても、良いんだ!!」
サブロウンの言葉は、徐々に強く、大きくなっていく。
ゴンペーターは、サブロウンの瞳に光を見た。
それは隈に縁どられた瞳の中に燦然と輝く、覚悟の光だ。
生きる力だ。
未来への、希望だ!
「オユキパが生きている、そんな未来に我々を導いてくれた彼女が、バケモノであるはずがないだろう!彼女は、未来への案内人だ。旧習からの解放、そして自由の象徴なんだよ!!」
熱く語り始めたサブロウンを見て、ゴンペーターは苦笑した。
どうやら親友は、すっかりもとの調子を取り戻しつつあるらしい。
「サブロウン、お前の言うことは少し難しすぎるぞ。それでは、村の連中が理解できん。オレもな」
「ならば差し当たっては、神の使いであったということにでも、しておけば良いさ」
サブロウンは笑った。
そしてふいに涙ぐみ、西の方に向かって頭を下げた。
「ありがとう、ありがとう......ありがとう、エミー!!う、ぐすっ......わかっているんだ!オレが、どれだけ調子の良いことを言っているかってことは!だけど......だけどっ!!」
そして大声で、嗚咽をもらしながら、叫んだ!
「ありがとう!!オユキパに、未来を、ありがとうっ!!!」
「............」
ゴンペーターも、痛む胸をかばいながら、誰もいない西の方に向かってなんとか頭を下げる。
二人はずっとずっと、そうしていた。
ごう!と一際大きな風が斜面に沿って吹きあがり、岩に刺さっていた薄桃色の竜の鱗を飛ばす。
竜の鱗は、まるで新たな門出を祝う桜吹雪のように宙を舞い、深い青空に吸い込まれ消えていった。
かくしてヤマオック村に、新たな伝承が生まれた。
それは母なる竜と自由な少女の、戦いの物語である。
過去への感謝と未来への覚悟の、物語である。




