142 【神々のお話⑧】聖神ライントーリエと邪神バハリア
「「........................」」
どこまでも続く、白い空間。
その空間にぽつんと、淡い緑色のふんわり柔らかそうなソファが置かれている。
そのソファに腰かけながら、金髪の美女とねじ曲がり渦を巻いた角を耳の上から生やした美男、即ち聖神ライントーリエと邪神バハリアは、無言で目の前に置かれた薄い板を眺めていた。
その板には映像が......事前に撮影しておいた、編集前の勇者トーチ・フェノベンの活躍が、映し出されている。
「「........................」」
で、その映像を眺めながら、2柱はひたすらに無言である。
......はじめは、こうではなかった。
仕事を早めに切り上げ集まった2柱は、ライントーリエが大量に揚げたコロッケ(っぽいもの)をつまみながら、あといちゃいちゃしながら、楽しく映像を眺めていたものだった。
現在配信中の【赤髪勇者物語】は、『再序盤にメインキャストであったはずの賢梟フォルオウルが気づいたら死んでた事件』というハプニングは起こったものの、ここ最近は安定して物語が進行しており、視聴回数もかなり伸び始めていた。
もともと異世界転生配信は2柱が好きでやっていることだし、その作品の人気が出始めているともなれば、細々とした編集作業や動画確認も、何ら苦ではない。
今回の、映像確認だってそうだ。
楽しく楽しく、コロッケ(っぽいもの)をお互いに食べさせあいながら、2柱で映像を眺めていた。
物語にメリハリを出すため、どのシーンを削ろうとか、そういうことを話し合いながら、和気あいあいと映像を眺めていたのだ。
ところが、である。
現在の2柱は、無言。
重苦しい空気が流れる中、ひたすらに無表情で、映像を眺めている。
「............」
映像がきりの良いところまで進んだので、ライントーリエはリモコンのボタンを押して、映像板の電源を切った。
そして両手で顔を覆い隠し、うなだれてつぶやく。
「......なんで、こんなことになったの......?」
そんなライントーリエの頭を優しくなでて彼女を慰めるバハリアだが、彼の表情もまた、こわばっている。
◇ ◇ ◇
さてこの2柱、どうしてこんなにも意気消沈しているのかと言えば、それは先ほど彼らが確認していた映像内容が、予定していたシナリオとは全く異なるものになっていたからだ。
「......整理しよう。情報を、整理しよう」
そんなバハリアの一言から、今回の反省会が始まった。
「......えっと、元々のシナリオ的にはさ、今回は『たまたま勇者くんが立ち寄った町が魔王軍によって襲われて、大きな被害をだす』はずだったよね?」
「あぁ、事前の“運命の確認”では、そうなっていたな。魔王軍の主戦力が、勇者の村が滅ぼされた時と同じ暗黒魔狼であったこともあり、勇者は魔物と同時に心の傷とも対峙しなくてはいけないという......けっこう重めのシナリオだったはずだ」
「今回の敵役の......デオガンダイだっけ?あれの策略がばっちり決まってさ、大分人が死ぬはずだったよね?」
「そうだ。だが......」
そうはならなかった。
パラサイトマッシュルーム、マッドタッドポール、東門の暗黒魔狼とヒュージレッドボア......。
デオガンダイの用意した仕込みはことごとくが不発に終わり、勇者たちはほぼ無傷のまま、デオガンダイに勝利した。
「最後のデオガンダイの戦い......あれ自体は、そこそこ見ごたえはあったけどね」
「追いつめられて、覚醒につぐ覚醒......思わず『いや、お前が主人公かよッ!!』と、つっこんでしまったな......」
「まさか、ただの中ボスだと思っていたデオガンダイが、第5形態まで変身するとはね......」
「ラスボス戦どうしたら良いんだよ......何回変身させる気だよ......」
デオガンダイは頑張った。
めちゃくちゃ頑張った。
だけど、たった1人対超大勢の戦いというのは、しょせんは中級指揮官である彼にとっては、さすがに厳しかった。
あまりにも、多勢に無勢だった。
「そういえばデオガンダイ、とどめを刺される前にどこかに転送されていったけど、あれって?」
「あぁ、あれな............ふむ、奴の部下の補佐官の子が、良い仕事をしたらしい。様子をモニタリングしていたようだな。ぎりぎりのところで召喚魔法が間に合い、間一髪で助け出したようだ」
ポケットから取り出した小さな端末をいじり、そんなことを確認するバハリア。
「ならあいつ、生きてるんだ......なんでもっと早く、助けてあげなかったのかな?」
「......さて、な。何やら事情があったのかもしれん。そこまではオレにもわからんよ。興味もない」
ため息をつきながら、バハリアはすっかり冷めてしまったコロッケ(っぽいもの)をかじり始めた。
冷めてもなお、サクサクである。
お芋が甘く、粗目のパン粉が香ばしい。
おいしい。
「ってかさ~......どうしよ、どうしよ、どうしよバハりん~~~っ!城塞都市リヒエドのエピソード、うまく編集できそう?」
若干涙目になりながら、ライントーリエが隣に座ったバハリアにしなだれかかる。
バハリアはライントーリエの肩を優しく抱いた。
「多少、不自然さは残るかもしれないが、何とかうまくやるしかないだろう。人生にやり直しはない。故に撮り直しはできない。異世界転生配信とは、そういうものだ」
冷たく、少し不愛想ではあるが......しかし確かに優しい声色で、バハリアはライントーリエに告げる。
「大丈夫、オレにまかせておけ......オレは邪神だ。ごまかしたり、ねじ曲げたり、欺いたりするのは、ラインよりも得意なつもりだ......詐欺神には負けるがな!ふふふ、かつて神界一と称されたオレの編集力が、試される時が来たようだ!」
「バハりん......!」
不敵に笑うバハリアに、ライントーリエはもうメロメロだ!
