162 『出来損ない』の終わり
どこから発せられたのかもわからないその叫び声は、ぐわんぐわんと残響を残しながらあたり一面に響きわたる!
「な、なんだ、この声は!?」
もちろんそれは、ナレにも聞こえていた。
突如として生じた謎の叫び声に、初めてナレがうろたえる素振りを見せる。
これは何度もループを繰り返してきたナレにとっても、初めての現象らしい。
<<<その拳をおろすのだ、呪い子よ。不敬であるぞ>>>
またしても、不思議な声が響きわたる。
ぼんやりとくぐもった音声だ。
その音程は低く、どうやら男性の声であることはわかる。
「お前は!!誰だ!!」
声を張り上げ、正体の分からぬ存在に問いかける。
警戒は解かない。
拳もおろさない。
右拳だけでなく全身に魔力を巡らせて【身体強化】する。
瞬時に戦闘態勢にうつる。
敵であれば、殺す。
殺す。
<<<殺気をおさめよ。不敬である。目に見えぬものしか、知覚できぬ愚か者>>>
ぼんやり声がそう発言した次の瞬間、私の目の前の光景に変化が生じた。
私がこれから殴り壊そうと思っていたルークリース家のお屋敷が、バキバキと音を立てながら、ねじ曲がり渦を巻くように変形していく!
赤い屋根が、黄色い壁が、木製の家屋だというのにまるで飴細工のように引き延ばされてマーブル模様を作り出していく!
<<<我は本来、目には見えぬもの。されど汝らと、常に共にあるもの>>>
唖然とする私とナレの眼前で、お屋敷の変形は終了した。
お屋敷だったものは、ほんの数十秒ほどで宙に浮かぶ一つの大きな顔面へと変じていた。
赤と黄色のマーブル模様のため少しわかりづらいが、それは豊かな髭を蓄えた、厳かな男性の顔だ。
<<<我は、時間。時間神トタイレレギストである。神を前にして、図が高い。面を下げよ>>>
次の瞬間!
巨大な顔面から、猛烈な『圧』が私とナレに襲いかかった!
これは、【威圧】!
神の力、魔力を放出し、その圧力で顔面は私とナレを押さえつけようとする!
「くっ......!」
たまらずよろけるナレをかばい、私は彼女の前へと移動する。
両手を広げ、顔面から発せられる【威圧】を一身に受け止める!
<<<不敬!不敬!!不敬!!!貴様、何故膝をつかぬ!神を前にして、不敬である!膝を、つけ!!首を垂れろ!!!>>>
顔面からの【威圧】がさらに強まる!
だけど私は、屈しない。
背筋を伸ばし、【威圧】を返す!
顔面を、睨みつける!!
「何が、神だ!!この程度の【威圧】で、偉そうに!!これならその辺の黒トカゲの方が、よっぽど強かった!!!」
<<<なんだと!?我を、愚弄するか!薄汚い呪い子!愚か者め!愚か者め!!>>>
顔面は喚き、【威圧】を放ち続ける。
だが、しかし......それ以上のことは、してこない。
ただただ、不敬だ、愚か者だと私のことを罵るだけだ。
この神は......おそらくこの神こそが、このお屋敷をループさせ続けていた神なのだろう。
きっと度重なるループの濫用で、力が枯渇しかけているんだ。
多分......【威圧】する以上のことは、もはやできないのだろう。
<ああ、思い出しましたよ。時間神トタイレレギスト。その名を、聞いたことがありました>
聞くに堪えない罵り声を聞き流しながら、オマケ様がつぶやいた。
<三百年前に、突如として失踪したとされる、かつての神です。謎の失踪として当時は神々の間でも話題になっていたようですが......なるほど、自身もこの、ループ世界に囚われていたということですね。愚か者は、果たしてどちらなのでしょうか>
オマケ様は小馬鹿にしたような口調で、解説を続ける。
<今やあれの神としての権能は、あれの弟であった当時の空間神フィーバレヒロに引き継がれています。つまり、あれはもはや神ではない。かつて神であった何か。神の残滓。ただただ、幾ばくかの延命を望み命乞いをするためだけに現れた、惨めな存在です。もっとも、神であった時のプライドが邪魔して、その命乞いすらうまくできないようですが。愚か者の、極みですね>
おおう......オマケ様、いつになく辛辣ですね?
