148 惨劇の結末と惨劇の始まり
私は奇抜な外観のお屋敷に向かって、一直線に走り寄る。
時間がない。
馬鹿正直に、正面玄関にまで回っていく気はない。
私は走り寄った勢いのまま、お屋敷の窓に向かって飛び跳ねる。
ガシャアアンッ!!
私の体当たりで窓が割れて、大きな音が鳴る。
お屋敷の中に侵入成功。
ガラスの散らばった床をごろごろと転がって、勢いを殺す。
辺りを見回すと、ちょうどそこには、廊下に倒れて死んでいる使用人の女性の姿があった。
袈裟懸けに斬りつけられており、廊下の床は女性の血によって真っ赤に染まっている。
そして、その真っ赤に染まった床から廊下の先へ点々と続いているのは、足跡だ。
おそらく、カラシアの足跡。
私はその足跡を追って、廊下を走りだした。
<......お屋敷の中には、入るつもりはなかったのでは?>
オマケ様、だって人が死んでいるんだよ?
<人が死んだから、何なんですか?あなたには関係ないでしょう?>
......確かに、関係はない。
このお屋敷の人間は、私にとっては見ず知らずの、赤の他人。
正直、生きていようが死んでいようが、どうでも良い。
そこの廊下で転がっていた使用人の死体を見ても、特に何の感慨も湧かない。
私も私で、酷い性格してるよね。
<ならば、何故?>
だけどさ、オマケ様。
この問題、『殴れば解決』しそうじゃない?
<確かにカラシアを殴れば、これ以上の殺戮は、起きませんね>
正直、自業自得感もあるしさ。
このお屋敷の人間がどうなろうと、知ったこっちゃないんだけど!
後になって、この事件を思い出して、『あの時、自分にも、何かできたのでは?』とか考え始めたらさ、もやもやして気持ち悪いじゃん?
<なるほど。そういう理由ならば、納得しました>
だけど、まぁ......。
<ちょっと......遅かったかも、しれませんね......>
カラシアの後を追って廊下を走る私だけど、目に飛び込んでくる使用人たちは、既に全員が死んでいる。
思ったより、カラシアの行動が早い。
このお屋敷は、(私にとっては)もろい木製の建物だ。
少しでも力を込めすぎると、すぐに壊れてしまう。
当然、私の移動速度にも制限がかかっている。
魔力で床を強化するにも、限度があるのだ。
「ぎゃああああっ!!」
ここで、私の耳に、女性の絶叫が飛び込んできた。
これは、あの“おかあさま”の声だ。
<エミー!声がしたのは......あそこです!廊下の先にある、あの部屋の中です!!>
私はオマケ様の指示した部屋に駆け寄り、その部屋の扉を思い切り開け放つ!
バアンッ!!
勢いよく左右に開いた木製の扉が、壁にぶつかって大きな音を立てる。
そしてそのまま......ボフン!と、部屋の床に敷かれたカーペットに向けて、倒れた。
扉を開ける際、少し力加減を間違ったみたい。
扉の蝶番が、壊れてしまったようだ。
しかしながら......これだけ音を立てているにも関わらず、私の方を振り向く人間は皆無だった。
この部屋は、おそらくケランコの部屋。
もともとこの部屋にいたはずの人間は、ケランコ、“おかあさま”、そしてドッジだ。
ドッジは......おそらく、部屋の入口近くの血だまりの中に、うつぶせで倒れている男性だろう。
茶色い髪をオールバックにしており、黒を基調としたスーツのような服を着こんでいる。
体つきはがっしりとしていて、たくましい。
でも、もう死んでいる。
“おかあさま”は......その奥であおむけに倒れている女性だろう。
肩から袈裟懸けに斬りつけられたのだろう傷口が痛々しい。
キラキラ光るドレスを着ている。
ふわふわとしたくせ毛の金髪も相まって、“華やかな美貌”という形容が良く似合う女性だ。
もっとも、こちらも血だまりに浸りながら、既に死んでいるが。
そして、ケランコは部屋の中央に立っている女性だろう。
年齢は、14、5歳程度だろうか。
こちらもキラキラのドレスを身にまとっている。
