163 【アーディスト随想】“幻の国”サリュナス
『“幻の国”サリュナス』
皆さんは、“サリュナス”という国名を聞いたことがあるだろうか?
サリュナスは、かつて“黄金大陸”ハメジカに存在していたとされる、小国だ。
魔鉱石の産出が豊富で、それを他国に輸出することで富を集め栄華を誇ったとされるが、いかんせん規模の小さな国である。
歴史学をかじり始めた学生諸君がこの国の名を知らなかったとしても、何ら恥ずべきことではないと、筆者は思う。
だが、しかしながら。
このサリュナス、世の不思議や未知を愛する人々......遠い遠い、とある国ではこういう人々を“オカルトマニア”と呼ぶのだが、そういった人々にとってはとても有名な国でもあるのだ。
オカルトマニアたちはかの国のことを、こう呼ぶ。
......“幻の国”サリュナスと。
◇ ◇ ◇
さて、このサリュナスという国であるが、ハメジカ大陸における魔境の一つ、ランラーナンガ山脈によって囲まれた盆地(国の名前から、そのままサリュナス盆地と呼ばれている)に存在する国であったようだ。
先述したように他国とは魔鉱石のやりとりを行っていたため、山中にあるという立地にも関わらず、周辺地域との人的な交流は大変盛んであった。
しかし、ある時このサリュナス国に異変が生じる。
この異変について詳細に記載された歴史的資料として一番有名なものが、ラーシャーン商会の初代会長ササン・ラーシャーンの日記である。
彼は若いころ、サリュナス国との貿易で財を成した商人だったのだ。
以下に、その日記の一部を抜粋する。
『(前略)そして、峠を越えていよいよ優美なるサリュナスの街並みが見え始める頃合いに、その靄は漂い始めた。
真っ白な、靄である。
初めはただの靄かと思い気にも留めなかったが、どうにも様子がおかしい。
靄の中を進んでも進んでも、サリュナス国へたどり着けないのだ。
この冬の季節に、遭難などしてしまえば命に関わる。
私は商隊に指示し、来た道を引き返すことにした。
すると、どうしたことだろうか。
かなり靄の中を進んでいたはずなのだが、引き返して数分も進むだけで、靄に包まれ始めた国境の峠道へと、私たちはたどり着いていたのだ。
何やら、良からぬことが起こっている。
そう確信した私はそのままもと来た道を引き返し、ランラーナンガ山脈を後にした......』
同様の記録は他の資料にも残されており、それらの記述に共通しているのは、『サリュナス国全体が白い靄に包まれており、靄の中をいくら進んでもサリュナスの街中にはたどり着けない』という現象である。
当時の周辺諸国はこの事態を憂慮し、調査隊を派遣。
ところが、この現象が一体なんであるのか、ほとんどわからなかったらしい。
解決する手立ても不明だ。
どうやらこの白い靄は、魔法的な結界のようなものであるらしいということまではわかったようだが、ではどうすればそれを晴らすことができるのか、とんと見当がつかなかったようだ。
そしてそもそも、サリュナス国が存在するランラーナンガ山脈は魔境である。
ランラーシロトカゲの群れや、山の主と呼ばれる黄金熊ガハリンキなどの襲撃を受け、各国の調査隊は少なからぬ被害を受けた。
そのうえ、テーニディース国のザクザーク鉱山の稼働が始まり、魔鉱石の供給をサリュナスに頼る必要がなくなったという理由もあり、各国は数年で調査隊を引き上げた。
また、冒険者ギルドもこのサリュナス国の問題については、当初から積極的に関わる姿勢を見せていない。
“冒険者”と名付けられてはいるものの、彼らが求めるのは未知よりも価値だ。
つまり、その未知に関わったところで金にはならないサリュナス国は、冒険者たちにとっては旨味のないネタであったということだ。
かくして、数年も経たないうちに、サリュナス国に近寄る人間はほとんどいなくなってしまった。
サリュナス国に一体何が起こったのか?
靄の中にいる人々は、一体どうなってしまったのか?
一切の謎は解き明かされることなく放置され、真相は真っ白な靄の中に覆い隠されてしまった。
時が流れていくにつれ、サリュナス国のことを知る人間も徐々に減っていき、三百年ほど経った現在では『本当にサリュナスという国は存在したのか?』という議論すら巻き起こる始末である。
時と靄とが、サリュナスを“幻の国”に仕立て上げたのだ。
◇ ◇ ◇
なお、先述した『本当にサリュナスという国は存在したのか?』という議論についてだが、はっきり言ってこれを論ずること自体がナンセンスである。
サリュナス国の実在は多数の文献によって裏付けされており、疑う余地がない。
さらには、近年“幻想大陸”のソーマトーコ学院の研究者たちが、はるばる海を渡り大規模な調査を行っている。
その結果として、かつてサリュナス国が存在していたとされる盆地には、道路や建物の基礎などの遺跡が発見されたという。
そしてさらに、遺跡以上に興味深い物もまた、発見されている。
......白い靄だ。
かつてサリュナス国全体を覆い隠し、ササンらの侵入を阻んだ白い靄は、盆地の中心部というごく限られた狭い地域に、現存していたのだ。
現在の靄に近寄って何が起きるかは不明である。
魔法結界は時を経ることによりその機能を劣化させていくことは、聖女組合がよく注意喚起を促しているところであり、ご存じの方も多いだろう。
かつては国への侵入を阻むだけであった白い靄が、経年劣化によりその機能を変質させ、予期せぬ事態を招かないとも限らない。
そういった理由から、ソーマトーコ学院の調査隊は靄の中に侵入するといった真似はしなかったようだ。
賢明な判断であると思われる。
◇ ◇ ◇
さて、今回はサリュナスという国について紹介を行ってきたが、いかがだっただろうか。
“幻の国”。
響きだけを聞けば、実にロマンにあふれている。
しかし、実際に現地を訪れようとするのはお勧めしない。
なにせ、サリュナス盆地は魔境に囲まれた危険地帯だ。
比較的街道が整備されていたという三百年前とは違い、道なき道を切り開き、魔物を打ち倒して進まなくてはならない。
ソーマトーコ学院のように大規模な調査隊を用意しなければ、近づくことすら難しいだろう。
特に、冬場に近づくことはお勧めできない。
標高も高く雪が多いサリュナス盆地は、遭難のリスクも高い。
さらには、血に飢えた獰猛なランラーシロトカゲたちが、あなたの来訪を待ち構えているだろう。
命がいくつあっても、足りないような場所なのだ。
もしかしたら、吹雪に巻き込まれ、わけのわからないうちに白い靄の中に入り込んでしまうかもしれない。
そうしたら......そうしたら、一体どうなるのだろうか?
伝承と同じく、ただ先に進めなくなるだけなのだろうか?
それとも......何か違った現象が起きるのだろうか?
わからない。
わからないことは、怖い。
ロマンは、他人事であるからこそ、ロマンなのだ。
少なくとも私のような、臆病者にとっては。
(ライテン・リーブス著『アーディスト随想』より抜粋)
おまけその1でした。
次の短いおまけその2で、第10章はおわりです。
第11章の開始については、しばらくお待ちください。




