155 小さな違和感
「......は?」
眼下の光景に、思わず声が漏れる。
慌てて口を覆うが、幸いなことに私の声は誰にも届いていなかったみたい。
未だこの部屋の人間は誰も、私の存在には気づいていない。セーフ!
でも、なんで!?
なんでカラシアがここにいるの!?
気絶させたはずじゃ......!?
<おそらく、この部屋への侵入に気を取られ、カラシアへの殺気の送り方が甘かったのでしょう。早くに目覚めてしまったカラシアは、細部に差異はあれど従来のループと同じような行動を繰り返し、父親や使用人たちを斬り殺しながらここまでやってきた、といったところでしょうか>
なんだよ!
せっかくこっちが人死にの無いように配慮して気絶させてやってるってのに、その好意を無下にしやがって!
「カ、カラシア!?ノックもせずに、なんなの?一体何の用ですか、はしたない!」
さて、憤慨する私をよそに、下で繰り広げられるドロドロ家族劇場はいよいよ終盤だ。
混乱のあまり少しずれた非難を繰り広げるファテウに対し、カラシアは笑いながら剣先を向ける。
「何の用?うふふ、知りたいですか?今、私はこのルークリース家の正式なる継承者として、お前たちのような害虫を駆除しているのですよ」
「がい、ちゅ......!?カラシア!あなた、母に対して、何て口を......」
「貴様が!!母を!!名乗るなッ!!!」
笑いながら剣をかまえていたカラシアは、突如として激昂し叫びだした。
かなり情緒が不安定だ。
彼女は既に、狂気にのまれていると言って良いだろう。
場の緊張が高まる。
「貴様が、私に、何をした!!母らしいことを、何かした!?貴様はいつも、ケランコ、ケランコ、ケランコ、ケランコ、ケランコ!!私はいつだって、都合の良いこまづかい扱いだった!!」
「ま、まちなさい、落ち着いてカラシア。誤解よ、私はあなたのことを、思って」
「黙れぇッ!!」
........................うん?
<どうしました、エミー?>
......あれ?なんか、ちょっと......あれ?
私がその時感じたのは、小さな違和感。
しかし、私がその困惑を整理する間もなく、事態は進行していく。
「もはや貴様のような害虫......鳴き声を聞くのもうんざりだ!とっとと......死ねぇッ!!」」
「ひっ!!」
ファテウは顔を真っ青にしながら何やらもごもごと言い訳しようとしたが、カラシアはそんな言葉を聞こうともしない。
剣を頭上に掲げ、ファテウを斬り捨てようと駆け寄っていく!
一方でファテウはというと、震えあがり、後ろに控えていたドッジの背中へと逃げ隠れる!
「ちょ、ファテウ、様!?」
そしてそのままドッジの背中を押し、彼をカラシアの前に突き飛ばした!!
<うわ、身代わりですね>
さりとてカラシアの勢いは止まらず、ドッジに向かって彼女の剣は振り下ろされる。
急に突き飛ばされ体勢の整わないドッジは何ら抵抗することができない。
そのまま、勢いよく振り下ろされた剣は、彼の服を裂き、肉を断ち、命を斬り刻む......。
なんてことには、ならなかった。
何故か?
私が、止めたからだ。
◇ ◇ ◇
(終わった......)
ファテウに突き飛ばされ、カラシアの凶刃の前にその身を差し出す形になった執事のドッジは、ぼんやりとそんなことを考えた。
抗えぬ己の死という運命を前にして徐々に体感時間が鈍化していくが、さりとて戦闘の心得のない彼の体は動かない。
その結果彼が陥ったのは、自身の命を斬り裂くために振り下ろされた刃が徐々に近づいてくるのを、ただ俯瞰的に眺めるだけという状況である。
(これが、因果応報ってやつか?)
どこかふわふわと夢の中をさまよっているかのような彼の思考は、現在己に降りかかろうとしている災難について、そう結論付けた。
最終的には無能なサーレッカやカラシアを陥れ、実は己の娘であるケランコをこのルークリース家の当主へと据える。
彼の目的はルークリース家の乗っ取り。
いや......さらに言えば、その後に待ち受けるルークリース家の破滅自体が、彼の目的だった。
何故、そんなことをするのか?
それは、これが彼のルークリース家に対する......正確に言えば、先代のルークリース家当主に対する、復讐だからだ。
そんな復讐のために、彼は己の身勝手で人を傷つけてきた。
その報いが、迫っている。
そう考えると、諦めもつくというものだ。
(しかし、カラシアに斬られることに、なるとはな......)
ドッジは小さく、ふ、と自嘲をこぼした。
復讐を始めるにあたって、もちろん自分が反撃されるという事態を想定してはいた。
しかしこんな展開は、考えていなかった。
彼の仮想敵は、彼にもっと刃を向けたいであろう因果を持つ者は、他にいた。
“いた”のだ。
しかし、もういない。
まさか、先代の後を追うとは思いもしなかった。
その結果に喜び、復讐の完遂を確信し、油断して、カラシアという伏兵に足元をすくわれた。
あぁ、刃が近づいてくる。
己の死の瞬間が、刻一刻と近づいてくる。
見上げるとそこにあるのは、狂気に染まったカラシアの顔。
血走った眼を見開き、口元は大きく引きつり、恐ろしい形相だ。
ようやく恐怖を覚え、しかし体は動かず、せめてもの抵抗として、目を閉じる。
だが、しかし。
次の瞬間だった。
ダンッ......ミシィィッ!!
室内に、そんな大きな音が響き渡る。
そして同時に、目を閉じていたドッジは己の頬をふわりと撫でる獣臭い風を感じ取った。
(なんだ!!?)
思わず目を見開いたドッジの視界に飛び込んできたもの。
それは......!
毛玉、だった......!!
灰色の体毛を血で染めたその毛玉は、どこから湧いて出てきたのか、いつの間にかドッジとカラシアの間に割り込んでいた。
そしてぴょこんと伸ばした短く細い腕の先に生える白い二本の指先......人間で言うなら右手の親指と人差し指を使ってカラシアの剣を掴み、その動きを封じ込めていていたのだ!
己の振るった剣を指のたった二本で掴まれ、止められたカラシアも!
間一髪、命を助けられたドッジも!
真っ青な顔をしてぶるぶると震えているファテウも!
目の前で推移していく事態についていけず、小首を傾げながら、ただ呆けていたケランコも!
この毛玉状の生物が一体何者なのか、見当すらつかなかった!
しかし、あまりにも特徴的な、その見た目......!
思わず四人の、声がそろった!
「「「「ち、血まみれ毛玉マン......!?」」」」
「だれが、血まみれ毛玉マンじゃい!!!」
次の瞬間だった!
毛玉状生物から、まるで爆風のような殺気が放たれたのは!
(あ、殺される)
ドッジが瞬時にそう悟ってしまうほどの、怒りが込められた殺気だった。
だが、しかし。
意外なことにその毛玉、殺気をすぐに引っ込める。
「すぅーーー......はぁーーー......」
そして大きく深呼吸して、剣を構えたままのカラシアに向かって......言葉を紡ぎ始めたのだ。
その意味の分からない姿かたちとは裏腹に、聞いたこともないような美しい、少女の声で。
「気になること、あるの。質問させてね、カラシア」
毛玉乱入!!




