167 ヤマオック村のもてなし
さて、その夜。
色とりどりの宝石が如く輝く満天の星空の下、エミーはヤマオック村の中心にある広場の端に設置された木製のステージの上に、一人無表情に座っていた。
そこそこ広い広場の中には、彼女以外の人間は誰もいない。
時折広場の外から遠巻きにエミーの様子をのぞく村人は見受けられるものの、彼らは彼女と目が合うとすぐさま姿を隠し、どこかに行ってしまう。
そしてエミーが座っているステージ。
そこには村で作られた白と黒の縦じま模様の織物が敷き詰められ、春だというのにどこからとってきたのか、大量の白い菊のような花が飾りつけられている。
急遽用意されたにしては、ずいぶんと手の込んだ装飾である。
ステージの左右にはかがり火が焚かれ、ヤマオック村の伝統衣装に着替えさせられたエミーと飾りの花を、オレンジ色に照らしている。
伝統衣装、と言っても、それほど妙な形状の衣服ではない。
ワンピースのような形で、ベルトのように腰のあたりを紐で結ぶ、そんな白い服だ。
胸のあたりには桜の花びらのようなマークが刺繍されている。
これはヤマオック村を象徴するマークであり、村人たちが来ている服にはどこかに必ず描かれている模様なのだ。
ただし、そういった共通点はあるものの、エミーが着ている服は村人たちの服と比べると明らかに白く、美しい。
<おそらく、儀礼用の装束なのでしょう>と、エミーの脳内の声は推測した。
「お待たせしたの」
さて、エミーが『ここで待つように』とステージの上に座らされて一時間。
ようやく彼女の前に現れた村人は、白いあごひげをはやし、杖をついて歩く老人であった。
「ワシの名前はメガトンコースケ。このヤマオックの村長じゃ。エミーと、いったかの?村の者を救っていただき、ありがとうの。感謝申し上げる」
そう言ってメガトンコースケは、軽く頭を下げた。
つられてエミーも、ペコリと会釈する。
「口に合うかはわからんがの、今宵はこの村で出せる精いっぱいのご馳走を用意させてもらったからの。気に入ってもらえると、嬉しいんじゃが」
そう言ってからメガトンコースケが目配せをすると、村の男衆がいくつかの大皿をステージの上に運び始める。
ウグーソの丸焼きが一羽分と、フッキノットやウドドン、ターララ、コゴゴゴミなど、色とりどりの春の山の味覚が並ぶ。
ほかほかと湯気が立っているふかした芋のような物の隣にはフクジャー草が添えられているが、これは有毒なのでただの飾りだ。
皿を運び終えた男たちはエミーと目を合わせることなくそそくさとステージから下りて行くが、そんな彼らの態度よりもエミーとしては、ウグーソの丸焼きが一羽分しか出てこないことが気になった。
十羽狩ったでしょ。
残りの九羽はどこにいったのさ。
甚だしく不満ではあったが、もしここでそのことについて文句を言った後で、『いや、この後別の料理として出す予定だったんで......』とか言われたら恥ずかしいので、エミーはとりあえず黙っておくことにした。
「それでは、ごゆるりとお楽しみくだされ」
そう言うとメガトンコースケは再度軽く会釈をして、村の広場から去って行った。
「............」
またしても、広場に一人取り残されることになったエミー。
<いや、なんですかこの扱い?酷くないですか?>
脳内の声が再び文句を言い始める。
彼女は村に入ってからずっと、ご機嫌な斜めなのだ。
というのも、狩人のゴンペーターは『もてなしをする』と言ったが、どうにも村人たちの態度は冷たかったのだ。
村に入れてもらえたのは良かったものの、すぐにエミーはゴンペーターと別れることになり、空いている小屋に押し込められた。
挨拶をしてくるような村人はおらず、エミーはまるで檻に入れられた猛獣か何かのように、窓の外からちらちらとその姿をのぞかれていた。
少しすると、屈強な男が小屋の中に入ってきて、エミーに今着ている儀礼用の装束を投げ渡した。
その男は特に何か説明をするわけでもなく、「それを着て、待っていろ」とだけ言って、さっさと小屋から出て行ってしまった。
その後はまたしても、待機。
窓から差し込む光が作り出す四角い模様が日の動きにあわせてゆっくりと移動していく様を、じっと見つめる時間が続いた。
そして辺りが夕焼けで橙色に染まり始めた頃、ようやくエミーは村の広場へと連れ出され、ステージの上に載せられ......そこからまた、一時間の放置。
とてもじゃないが、恩人をもてなす態度ではなかった。
それが気に入らず、脳内の声はぷりぷりと怒って文句を言っているわけだが、それに対してエミーは、実はこの扱いにも特に不満はなかった。
自分は、この世界では忌み嫌われる黒髪黒目である。
あまり村人たちが接触したがらないのも、無理はないのだ。
彼女はこれまでの人生経験から、もうそうやって納得してしまっていた。
諦めてしまった、とも言えるかもしれない。
「............」
誰もいなくなった広場のステージ上で、エミーはふかした芋を一つ掴み、かじる。
見た目はジャガイモに似ているが、食感はトロトロとしていて長芋に近いように感じる。
薄い塩味。
芋の、自然な甘み。
「............」
次いで彼女が口に入れ始めたのは、フッキノットを始めとする山菜たちだ。
食卓を彩る鮮やかな春の緑は、それぞれが独特の香りと苦みを主張し、食事にアクセントを加える。
山菜を食べてから、芋を食べる。
この流れが、うまい。
「............」
そして忘れてはいけないのが、メインディッシュたるウグーソの丸焼きである。
自分の頭よりも大きなそれを、エミーは両手で持ち上げて、がぶりと丸かじりした。