母親に似て、髪の毛はふわふわのくせ毛だ。
髪色は、茶色。
そのケランコだが、もともと大きな瞳をさらに大きく見開いて、長いまつげを震わせながら、何やら口をパクパクしている。
何故かと言えば、その胸を、鋭い剣で一突き、貫かれているからだ。
痙攣する体からは血があふれ出し、その命が長くないことは【魔力視】で確認できる魔力がもはや幾ばくも残っていないことからも、明らかだ。
......あ、死んだ。
ドシャリと音を立てて、ケランコの体は血だまりの中に倒れ込んだ。
その指にはめた、トカゲの姿が透かし彫りされた銀色の指輪も、血によってどす黒く染まる。
それと同時に、ケランコを剣で刺していた人物もよろめき、床に両手をついてうずくまった。
「ふ......うふふ、あはははは......はあ、はあ......」
不気味に小さく笑いながら、荒く息をするこの女性こそ、カラシアだろう。
年齢的には、ケランコと同じくらいに見える。
サラサラとした、ストレートで紺色の髪。
ケランコとは違って、地味な灰色のワンピースを着ている。
「はあ......あはは......あはははは!あははははは!!あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」
カラシアは、狂ったように笑い続ける。
部屋に乱入してきた私の姿など、目に入っていないようだ。
その瞳は光なく虚ろで、焦点があっていないように思える。
<......遅かった、ですね>
オマケ様が、静かにつぶやく。
何かしよう、どうにかできないかと飛び出してきたは良いものの、これが現実である。
誰一人として救うことはできず、私が駆け付けたからと言って、事態は何ら予見された未来から変わることはなかった。
悲しくはない。
悔しくもない。
他人がどうなろうと、知ったことではない。
それは私の、心の底からの本心であったらしく、微塵も心が動かない。
その事実に、自分のことながら、少しだけ引く。
しかし、それよりも、そんなことよりも、私の心の中を大きく占めていた、想い。
それは、無力感だ。
私は強い。
私は強くなった。
殴って解決できる問題であれば、大抵はなぎ倒して進んでいくことができる。
今の私には、そんな傲慢があった。
でも、無理だった。
遅すぎた。
何もできなかった。
己の傲慢に伸びきった鼻をぽっきりと折られて、私は呆然としていたのだ。
だが......さらに、事態は動く。
「あはははは!あははははははははは......うっ!!?」
「!!?」
狂ったように笑い続けていたカラシアが突然自分の胸を抑えたかと思うと......そのまま顔から床に倒れ込んだ。
そして、ぴくりとも動かなくなった。
「......え?」
思わず、声が漏れてしまった。
力なく床に横たわるカラシアの体からは、一切の魔力が感じ取れない。
となると、彼女がどうなったのか。
結論を出すことは容易い。
即ち、彼女もまた、死んでしまったのだ。
「......は?」
え?なんで?
なんでお前も死ぬの?
意味わかんないんですけど?
<このカラシア、体が弱いと、言っていましたよね?>
混乱する私に、オマケ様が解説をする。
<もともと体が弱く......魔力量も、それほど多くは持っていなかったのでしょう。そんな人間が、半ば暴走気味に魔剣を使用し、その魔力を吸いつくされる。すると、どうなるか>
魔力が......吸いつくされて、枯渇する......?
<健康な人間であれば、吐き気やめまい、もしくは一時的に意識を失う程度で済んだのかもしれません。しかし、彼女はそうではなかった>
体が......弱かった。
<そう、体が弱かった。故に、魔力枯渇に耐えきれず、死んでしまった。そんなところでしょう>
........................。
なんだ、これは。
なんだ、この、どうしようもない、結末は?
