147 倉庫から盗み聞く惨劇の始まり
「うふふ~!この指輪、本当にかわいい!透かし彫りされたトカゲさんが、とってもおしゃれなの~!」
私が盗み聞きを再開してまず初めに耳に入ってきたのは、そんなケランコの嬉しそうな声だった。
彼女はよく喋り、よく笑う。
のんびりと甘えたような声が、ねっとりと妙に耳に残る。
「良かったわねぇ、ケランコ!」
「......ふふふ、ケランコお嬢様......その指輪は、大事にしないといけませんぞ?」
次に聞こえてきたこの声は、“おかあさま”とドッジだな。
「お姉様ったら、ずるいわよね!こんなにかわいい指輪を隠し持っていたなんて!」
「本当ねぇ!ケランコに指輪を隠すなんて、どうしてあんなにも性格の悪い子に、育ってしまったのかしら?やっぱり、血筋の影響かしらぁ?」
「かわいい指輪なんだもの、お姉様よりもかわいいこの私が付けるべきよね?そうよね?ドッジ」
「はい、その通りでございますよ、ケランコお嬢様」
「お姉さんにいじめられたら、必ず私に言うのよぉ?おかあさまが、絶対にあなたを守ってあげるんだからね?」
......う、うーむ......。
ねぇ、オマケ様。
<はい、なんでしょう、エミー>
私さ、実は前世も今世も、まともな家族に育てられた記憶がないから、確証が持てないんだけどさ......。
<はい>
姉から無理やり指輪を奪い取っておいて、この言い様......。
この家族ってさ......控えめに言って、割とクズじゃない?
<その認識で、概ね間違いないかと。少し会話を聞いただけで何だか察してしまえるあたり、筋金入りのクズですねぇ>
(思い出したくもないけど)自然と父親の顔が、思い出される。
まともに動けない乳幼児であった私に、虐待を加えていた父。
しまいには私の顔すら忘れ、槍を向け村から追い出してきた父。
あれも相当なクズだった。
だけど、それとはまた違ったクズの形が、ここにはあったのだ......。
<そして、エミー。さっきの話、ちゃんと聞いていましたか?あの“おかあさま”、一つ看過できない発言をしていましたよ?>
え?ごめんオマケ様、聞いてなかった。
ついつい思い出したくもないゴミクズの顔が脳裏にちらついて......。
<あの女、姉のカラシアに向かって、『血筋の影響かしら』と発言していました>
......!
あの女は、“おかあさま”なんでしょう?
普通は、自分の娘に対して、そんなこと言わないよね?
<はい。可能性としては......これも異世界転生配信あるある設定なのですが、あの“おかあさま”と姉のカラシアは......血がつながっていないのではないでしょうか?>
え?え?
どういうこと?
<つまり、あの“おかあさま”は継母なのです!おそらく、もともとカラシアとケランコの父親の愛人か何かだった彼女が、何かのきっかけで継母としてこのお屋敷にやってきた......ケランコはその、連れ子というわけです!>
う、うわ。
じゃあ継母と連れ子が一緒になって、もともと家にいた姉をいじめてるっていうの?
<それが太古より脈々と受け継がれてきた、異世界転生配信あるある設定の定石ですね!>
誰か止めてあげてよ......父親は何をしているんだろう?
<父親も妹を溺愛していて、一緒になって姉をいじめるとか、全く娘たちには無関心で姉がいじめられていても興味がないとか、パターンはいくつか考えられますが......この家ではどうなんでしょうね?>
............。
気になった私はケランコたちから注意を外し、その父親の声を盗み聞きしながら探し始めた。
そもそもその父親がどんな人物なのか?どんな声なのか?
それすらも知らないので、この父親探しには結構時間がかかるかと思ったけど、それは杞憂だった。
「何とかしてください!お父様!!」
そんな、ヒステリックなカラシアの声が、私の耳に届いたからだ。
◇ ◇ ◇
「ケランコのわがまま、横暴は日に日に酷くなっております!あんな性格のままで、我らがルークリース家の娘であると、どうして他家に紹介できますか!お父様はどうして、あれをあのままにしておくのですか!」
キンキン響く甲高いカラシアの声。
「う、うん、そうだね......それは、そうなんだけど、ね......?」
対して、そのカラシアに責められながらおどおどと小さな声で返答を返しているのが、きっと彼女たちの“お父様”なんだろう。
「ドレスが欲しい、ネックレスが欲しいと、なんでもかんでも私の物を奪い去り、使用人たちもそれを止めようとしない!どういうことなのですか!私はこのルークリース家の次期当主だと、お父様は以前、そう仰っていましたよね!?そんな私に対してこの仕打ち......おかしいではありませんか!?」
「お、落ち着いて?カラシア......あはは、君はお姉さんなんだから、少しは寛大な心を持って、ね?」
「寛大な心を持って、私はケランコに接してきました!その結果が、この様です!あれは増長し、使用人たちも皆、私を蔑ろに......ゲホッ、ゲホッ!」
「あぁ、ほら、カラシア......君は体が弱いんだ......そう、興奮してはいけないよ......体に悪いよ......」
......うーん、なんだろう、この父親。
少なくとも、継母や妹と一緒になって、姉をいじめている、という人間ではないようだけど......。
<とにかく、頼りないですね。なるほど、あまりになよなよしていて、後妻や妹の暴走を止められない、そういうパターンでしたか>
「はあ......はあ......とにかくお父様、このままではいけません。先ほど、ケランコが私から奪い取っていった物が、何だったのか。おわかりになりますかお父様?指輪ですよ?」
「ゆ、指輪?いつものことじゃないか......」
「ただの指輪ではございません!“ランラーシロトカゲの指輪”です!ルークリース家当主の、証の指輪ですっ!!」
は?
