157 ルークリース家当主
「だ、誰だ......いや、何!?魔物!?血まみれ毛玉マン!?」
さて、わたくしエミーちゃんが現在突入いたしましたのは、サーレッカの部屋。
ノックもせず、無言で入室してきた私を見て、紺色の髪をした小太りの男、サーレッカは困惑している。
「............」
そしてこの男も、私のことを血まみれ毛玉マン呼ばわりだ。
こんなにも美少女である私に対し失礼極まりない話であり非常に不快だけど、とりあえず話が進まないのでそのことについては放置。
無言で室内を進み、壁にかけてある魔剣『アグゼリアリ』を手に取る。
「ひっ!?お、お助けください!命だけはお助けください!」
それだけでびびってしまったサーレッカは腰をぬかして尻餅をつき、震えている。
私はとりあえず先ほどと同じように、膝を使って『アグゼリアリ』を真っ二つにへし折る。
バキンッ!
そんな音を響かせながら、火花を散らして二つに分かれる『アグゼリアリ』。
今回も、カラシアは気絶させて書庫に放り込んでおいたけど、さっきみたいに万が一目覚めることが、あり得なくもない。
そういう事態に備えて、この魔剣は事前に折っておくのだ。
こうしておけば、誰も死なない。
平和が一番!
「ひ、ひえええええ......!?」
しかし、そんな私の慈愛に満ち溢れた真心は目の前の男、サーレッカには伝わらなかったらしい。
更に顔を真っ青にして、だらだらと冷や汗を流し、変な声をもらしている。
<まあ、目の前で剣をへし折るとか、どう考えても脅しですからね......でも、どうするんですかエミー?この男から話を聞くのでしょう?このままだとカラシアのように気絶してしまうのでは?>
オマケ様、私をなめないでいただきたい。
私は今回、何度も何度もカラシアを気絶させているうちに、なんだか殺気の漏らし方......【威圧】の調節方法が、上達してきた気がするんだよね。
その証拠に、さっきはドッジとたくさんお喋りできたでしょ?
今回だって、うまくやるさ。
ほんのちょっぴり、常に殺気を放出し続け、弱めの【威圧】を放ち続けるのが、スムーズに相手とお喋りするためのポイントだよ!
<それは果たして本当に会話のポイントなのでしょうか?拷問とか、そういった類のポイントなのでは?>
「ねぇ、サーレッカ......私、質問ある。答えてね」
訳の分からないことを言ってるオマケ様はほっといて、質問開始だ。
コミュニケーションで大切なのは、相手の目を見て会話すること!
サーレッカは尻餅をついているので、私もしゃがんでサーレッカと目線の高さを合わせる。
でも、何故かこの男、尻餅をついたまま器用にずりずりと私から離れようとするので、頭を掴んで私の方に顔を振り向かせ、しっかりと目と目を合わせる。
「質問、答えてね」
「は、はいぃぃ......」
よし、会話成立。
<会話成立、しているんでしょうか、これ......?>
さて、私はまどろっこしいことは嫌いだ。
単刀直入に聞かせてもらう。
「ナレ・ルークリース、生きているんでしょ?」
「......!!!」
私の言葉を聞いて、震えていたサーレッカはぴたりと固まってしまった。
驚き、目を丸く見開いている。
「ど......どうして、それを......!?」
そしてサーレッカがかすれるような声でつぶやいたのは、そんな言葉だ。
はい、確定しました。
ナレ・ルークリース、生きています。
<むむ......!ほ、本当に生きていたとは!エミーの読み、あたっていましたね!>
うん。
でも、まだまだわからないことだらけだ。
「どうして、嘘ついた?ナレは死んだって」
「だ、だって......それは、その......」
「多分、ファテウは後妻。ナレの母親、前妻。私、そう思った。違う?」
「い、いや......それは......」
「ナレ、本当はこの家の跡継ぎ。違うの?」
「えっと......えっと......」
サーレッカはおどおどしている。
何を聞いても、目線をそらしてもごもごと口ごもる。
何かに......怯えている?
何を恐れている?
<目の前の毛玉では?>
オマケ様、ちゃかさないの。
このサーレッカ、『ナレは死んでいる』とドッジに嘘をついた。
いや、ドッジだけじゃない。
カラシアやケランコが、自分はこの家の跡継ぎだと言ってはばからない。
そしてそれを誰も否定しないし、誰もナレのことに言及しないのだから、多分、このお屋敷の人間全員が、ナレのことを死んでいると思っている。
どうしてサーレッカは、ナレを死んだことにしたかったのか?
そうすることで、この男に何の利益があるのか?
そこらへん、はっきりさせたいんだけどなぁ。
でも、この男。
どうにもそれを、隠しておきたいらしい。
どうやって聞いても、もごもご言ってはっきりとした答えを返さない。
その事実が明らかになることこそを、この男は恐れているようなのだ。
<......埒があきませんね>
何を聞いてもろくな答えを返さないサーレッカに、オマケ様がため息をつく。
なら、質問を変えようかな。
「ナレは、今どこにいる?」
「それは......その......」
やっぱりもごもごだ。
だんだんと私も、イライラしてきた。
ほんの少し、【威圧】を強める。
「ナレをどこに、監禁している?」
「ち、違う!私は、私は監禁なんてしていない!」
お?