うまい。
パリパリの鳥皮。
あふれる肉汁。
味は、薄い塩味。
村に伝わる香辛料を使っているのだろうか、紫蘇のような香りが口いっぱいに広がる。
うまい。
そして、ちゃんと火が通っている。
生じゃない。
羽毛だってちゃんとむしり取ってある。
つまりは、きちんと調理されている肉であり、うまい。
とにかく、うまい。
エミーは骨ごとかみ砕き、夢中でばりばりと食べた。
久しぶりに調理された食物というものを口にして、これからは一日一食くらいは火の通った物も食べようかなと、エミーは思った。
◇ ◇ ◇
エミーが食事を始めてから30分も経たずに、山盛りに盛られていた料理はきれいさっぱり彼女に食べつくされていた。
「............」
エミーは待っていた。
おかわりの、ウグーソが運ばれてくるのを。
だがしかしおかわりどころか、食事が終わり手持無沙汰にしているエミーに、近づいてくる村人はいない。
またしても、放置である。
「............」
ここに来て、ようやくエミーはいらだち始めた。
だって、ウグーソが一羽分しか来ないんだもの。
「............」
大きく、鼻から息を吸い込む。
気持ちを落ち着かせる。
それと同時に、臭いを探る。
残りのウグーソがどこにあるのか、超人的な嗅覚で探す。
「............」
しかし、だめだった。
村の中は雑多な香りで満ち溢れており、エミーの鼻ではウグーソの肉がどこに保管されているのか、あるいは既に食べられてしまったのか、探り当てることはできなかった。
「............」
再び、大きく息を吸い込む。
今度は純粋に、気持ちを落ち着けるための深呼吸だ。
何がウグーソだ。
あの程度の獲物、また明日たくさん狩って食べれば良いのだ。
それを、たかだか九羽、食べられなくなったから、なんだというのだ。
大人になれ。
大人になるのだ、エミー。
思いのほか、おいしい料理を作ってもらったじゃないか。
それで良いじゃないか。
あの九羽は、料理の対価として差し出そうじゃないか。
私は広い心を持った、大人なんだ。
精神年齢的には。
ぐうううううう......。
なんとか自分自身を納得させようとするも、彼女の腹の虫は正直者でわがままだ。
食事の直後だというのに、すぐにまた次のご飯を要求する。
確かに彼女は、以前と比べれば空腹感は減じられている。
しかしながらそれは、“人間を見ても、食欲がわかなくなった”程度のものであり、未だに彼女の肉体は大量の食物を欲しているのだ。
「............」
しょうがない。
エミーは立ちあがり、あたりをきょろきょろと見回す。
そしてステージを飾る、大量の白い花に目をつけた。
もう、これでいいや。
エミーはむしゃむしゃと、飾り花を食べ始める。
ステージ一面に飾られた白い花は、十分も経たないうちに、全てエミーの腹の中におさめられた。
でも、まだ足りない。
まだまだ足りない。
こんな時、野山にいるのであれば、その辺に生えている木でもかじって空腹感を紛らわすのだが、残念なことにここは村の中だ。
さすがに村の家屋を、食害するわけにもいかないだろう。
「............」
エミーは考えた。
こういう時、どうするべきなのか。
「............」
そして、答えは存外早く出た。
一つ小さくため息をつくと、エミーはステージからぴょんと飛び降り、先ほどまで自分が待機していた小屋に戻ることにした。
こういう時は、寝てしまうに限る。
小屋の扉を押すと、きいと音がなる。
窓から差し込む月明りに照らされた室内には、何もない。
この村ではこれが普通なのかどうか知らないが、床も敷かれておらず、土がむき出しになっている。
......しかし、壁があり、屋根がある。
寝込みを襲うような、魔物もいない。
これほど恵まれた住環境で眠りにつくのは、本当に久しぶりだ。
エミーは土の上にころりと横になると、目を閉じた。
そしてすぐさま、寝息を立て始めた。
小屋の中で眠れるという安心感が、彼女の警戒心を緩め、眠りを深くした。
......小屋の中に人が入ってきても、気づかずに眠り続ける程度には。
エミーが寝入ってからしばらくして、小屋の扉が小さくきいと鳴った。
静かに小屋の中に入ってきたのは、髪を短く刈った眉の太い大柄の男だ。
エミーをこの村に連れ込み、その後接触のなかった狩人、ゴンペーターである。
「......もう、寝ていたか」
ぼそりと呟き、月明りに照らされたエミーの顔をのぞき込むゴンペーター。
おもむろに上着を脱ぐと、布団もかぶらず寝ているエミーの体に、ふわりとそれをのせる。
「......すまなかった......すまない............」
そして、震える声で、小さくそうつぶやいた。
誰にも聞かれることのない謝罪を何度か繰り返してから、ゴンペーターは小屋の外へと出ていった。
そして自宅から自分の毛布を持ってきて、それをエミーにかけてから、今度こそゴンペーターは去っていった。
小屋の中には、再びエミーが一人きり。
静かな寝息の音だけが、聞こえてくる。
ヤマオック村の夜は、静かにふけてゆく。
何やら事情がありそうですね?
そしてエミーちゃんは爆睡していますが、これは完全に油断しています。
でも、人が小屋に入ってきたことを察せる程度に油断していなかった場合、寝ぼけて敵襲と勘違いしたエミーの手によって不幸な事故が引き起こされる危険性もあったので、ゴンペーターとしては幸運でした。
明日投稿できるかどうかは、わかりません。
次の投稿は、明日か、次の土曜日となります。




