154 ケランコたちの会話
<さて、今回のループの使い方についてなのですが、ケランコたちを観察しませんか?>
天井をカサコソと移動する私に、オマケ様はそんな提案をした。
ふむ?どうして?
<ケランコたちは、三人で行動しています。彼女らを見張っていれば、今回のループで一度に三人分の主人公判定を行えます>
なるほど。
<そのうえ、彼女らはお喋りです。何かしら、手がかりになる情報をぽろりともらすかもしれません>
確かにね。
さっきのお屋敷探索では、お屋敷の中にいる人間の数とか、全体的なことを調べた。
今回は対象をケランコたちに絞って、情報収集するというわけだ。
了解だよ、オマケ様。
さて、そうは言っても......ひとまず私がやることはさっきと同じく、カラシアを気絶させることだ。
こいつを放っておくと、惨劇が始まってしまうからね。
廊下で泣いているカラシアのもとへ最短時間でたどり着くと、ちょうど指輪を奪い取ったケランコたちがその場から去っていくところだった。
ケランコたちが廊下の角を曲がり見えなくなったのを確認してから、天井からカラシアの目の前に飛び降りて、間髪入れずに殺気を放つ。
「あう!?」
カラシアは訳も分からず気絶。
その体を書庫に寝かせてから、私は急いで廊下へと飛び出し、跳躍。
重力を無視して天井にはりつき、ケランコたちが去っていった方向とは逆側に向かって天井を走り出す。
このお屋敷はロの字型。
ちょっと遠回りになるけど、ケランコたちと反対方向に走っても、彼女たちの部屋にたどり着くことは可能だ。
途中で使用人とすれ違わなかったこともあり、私はすぐにケランコの部屋に到着した。
耳をすますと、曲がり角の向こう側からケランコたちがこちらに向かって、のんびりおしゃべりしながら歩いてくる音が聞こえる。
すぐに部屋の扉の前に降り立ち、室内に侵入。
扉を閉めてから、再び跳躍。
天井にはりつき、部屋の片隅に移動。
よし!
先回り成功!
これは理論上、最速でこの部屋に侵入できたと言っても過言ではないのでは!?
<いえ、途中使用人とすれ違わなかったということは、廊下を移動する際に天井へ跳躍する必要はなかったということになります。その分を詰めれば、更なるタイムの短縮は可能です。次回の課題ですね>
いや、オマケ様、次回とかないから。
私は別にケランコのお部屋侵入タイムアタックをやっているわけではないんだよ?
「あ~、喉乾いた~!」
「うふふ、今にドッジがお茶を持ってきてくれるわよ。少し待ちなさいな」
おっと、ここでケランコと“おかあさま”......ファテウが部屋にやってきた。
わいわい騒ぎながら、室内の椅子に腰かける。
そして、二人から少し遅れてドッジも入室。
彼はお茶の準備をしていたんだね。
カラカラと、お茶のポットなどを乗せたワゴンを押しながらの登場だ。
そして手際よく準備を進め、給仕を始める。
「うふふ~!この指輪、本当にかわいい!透かし彫りされたトカゲさんが、とってもおしゃれなの~!」
ケランコが左手の人差し指にはめた指輪を眺めながら、上機嫌でうっとりと、そんな聞き覚えのあるセリフを言う。
......ちゃんと生きてるケランコ(変な表現)をじっくり見るのはこれが初めてだけど、こいつ姉と比べると確かにかわいい顔してんな。
大きな瞳に長いまつげ、少し小柄で華奢な風貌。
姉のカラシアも、ちゃんとすればクールビューティー!って感じなんだと思うけど、ケランコは守ってあげたい小動物系って見た目をしている。
「良かったわねぇ、ケランコ!」
「......ふふふ、ケランコお嬢様......その指輪は、大事にしないといけませんぞ?」
「............」
さて、そんなケランコと、テーブルを挟んで座って一緒にお茶を飲んでいるケランコの母親ファテウ、その後ろに控えるドッジ。
三人とも、私には気づくこともなく、楽しそうにティータイムを満喫している。
そもそも、このお屋敷の天井が高すぎるのがいけないわけだ。
天井は、下を歩いている人の視界には一切入らなくなるわけだからね。
そうなると、私のように天井にはりつける人間が侵入し放題になる。
これは防犯上の観点からすれば、大きな問題だ。
<いや、天井にはりついて行動できる人間なんて、そうそういないと思うんですけど......>
でも、私はできる。
なら、他にもできる人間はいるはずだ。
もし将来、私が家を建てることがあれば......天井は低い、こじんまりとした家にしよう。
「お姉様ったら、ずるいわよね!こんなにかわいい指輪を隠し持っていたなんて!」
「本当ねぇ!ケランコに指輪を隠すなんて、どうしてあんなにも性格の悪い子に、育ってしまったのかしら?やっぱり、血筋の影響かしらぁ?」
「かわいい指輪なんだもの、お姉様よりもかわいいこの私が付けるべきよね?そうよね?ドッジ」
「はい、その通りでございますよ、ケランコお嬢様」
「お姉さんにいじめられたら、必ず私に言うのよぉ?おかあさまが、絶対にあなたを守ってあげるんだからね?」
........................。
さてさて、ここからだ。
ここから先の会話は、私にとっては初見の情報だ。
<前に話を盗み聞きしていた時は、この時点でカラシアの方に注意を向けてしまいましたからね>
うん。だからここから先の、こいつらの会話は初めて聞く。
【気配遮断】に綻びが無いことを確認し、足元で続く会話に耳を傾け、集中する。
すると、次に口を開いたのは、ファテウの後ろに控えた男、ドッジだった。
「ふふふ、『守る』ですか。しかし奥様、もしかするとケランコ様を守る、その必要は近々、無くなるかもしれませんぞ?」
お?