「え、な、あれ!?な、そもそも、なんでそれを、君が持って......!?」
「あなたが!しっかり!管理していないからでしょう!?......私の部屋の前に、落ちていたのですよ!お父様にお返ししなければと拾い上げたところをケランコに見つかり、奪われたのです!どうして、あなたは当主の証すらまともに管理できないのですか!いつも指にはめておけば良いのに、どうしてそうしないのですか!」
「い、いや、その、えっと......」
「とにかく、あの欲しがりの妹のことです。あれが当主の証の指輪であるとわかれば、次に望むものは何か、お分かりになりますね?」
「............」
「身の程知らずにも、当主の座ですよ。あれは望みますよ。おかあさまもドッジも、きっとそれを認めますよ。その結果、ルークリース家に待ち受ける未来が何か、おわかりになりますね?」
「............」
「破滅です。バカですからね、あれらは。散財することしか、脳がありません」
<先ほどの指輪強奪事件......思っていた以上に、大事な事件でしたね......>
「今こそ、現当主として、威厳あふれる姿を見せるべき時ですよ、お父様......あの指輪は、今は、あなたのものでしょう?一言ケランコに『返せ』と言う、ただそれだけで、良いのですよ?」
ゆっくりと、諭すように、父親に向かって語りかけるカラシア。
それに対する、父親の返答は。
「............でも......」
そんな、一言だった。
「........................」
カラシアと父親の周りが、静寂に包まれる。
ぎりり、と。
歯ぎしりする音が聞こえた。
「あなたは......本当に......どこまでも、どこまでも......愚かで、無能なのですね」
声を震わせながら、カラシアがつぶやく。
そして......。
「ふ......うふふ......あはははは......」
そして、笑い出した。
能天気で底抜けに明るい、ケランコの笑い声とは違う。
暗く、重く、悲しみと怒りが込められた、投げやりな笑い声だった。
「もう......いいや。もう、どうでもいい。バカみたい。私ばっかり、我慢して......」
こつこつと、歩く音が聞こえる。
ついで、がちゃがちゃと、金属がこすれるような音も。
「え......カラシア、あ、危ないよ?そんなものを持って、どうする気だい?それは......」
「魔剣、でしょう?魔剣『アグゼリアリ』。使い手の身体制御を補助し、お父様のような軟弱者でも、魔力さえ注ぎ込めばある程度は戦えるようになるという、見栄を張るための、秘密の魔道具」
「な、なんでそれを」
「少し調べれば、見た目でわかります。なかなか恰好良い剣ですよね」
「そうじゃない!カラシア......そ、そんなものを持って、君は一体、何を......」
「な、に、を?」
おどおどと、おびえた声を出す父親に対して、カラシアは心底呆れたように、冷たい声で言い放った。
「そんなことも、お分かりになりませんか?無能。これで、邪魔な人間を、消してしまうのです。このお屋敷にいるのは、皆戦闘の心得の無い者ばかり。体の弱い私でも、この魔剣さえあれば、粛清を行うことは可能でしょう」
「ま、まて!やめるんだ!落ち着くんだカラシア!ケランコは、君の妹なんだよ!?家族なんだ!殺してしまうなんて......そんなの、そんなの......!」
「お父様、あなたは、勘違いをしていらっしゃる」
ブシュッ。
「......え?」
「私は『邪魔な人間を消す』と、言いましたね?何故、殺すのがケランコだけであると、思ったのですか?」
「あ......あ......」
「無能の癖に、当主面をするあなたは、すこぶる邪魔ですね。死んでしまった方が、よっぽどルークリース家のためになります」
「あ......」
「死ね」
ドサッ。
重たい何かが床に倒れる音が響いた。
父親のおどおどした声は、もう聞こえなくなった。
「うふ、あはは......私ったら、おバカさんよね。初めから......こうすれば、良かったのだわ......」
コツコツと靴音をたてながら、カラシアは歩き出した。
「......ひっ!?カラシア、様!?その血は、一体......あっ!?」
次に聞こえたのは初めて聞く女の人の声だったけど、ザシュッ!という音がしてから、それは聞こえなくなった。
コツ、コツ、コツ......。
「あ!?」
ザシュッ。
「ひぇっ......!?」
ザシュッ。
カラシアが歩く靴の音と共に、時折短い悲鳴のようなものと、何かを斬りつけるような音が響き、そして静かになる。
私は。
私は、いきなりの展開に驚き、混乱して固まっていた。
でも、少しの逡巡の後......立ち上がり、背を預けていた倉庫の石壁を思い切り......殴りつけた!
ドォォォンッ!!
石壁は吹き飛び、倉庫に大きな穴があく。
倉庫の外は、雪景色。
降り積もった雪の白がまぶしい。
私はその穴から外に飛び出して、お屋敷に向かって走り始めた!
いきなりぱぱっと発生する惨劇。
インスタント惨劇ですね。