<これまでとは、ちょっと違う反応ですね>
「監禁していない?」
「そうだ!あいつは、じ、自分で隠れているんだ!自分で引きこもっているんだ!私は悪くない!」
「お前は、悪くない?」
「そう!そうなんだよ!私は悪くないんだ!」
「誰が悪い?ナレが悪い?」
「そうだ!ナレが悪いんだ!小娘の癖に、父親に逆らう!お、おかしいだろう!?なあ!?ゆ、指輪だって、大人しく私に渡せば良いものを......」
サーレッカは、【威圧】を強めたことが効いたのか、それとも肯定されたことが嬉しかったのか、先ほどまでとは一転し、ペラペラと喋り始めた。
でも、ちょっと待って。
今、聞き捨てならない発言があったぞ?
「指輪?指輪って......“ランラーシロトカゲの指輪”?」
「あ......あう......」
私が問いただすと、興奮して真っ赤になっていたサーレッカの顔が、再び真っ青になる。
どうやら今の発言は、この男にとっては失言であったらしい。
と、なると......。
「お前は、その指輪を、もともと、持っていなかった?」
「あ......いや......」
「あれは、当主の証の指輪。そうでしょ?なのに、持っていなかった?」
「ち......ちが......」
「お前は、当主では、ない?」
「違うッ!!!」
『お前は当主ではない』。
私のその言葉に、サーレッカは激昂した!
冷や汗を大量に流しながらも額に青筋を浮かび上がらせ、唾を飛ばしながら私に反論する!
「私は!私が今や、このルークリース家の当主なんだ!もう、あの女のご機嫌を伺いながらびくびく生きるのは終わりなんだ!私が!私が!!私が!!!」
サーレッカは床に転がっていた『アグゼリアリ』の折れた刀身を握りしめ、私に向けて大きく振りかぶる!
刀身を直接握りしめているものだから、手のひらが切れて血が流れだしているが、興奮のあまりサーレッカはその痛みにすら気づいていないようだ。
「わかったぞ!わかったぞお前の正体が!お前は悪魔だ!あの女が、私を貶めるために地獄の底から解き放った悪魔の毛玉だ!!なんて女だ!死してなお、この私を苦しめ続けるのか!!だが、私は屈しないぞ!私は、私はぁーーーーーーーーッ!!!」
訳の分からないことを喚きながら、サーレッカは刀身を、私に向けて振り下ろす!
対する私は......特に何もしない。
避けることすらしない。
何故なら、私を斬りつけるために振るわれたはずの刀身は、サーレッカの血で濡れたことで滑りやすくなっており、私に振り下ろされるその途中で、スポッと。
すっぽぬけて、どこかに飛んでいったから。
「「............」」
私とサーレッカの間に、静寂が訪れる。
「あ......あああああああ!?痛ぇーーーーーーーッ!!手がッ!!手が切れたーーーーーーーーーッ!!!」
そして少し遅れて、ようやく手のひらの痛みを自覚したサーレッカが、床を転げまわり始めた!
<なんか......どこまでも、残念な男ですね......>
オマケ様が呆れてため息をつくが、ため息をつきたいのは私もだよ!
なんだこの男は。
喋っているだけで、凄く疲れるなぁ......。
「もういいや。おやすみ」
私は転げまわるサーレッカの頭をつかんで持ち上げて、目線を合わせて強めに【威圧】する。
殺気を送り込む。
「ひゃっ!?」
それだけで、サーレッカはカラシアと似たような変な声を出して、白目をむいて気絶した。
あぁー、うるさかった。
とりあえず、未だに手のひらから血が流れだし続けているので、適当にサーレッカの服を引きちぎり、布にしてきつく縛っておく。
包帯代わりだ。
◇ ◇ ◇
<さて、これからどうするのですか、エミー?>
まぁ、もうね。
大体聞けるだけ話は聞けたと思うしさ。
最後はその、ナレ・ルークリースとやらにさ、会いに行こうかなと思うよ。
<えっ?でも、結局サーレッカは、ナレの居場所を吐かなかったじゃないですか>
うん。
でもさ、オマケ様。
私、そもそもナレの居場所については見当がついてるんだよね。
ガチャリ。
オマケ様と話しながら、扉を開け、サーレッカの部屋を後にする。
「きゃっ!?」
「......!!」
「ち、血まみれ毛玉マン!?」
「............」
すると、部屋の前で待ち構えていたのは、三人のメイドだった。
おかっぱ頭とツインテールのメイドは私の姿を見て怯え、長髪を一つに縛っているメイドはモップを構えて臨戦態勢だ。
どうやら、サーレッカがあまりに騒いだものだから、心配して部屋の前で様子をうかがっていたらしい。
「ひぇっ!?」
「うっ!?」
「あぁっ!?」
「............」
とりあえず、もう話すこともないので、一瞥して強めに殺気を送り、眠っていてもらう。
三人が倒れたのを確認してから、私は廊下を歩き始める。
いやぁ、【威圧】って便利だなぁ。
思えば、師匠もよく【威圧】、まき散らかしていたっけ......。
あの頃は、何をイライラしているんだろう?程度にしか思っていなかったけど、今なら師匠の気持ちも少しはわかる。
【威圧】の便利さには、中毒性があるね。
ついつい使いたくなるね。
<エミー、エミー、話を戻しましょう。ナレ・ルークリースが生きているのは、サーレッカの反応から理解しました。しかし、どうしてあなたは、ナレの居場所に見当がつくのですか?>
それはね、推理でもなんでもなく、簡単な話なんだけど......。
まぁ、その前にこのルークリース家のことについて、さっきのサーレッカの反応をもとに、推理の真似事でもしてみよう。
オマケ様、さっきサーレッカは私の『お前は当主ではない』という言葉に、過剰に反応していたよね?