<......うふふ、そうですかね?>
「神と......神と、言ったか!」
ここで、私の背中から声が発せられた。
ナレだ。
ナレは、私がその大部分を肩代わりして受けているとは言え、襲い来る神の【威圧】に屈することなく、己の足でしっかりと雪原に立ち、歯を食いしばってトタイレレギストと対面する。
彼女は震えていた。
恐怖が原因の震えでは、ないだろう。
「貴様か......私を地獄に突き落としたのは、貴様か!?私の時間を繰り返していたのは、貴様かッ!!?」
先程までのどこか飄々とした姿は、もはやない。
ナレは内なる激情の全てを声に乗せ、絶叫する!
<<<ああ!ナレ・ルークリースよ!何たる愚かな物言いであることか!>>>
対するトタイレレギストも、己の怒りを隠すことなく声色に乗せ、言葉を返す。
<<<愚かなる主人公、ナレ・ルークリース!『地獄に突き落とした』だと!?ふざけるな!我は貴様に機会を与えてやったのだ!何度も、何度も、何度も、何度も、何度も!!それを全て棒に振ったのは、貴様だ、この『出来損ない』の主人公め!!>>>
「黙れ!!」
<<<黙るのは貴様だ『出来損ない』!貴様の人生は貴様の選択が形作ったものだ!それなのに、うまくいかないのを、神に責任転嫁か!愚か!不敬であり、実に愚か!!>>>
「黙れ!黙れ!!」
<<<何故、貴様は幸せにならなかったのだ!我は、貴様が幸せになるための物語を、綴ったはずなのに!何故、何故我の思う通りに人生を歩まない!何故、コタッカ・キーレストンの力を、借りようとしなかったのだ!!>>>
「............ん?」
コタッカ・キーレストン?
「............誰?」
突然現れた新たな人物の名前に、困惑する私。
後ろに立つナレを振り向く。
「............え、コタッカ?キーレストン?......誰?」
ナレも困惑していた。
彼女も知らない人物らしい。
<<<............え?いや、『誰?』って......え?>>>
そんなナレの反応を見て、トタイレレギストも困惑する。
<<<「「........................」」>>>
何とも言えない、妙な静寂が場を支配する。
<<<いや、『誰?』ではない!コタッカだ!コタッカは賢く勇敢な、旅人だ!ナレ、貴様が当主執務室に引きこもっていたあの時、近くの宿屋に滞在していたはずの男だ!貴様がコタッカに助けを求めさえすれば、コタッカは貴様に力を貸し、二人は共に襲い来る困難を跳ね返し時を先へと進めていく!そういう予定だったのだ!!>>>
気を取り直したトタイレレギストが再び怒りながら【威圧】を発し、ナレに喚き散らす!
「待て、待つのだ神よ!そもそも私は、そのコタッカとやらを知らない!しかも、旅人なのだろう!?何故、知りもしない旅人に、助けを求めようという話になる!おかしいだろう!?」
しかし、ナレの困惑は続いている。
そしてその主張はもっともだ。
私も同意してうなづく。
<<<おかしくはないのだ!実は貴様は、幼少のころ、そのコタッカとこっそり遊んだことがあるのだ!貴様はコタッカと共に時を過ごしているうちにそれを思い出し、二人の仲はより深いものへと進展していくのだ!!>>>
「知り合った後にそれを思い出すなら、今の私がそれを覚えているわけがないだろう!?ならば、やはりそんな男に助けを求めに行くはずがないし、その思い出を、思い出す機会はそもそも訪れないのでは!?」
<<<............あっ>>>
<<<「「........................」」>>>
再び何とも言えない、妙な静寂が場を支配する。
<トタイレレギストは、個々人の設定に夢中になるあまり、展開の整合性についてまで意識が及んでいなかったようですね......本当に、配信初心者であったということでしょう>
オマケ様が私の脳内でため息をついた。
「......さて、いい?そろそろ」
妙な空気になってしまった静かなお屋敷前の雪原に、私の声が響く。
私は一歩、二歩と前に踏み出し、改めて拳を構える。
【身体強化】、【身体強化】、【身体強化】......。
攻撃力を高めに高め、一撃を放つ準備を進める。
ミシ......バキバキ......バキバキバキ......。
再び空間が、きしみ始める!