「え?ドッジ、それはどういうことかしら?」
奥様......ファテウはティーカップをテーブルに置き、小首を傾けドッジを見つめる。
ドッジはにっこりと微笑み言葉を続ける。
「奥様、そしてケランコお嬢様......さきほどカラシアが、その指輪をどうしてあそこまで必死になって守ろうとしたのか......おわかりですか?」
うわ、こいつカラシアのこと呼び捨てかよ。
「え~?どうして?そんなのわかんないよ~!私、なぞなぞって、苦手なんだもの!」
「何が言いたいのかしら?結論から仰いなさいな、ドッジ」
娘と母はそろって小首を傾げている。
その姿は本当にうり二つだ。
そんな二人にお茶を注ぎながら、ドッジは優しく告げるのだ。
「ケランコお嬢様がつけていらっしゃるその指輪は、代々このルークリース家の当主に引き継がれていた、“ランラーシロトカゲの指輪”。いわば、当主の証なのです」
......と!
<あぁ、なるほど。この執事のドッジは、この指輪の真の価値を知っていたのですね>
「え~!?ということは、私ってば、指輪をはめていればこのおうちの当主様なの~!?すご~い!」
その事実を知った二人の喜びようは凄まじかった。
ケランコは騒ぎながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。
「素晴らしい......素晴らしいわ!ドッジ!」
ファテウは感極まって、その両目を潤ませている。
「ふふ、奥様......お化粧が崩れてしまいますよ?」
「構わないわよ!こんな、こんな素晴らしいことがあるなんて!あのくだらない男の血が混じっているカラシアではなくて、私たちの大切なケランコが、この家を継ぐことになるのでしょう!?こんなに喜ばしいことはないわ!!」
............ん?
ドッジは、笑顔のまま己の口元に人差し指を立て、「シッ」と音を立てた後、その人差し指をファテウの唇にあて、黙らせる。
それをされたファテウの様子は、どう見ても頬が紅潮し、その瞳は優しく細められ......。
............んんんんんんんんんん!?
<はぁぁぁぁぁぁぁッ!こ、これは!この雰囲気は!間違いなく、この二人!!>
......できてる、よね?
<しかも!この会話の流れから察するに!あのケランコの父親って、ほぼ間違いなく!!>
......ドッジ、だよね?
<はぁぁぁぁぁぁぁッ!>
......ああ!もう、オマケ様うるさい!!
人んちのドロドロで興奮しないでよ!!
と、なると、あれですか。
この推測が、正しいとするなら、ですよ?
もしこのままケランコが本当にこの家の当主におさまる未来があったとしたら、それって完全なるお家乗っ取り案件だよね?
ケランコにルークリースの血って、一滴も流れてはいないのでは......?
<はぁ、はぁ......そうですね。そしてカラシアの発言やこれまで見聞きしてきたケランコとファテウの態度からして、彼女たちには鉱山管理などの執務能力は期待できないでしょうし、そうなるとこの家の実権を握るのは......>
ドッジってことか......!
改めて、室内を見下ろす。
ケランコは未だに、ぴょんぴょん飛び跳ねて興奮している。
ファテウとドッジは......なんかいちゃいちゃしている。
うん、もはやあの二人はそういう関係性にあるとしか思えない。
二人はいつの間にか距離をつめ、ドッジはファテウのきらきらした髪を優しくなで、ファテウはファテウで椅子に座りながら体を横に傾け、隣に侍るドッジの体に体重を預けている。
間違っても、奥様と執事の距離感ではない!
<カラシアが、使用人も自分を蔑ろにする、というようなことを言っていましたが、それはドッジが裏で手をまわしていたからなのかもしれませんね。嫡子であるカラシアを、排除するために......!>
さて。
新たに透けて見えてきた、このお屋敷のドロドロ家族事情。
私とオマケ様はそれを盗み聞くことに夢中で、周囲への警戒を疎かにしていた。
いくら私の耳が超絶感度のスーパーファンタジー聴覚を有しているからと言って、いつもいつも何もかもを聞き取れるというわけではないんだ。
簡単に言えば、注意を向けないと、聞き取れない。
そりゃそうだよね。
全ての物を聞き取り続けるなんてことしていたら、あっという間に疲れてしまうよ。
で、だ。
故に。
ケランコたちのドロドロ家族劇場を、夢中になって聞き入っていたが故に。
同時進行で部屋の外で進んでいた惨劇については、私はすっかり気づいていなかったのだ。
そしてその事実に気づいた時には、事態は既にどうしようもないほど手遅れだった。
バアン!
ここで、突然大きな音を立てながら、勢いよくケランコの部屋の扉が開いた。
驚きぎょっとして、思わず扉に目をやるケランコ、ファテウ、ドッジの三人。
さらに言えば、私とオマケ様も驚いた。
廊下からゆっくりと、引きつった笑みを浮かべながら入室してきたのは、魔剣『アグゼリアリ』をかまえた血まみれのカラシアだった。
ちなみに、ケランコが指輪を『左手の人差し指』にはめていますが、特に意味はありません。
右ききの子が何も考えずに指輪をはめたら、そこにはめるかな?っていうだけの話です。