<確かに。それまでおどおどしていたのに、急に激昂しましたね>
あれって、やっぱり、図星だからなんじゃないかなって、思うんだよね。
<つまり、サーレッカは、自らを当主であると、詐称していると?>
うん。
当主の証である指輪も、どうやらあの男が持っていたわけではなさそうだし。
<そうなると、真の当主は......>
これまでのループの様子を見る限りでは、カラシアは違うし、ケランコも違う。
ファテウって話にもならないだろうし、使用人たちは無関係。
もうさ、そうなるとさ、確定しちゃうじゃん。
ナレだよ。
この家の相続のルールとか、細かいことは全然わかんないけどさ。
ナレ・ルークリースこそがこの家の、真の当主であるべきなんだよ。
<それを認めたくなかったから、サーレッカはナレを、死んだことにして監禁した......?>
サーレッカの言葉を信じるなら、監禁ではないらしいけど。
多分、ナレは身の危険を感じて、籠城したっていう方が正しいんじゃないかな?
そもそも、ナレが邪魔で、ナレが手の届く範囲にいるのであれば、監禁なんかしないで本当に殺しちゃうと思うんだよね。
<なるほど......でも、エミー。あなたはそのナレが籠城している場所、わかるんですよね?何故ですか?サーレッカはそれに関して、一言も発言していませんでしたが?>
それはさ、オマケ様。
さっきも言ったけど、推理でもなんでもないんだよ。
......そろそろ到着するよ。
とことこ、とことこ、とことことこと。
廊下を進んでたどり着いたるは、ひときわ豪華な扉の前。
扉に掲げられたプレートに書かれている文字は、『当主執務室』。
以前のループでは、鍵がかかっていたので、調べることもしなかった部屋だ。
<............あ>
ね、オマケ様。
推理なんて、いらなかったでしょ?
私たちが会ったことのない人物が、このお屋敷のどこかに隠れている。
どこにいるんだろう?
答えは簡単だよ。
私たちが、行ったことのない場所に、いるんだよ!
私は右手に魔力を集め、【大蟷螂】を発動する。
指先から伸びた魔力の刃を無造作に扉に向かって振るい、斬り刻む。
鍵がかかっていようが、私には関係ない。
こうやって穴をあけてしまえば、どんな部屋にも入室可能だ。
ちょうど子ども一人が通れるだけの穴が空いたので、遠慮なくそこから中に入る。
部屋の中は、これまで見て回った他の部屋と比べて、特に内装が豪華、というわけではない。
ケランコやファテウの部屋の方が、なんだかキラキラしたものがたくさん置いてあった印象だね。
本棚があり、必要な書物がそこに納められ、過度な装飾は見当たらない。
仕事のために必要な道具が、必要な場所に設置されている。
まさに、仕事をするための部屋。
執務室なんだから、当たり前だけど。
しかし、何も飾り気が無いわけではない。
部屋に入って最初に目に飛び込んできたのは、壁にずらりと飾られた人物画だ。
男性もいれば、女性もいる。
共通点は、全員が薄紫色の髪をしているということ。
そして......。
「ようこそ私の部屋へ!心の底から歓迎するよ、イレギュラー!」
そう言って革張りの椅子から立ち上がり、不敵な笑みを浮かべる女も、薄紫色の髪だ。
見た目は、十代中ごろ。
簡素なワンピースの上に、大きくてぶかぶかのジャケットを羽織っている。
幼い顔立ちとは裏腹に、その立ち居振る舞いは非常に落ち着いており、老獪さすら感じられる。
かなりやせており弱々しい見た目だが、その黄金色の瞳は爛々と怪し気に輝いている。
「おっと、もうわかってはいるだろうけど、一応自己紹介はしておこうかな?」
女はそう言って、右手を胸に、左手を腰にあて、背筋を伸ばして堂々と己の名を告げる。
「私の名前は、ナレ。このルークリース家の当主、ナレ・ルークリースだ!」
ついに現れたもう一人の『ルークリース家の姉妹』、ナレ・ルークリース!
次回からいよいよ第10章は最終パート!
ちゃんと書き終えてますんで、休まずに投稿します。