お屋敷の中の人間は、もはや皆死んでしまったのだろうか、物音は聞こえない。
風も吹いていない。
私の呼吸音と、鼓動の音だけが、部屋の中に響いている。
......響いて、いた。
しかし、だ。
ドサリ、と。
そんな、何かが倒れるような音が、私の後ろ、部屋の外の廊下から、聞こえてきたのだ。
私は、思わず振り返った。
すると、そんな私の視界に飛び込んできたもの。
それは。
......何とも、『奇妙』としか言いようのない外観をしたお屋敷だった。
まず、屋根は真っ赤。真っ赤っか。あと、窓枠とか、要所要所も赤く塗られている。
そして壁は真っ黄色に塗りたくられ、ところどころに赤い水玉模様が描かれている。
周りには真っ白な雪が降り積もっているだけに、その外観は異様に目立つ。
「は!?」
<え!?>
私もオマケ様も、思わず驚き、声をあげた。
私は、この奇妙なお屋敷の、血まみれの部屋の中に、立っていたはずだ!
それなのに......それなのに。
私は周囲を見回す。
ここは......外だ!
お屋敷の、玄関の前に、私は立っている!!
正面にあるお屋敷と、そのそばにある倉庫以外は、あたり一面の銀世界。
吹雪は止んでおり、風はない。
雪も降っていない。
ただし、靄に包まれているので視界は悪い。
<い、一体何が......!?>
オマケ様ですら、何が起きたかわからず困惑している。
これは、なんだ。
私の身に、何が起きた?
お屋敷の......部屋の中から外に......ワープした?
なんで?
<わかりません!これは......おかしい!おかしいですよ、エミー!?>
そんなこと、言われなくてもわかってるよ、オマケ様!
私は混乱していた。
そりゃ、そうだ。
オマケ様だって、何が起きているのかわからないんだもの。
だけど、そんな私の耳に。
お屋敷の、中から。
私の頭をさらに混乱させる、声が届いたのだ。
「やめなさい、ケランコっ!!」
それは甲高い女性のヒステリックな叫び声だった。
「ひ、酷いわカラシアお姉様......乱暴なこと、しないで?ほら、私の手のひら、赤くなっちゃった......」
「まぁ!大変だわケランコちゃん!すぐにケガのお手当をしましょうね?」
「おいたわしや、ケランコお嬢様......」
次いで、先ほどの女性の声と同じく聞き覚えのある三人の声が、研ぎ澄まされすぎた私の聴覚に、捉えられる。
そう、聞き覚えがあるのだ。この声には。
いや、声だけじゃない。
そのセリフにも、聞き覚えがあるのだ。
私は......ついさっき、倉庫で盗み聞きをしているときに、そのセリフを聞いているのだ。
「......とにかく、この指輪まで、あなたに渡すわけにはいきません。失礼します」
「う......うわあ~~~ん!お姉様が、意地悪する~~~!」
「まぁ!カラシア、あなたはお姉さんでしょう?少しくらいかわいい妹のお願いを、聞いてあげたらどうなの!?」
「......!『少しくらい』、と、仰りましたか?おかあさま。私は......ドレスも、髪飾りも、ネックレスも、何だってケランコに奪われてきたわ!それなのに、『少しくらい』ですって!?いい加減にしてください!!」
「母に口答えをするのでは、ありません!ドッジ、やりなさい」
「はっ!」
「ちょ、何をするの、ドッジ!やめ......やめて!あぁっ!」
このやりとりだって、さっき聞いた。
おかしいんだ。
これは、おかしな事態だ。
だって、この声の主たちは皆......。
さっき、死んでしまった、はずなのに。
<これは......これは、まずい>
どうやらオマケ様はここで、私たちの身に何が起きたのか、理解したようだった。
ぽつりと、つぶやく。
<時間が......ループ、している......>
脳内に響くその声は、かすかに震えていた。
はい、ということで。
本章のメインテーマは、「ループ」です。
姿の見えない超常現象を相手に、エミーとオマケ様はどう立ち向かうのか!?
次回から捜索パートですが、ちょっと更新まで間が空きます。
ごめんね!待っててね!