<<<ひ!?......あ、いや......やめよ、呪い子よ!貴様、我を神と知ってなお拳を向ける気か!?>>>
巨大な顔面がうろたえ、偉そうにオマケ様曰く『命乞い』を始めるが、無視だ。
私はナレを振り向く。
「やるよ?」
ナレは一つため息をつき、疲れた笑みを浮かべながら言った。
「......ははは......はぁ、やってくれたまえよ、エミー。なんだかしらけてしまったねぇ。ははは」
<<<やめろ!やめろ!やめろ!我は神だ!その我に拳を向ける!何たる不敬!やめろ!やめろ!>>>
「お前は神かもしれないが、敬おうと、思えない。ただのでかい顔」
とんとん、と足踏みをする。
全力で踏み込むために、【凝固】を使って足場を強化する。
「やめて!そんなことはやめて!」
「......!?」
その時、トタイレレギストの声ではない、女性の声が響いた。
よくよく眼前の巨大な顔面を見ると、その頬のあたりに、女性の顔が浮かびあがっていた。
あの顔は、ケランコだ。
いや、ケランコだけではない。
カラシア、ファテウ、ドッジ、サーレッカ、使用人たち......。
お屋敷のループに囚われていた人間たちの顔が、次々に浮かびあがり、口々に叫ぶ!
「やめなさいよ!どうしてそんな『出来損ない』の言うことに従うの!?」
「この世界を壊されたら、私たちも消えてしまう!そんな酷いこと、やめて!やめて!」
「そもそも、不当に時間を繰り返していたのは、その『出来損ない』が原因だろう!私たちは巻き込まれただけだ!」
「そうだ!巻き込まれただけの私たちを、殺そうと言うのか!?」
「「「「「やめて!やめて!やめて!」」」」」
あぁ、必死の......必死の訴えだ。
「小賢しいッ!!!」
私はそれを、そう言って切って捨てる!
そもそも、ナレのことを『出来損ない』と言っている時点で、あれはトタイレレギストが言わせているだけだ。
それに。
「顔!!お前は、勘違いをしている!!」
<<<なんだと!!?>>>
「私は、ナレに従っているんじゃ、ない!!」
<<<はぁ!!?>>>
「私は、私のためにお前を殺す!外に出るため、お前を殺す!自分のために、お前を!カラシアを、ケランコを、ファテウを、ドッジを、サーレッカを、使用人たちを......そしてナレをッ!!皆殺しにするんだッ!!!」
絶叫する。
あぁ、もう、本当にむかつく。
イライラする。
なんで私が、こんなことをしなくてはならない。
なんで私が、背負わなくてはならない。
<<<そ、そうか!ならわかった!なら貴様を外の世界へと逃がしてやろう!我は神だ!それくらい......>>>
「できるなら、やってみろ!弱りきって、それすらもできないだろ!できないから、今、私はここにいる!!」
<<<ぐ、ぐ、ぐうう!クソ、クソ、クソ、クソ!よくも、よくも!ああ、ああ!よくも!フィーバレヒロ!よくもよくもよくもおおおおおーーーーーーッ!!!>>>
「くらえ、やああああああああああああああああああッ!!!!!」
私は少しだけ屈み、ぐっと地面を踏みしめてから、思い切り......飛び跳ねた!
そしてその勢いに乗せて、強化に強化を重ねた右拳を、巨大な顔面の額に向けて叩きつける!!
