170 竜の価値観
その日、守護竜オーカは懐かしい夢を見ていた。
今は亡き主人と、初めて出会った日のことを思い出していたのだ。
赤竜の母と白竜の父という両親から生まれたオーカの鱗は、赤でも白でもない薄桃色だった。
【ファイアブレス】も【コールドブレス】も吐くことのできないオーカは、幼少期を過ごした赤竜の群れの中では出来損ないとして蔑まれ、いじめられていた。
しまいには、群れの幼竜たちに遊び半分で殺されかけ、深い深い谷底へと突き落とされた。
深く傷ついた出来損ないの幼竜と言えど、竜は竜である。
その生命力は凄まじく、意識を失うも死ぬことのなかった彼女は、谷底の川の流れに乗って下流へと流されていった。
その先で、彼女は出会うのだ。
運命の人に。
生涯の、主に。
◇ ◇ ◇
「フシュウウウーー......」
薄桃色の霧を吐き出しながら、オーカは翼と首を大きく伸ばし、ぶるりと震えてあくびをした。
懐かしい思い出を夢に見て、非常に気分が良い目覚めだ。
オーカはかつて、とある人間の女性の従魔であった。
死にかけ、川に流されているところを助けてくれたその主人は、不思議な魅力を持った素敵な女の子だった。
オーカは、主人のことが大好きだった。
体が小さかった当時は、いつだって主人の肩や頭の上に乗って、常に一緒にいた。
一緒に色んな場所に行って、冒険して、仲間を増やして......今でも色あせることのない、美しい思い出だ。
そんな主人は不思議な力を持っていたが、それでも人間だった。
寿命には抗えず、彼女が亡くなってからもう数百年は経つ。
もはや夢でしか会えない最愛の主人に出会えたのだ。
気分が良くならないはずがないのだ。
寝ぼけ眼であたりを見渡せば、まだ早朝である。
正午まで眠りこけることも多いオーカにしては、お早いお目覚めだ。
しゃん、しゃん、しゃん、しゃん......。
首を上へ高く伸ばし耳をすますと、遠くの方から山の頂に向かい近づいてくる鈴の音が聞こえる。
普段は聞こえないこの音が、目覚まし代わりになったらしい。
(あ......この音は、人間さんかー......)
あの鈴は、ヤマオック村の人々が自分に用があって山を登って来る時の合図になるようにと、昔オーカが当時の村長に持たせたものだ。
そのころは、村人たちが岩場まで来てくれたのに気づかず、彼らを寒い中3日ほど待たせてしまう、なんてことが度々あった。
それでは申し訳ないからということで、オーカが彼らに拾った鈴をプレゼントしたのだ。
オーカは人間が好きだ。
それは、最愛の主人が人間であったからでもあるし、色んなことを考えて色んな表情や行動をする人間は、見ていて飽きないからでもある。
体が小さかったかつては主人と一緒に人の町に入り、色んな人間を眺めていたが、成長し、大きくなってしまった今では、それは難しくなった。
この巨体では、見知らぬ人間に近づけば彼らは怯え、最悪争いが発生する。
それは彼女の望むところではない。
だから彼女は、ヤマオック村を作った。
困窮した人々を山奥に連れてきて生活の場を整え、いつでも人間を観察できるようにした。
(んー......?でもなんで、人間さんたち、うちまで来るのかなー?なんかあったっけー?)
まるで人間のように首をかしげながら、オーカは考える。
ひゅうと冷たい風が吹き彼女の鬣を揺らす。
そうして考えること数分、ようやくしっかりと目が覚めたオーカは、村人たちの用事に思い至った。
(あー!そっかー!お願いしていた女の子、連れてきてくれたんだー!)
......オーカは人間が好きだ。
だから彼女は、ヤマオック村を作った。
そして村が滅びないよう、周辺の強い魔物を討伐したり、食料となる生き物を連れてきたりした。
さらには村人たちに、己の長い人生(竜生)で培ってきた様々な知識を与え、そして、他には......。
村の人間が増えすぎないよう、人口調整、なども行ってきた。
いわゆる、“間引き”である。
村の人間が増えすぎると、食料となる獣が足りなくなる。
オーカが外部から獣を連れてきても良いが、しょせんそれはその場しのぎだ。
いつまでも、そんなことを続けるわけにもいかない。
故に、間引く。
村の人間さんたちのためなのだ。
仕方がないのだ。
彼女の村をこれからも存続させていくためには、必要な処置なのだ。
今回も、人口調整の一環として、オーカは村の人間たちに女の子を差し出すように要求した。
これで、将来的な人口増加は防がれる。
ちなみに、差し出された女の子は、その命を無駄にしてはかわいそうなので、きちんと食べる。
............オーカは人間が好きだ。
しかし彼女の価値観は、竜の価値観だ。
かなり歩み寄っているとは言え、人間のそれとは、致命的な部分がずれていた。
(さっ!それじゃあ人間さんたちに、おはよーしに行こっかなー!)
オーカは大きな翼をはためかせ、寝床から岩場に向けてのんびりと飛んでいった。
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