<<<ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!>>>
世界を震わすような断末魔の叫びと共に、私の拳を起点として顔面にひびが入っていく。
いや、顔面だけではない。
顔面の端まで伸びたそのひびはそのまま何もないはずの空間にすら黒い根のような傷跡を作っていく。
そして、世界は。
救いのないループを延々と繰り返していたこの小世界は。
大きな音を鳴らしながら、粉々に砕け散り、そして......。
◇ ◇ ◇
気づけば私は、暗闇の中にいた。
ここは、虚無だ。
すぐに私はピンと来た。
転生する前に、一度来たことのある、あの真っ暗闇だ。
しかし、すぐ近くに、以前は知覚できなかった暖かさを感じる。
この暖かさは、世界だ。
アーディストだ。
私はその巨大な質量に自然と引き寄せられ、ふわふわと移動していく。
その途中で、ルークリース家のお屋敷の残骸が、暗闇の中に浮かんでいるのが見えた。
端からちりちりと、分解されて消え始めている。
どうやらこの暗闇に長居するのは、あまりよろしくないことらしい。
「............」
また、私の目に映ったのはお屋敷だけではない。
お屋敷の残骸のまわりには、色とりどりの光の玉が浮かんでいた。
それらは何度か瞬きをしてから、永遠の暗闇に塗りつぶされて見えなくなった。
「............?」
しかし、一つだけ。
薄紫色の光の玉だけが、暗闇に塗りつぶされることなく、私の方に寄ってきた。
光の玉はちかちかと輝き......。
「すまなかった」
と言った。
「許さない。ずっと忘れないから」
「ははは、ありがとう......」
薄紫色の光の玉は穏やかに笑い、そして......。
「!?」
突然私の胸に向かって、飛び込んできた!
ぶつかって跳ね返されることもなく、私の体に......どす黒い魂に吸い込まれていく、薄紫色。
<最後に、これが私からの詫びだよ。ははは、土壇場で、かすめとってやった。感じとれてはいたから、もしかしたらと思ったんだけど......やればできるもんだね!>
脳内に、楽しそうな笑い声が響く。
<ふむ、どうやら君の空腹な魂を満たすには、まだ足りないようだけど、それでもおそらく弱りきっていたとは言えども、神の力だ。少しは足しに、なるだろう>
しかし、楽しそうな声は、どんどん小さくなっていく。
<さて、そろそろ私もとろけて消えるとしよう。エミー、ありがとう。本当に、ありがとう......>
最後にそう言って、薄紫色はただの魔力の集まりとなり、手土産の神の力......大量の魔力と一緒に、私の中へと溶けていった。
◇ ◇ ◇
気づけば、私は一人で雪原の中にたたずんでいた。
奇妙なお屋敷は、もうどこにも見当たらない。
辺り一面、見渡す限りの大雪原だ。
そして周囲を覆っていた白い靄は消え、頭上には雲一つない青空が広がっている。
ビュオオオッ!!
まるで追い立てるかのように、時折強い風が私に吹き付け、体を揺らす。
しかし、私は動かずにじっとしていた。
しばらく、目を閉じて手を合わせ、じっとしていた。
無粋な腹の虫は、一鳴きもすることはなかった。
さてさて、実はあと話数にして2話ほど(実質的にはほぼ1話の分量)のエピローグはあるのですが、これらはおまけみたいなもんです。
これにて大体第10章はおしまいですので、いつもの章終わりの挨拶をしたいと思います。
本章は、結構書くのが大変でした。
いつも以上に、粗も多かったかと思います。
でも、頑張って書いたよ!
楽しんでもらえたなら幸いです。
あ、そういえば先日、本作『オマケの転生者』は、投稿を始めてから1年が経過いたしました。
ここまで続けてこれたのも、ひとえに皆様の応援あってのことでございます。
ブックマークをしていただいたり、評価のお星さまをいただいたり、レビューをいただいたり、いつもありがとうございます。
まだまだ書きたいお話がたくさんあるので、これからもお付き合いいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願い申し上げます。