思わずぎゅっと抱き着く。
そんなライントーリエの体温を感じながら、バハリアは彼女の頭を優しくなでる。
ちなみに、お互いの両手はけっこうコロッケ(っぽいもの)の油でべとべとだけど、2柱ともあまり気にしていない。
神はおおらかだ。
◇ ◇ ◇
しばらく後。
ライントーリエとバハリアは、お茶を飲みながら【赤髪勇者物語】の今後の展開について、検討を始めた。
運命というものは、滅多にないことではあるが、ほんの些細なきっかけによってその姿を大きく変じることがある。
今回の城塞都市リヒエドの件で問題だったのは、その運命が大きく変わりシナリオが壊れてしまっているにも関わらず、2柱が確認を怠ったせいでそれに気づかなかったことだ。
事前に運命が書き換わっていることに気づいていれば、裏で使徒を動かす、シロンに神託をくだすなどして、代替シナリオによる物語を展開することが可能だったのだ。
これは、大きな反省点である。
だからこその、再検討。
勇者トーチ・フェノベンが今後どのような旅路を歩むのか?
2柱は改めて“運命の確認”を行ったのだ。
......その結果、驚愕の事実が判明する!
「「テゾンカニアが、もうどこにも、存在していない......!!?」」
思わず、声がそろった。
特殊な操作を行い、“運命の確認”の結果を表示させた映像板には、目的のものが見つからず草原で途方にくれる、未来の勇者トーチ一行の姿が映し出されていた!
「待って!なんで?なんでテゾンカニアがないの!?」
混乱して頭を抱えるライントーリエ。
テゾンカニアとは、勇者トーチ一行が探し求める存在。
銀竜ヘレンシアを病の縁から救うために必要な、特効薬。
「......ないものは、ない。亀自体がいなくなっているのだから、仕方がない」
冷静にそう言い放つバハリアも、眉間に皺を寄せている。
テゾンカニアとは、魔境ランラーナンガ山脈から東に進んだところにある、エノコログ大草原に生息する大亀、テゾンカータートル変異種が体表に生成する、特殊な鉱石だ。
テゾンカータートル変異種は、現状では1体しかその存在が確認されていない特殊個体であり、つまりはその個体しか、テゾンカニアを作り出すことはできない。
それなのに、その個体が、いつの間にやら、いなくなっていた。
いや、いなくなっていたというか、より正確に言うのならば、多分何かによって殺されていた。
バハリアは映像板を操作し、現在の世界の状況を映し出す。
テゾンカータートル変異種の縄張りであった泉のほとりを確認すると、そこには無残にも砕かれた甲羅だけが、ぽつんと残されていた。
それは何者かがテゾンカータートル変異種の堅牢なる防御を突き破り、狩り殺したことの証明に他ならない。
「あの亀、けっこう長生きだったし、力も蓄えていたはずだよね......?」
「ああ......」
「そんな凶暴な亀を、勇者が来る前に、倒した......?一体、何が......?」
「さあ......」
2柱は同時に首をひねった。
「......ダメだ、頭を切り替えよう、ライン。考えてもわからんことに時間を割いている暇はないぞ。今、勇者一行は何をしている?」
「うん......えっと、あ、今ちょうど、リヒエドを旅立ったところだね!魔境伯とか所長とか冒険者たちとか、知り合った人たち皆に見送られながら、エノコログ大草原に向かって出発したよ!」
「勇者たちは草原にテゾンカニアがあると、もう情報を手に入れてしまったわけだよな?」
「うん。テゾンカニアのことは、大草原近くの村に伝承として伝わっていたんだけど......リヒエドには、そこ出身の冒険者のおっさん3人組がいたんだよね。髭面の。それが祝勝会の時に判明して、今に至るって感じかな」
「なるほどな......もう大草原に向かう流れができてしまっている以上は、ここで無理やり神託をくだして、方向転換させることは不自然だな?」
「ねぇ、バハりん......あの残った亀の甲羅にこびりついている鉱石も、テゾンカニアじゃない?大亀戦っていうボス戦はなくなるけど、それを採取させれば......」
「いや、ダメだ。テゾンカニアはあの亀の魔力を常に浴びていないと、その力をどんどん失ってしまう。採取後、水につけておくことでそれは防げるわけだが......もう遅い。今甲羅についている鉱石はテゾンカニアとは呼べず、銀竜ヘレンシアを救う力もない」
「「........................」」
重苦しい沈黙。
目的のテゾンカニアが無いのだから、もはやどうあがいても、従来のシナリオは破綻している。
新たなシナリオを、用意するほかない。
「......シロンに、【神契魔法】を習得させよう。私の......神の力を借りた、癒しの魔法を」
ライントーリエは覚悟を決めて、そうバハリアに告げた。
顔をあげてまっすぐに、愛する邪神の瞳を見つめる。
【神契魔法】とは、神に認められた人間のみが使える、神の力を直接借りて発動する特殊な魔法だ。
例えば、以前プロウという少年が使用していた【サウザンドブレッド】なども、豊穣神の力を借りた【神契魔法】として定義される。
「......しかし、良いのか?予定では、【神契魔法】の習得はまだまだ先の話だったはず。戦力バランスが崩壊しないか?」
「大丈夫。枷をつけるよ。今のシロンが【神契魔法】を使えるのは、一度きり。何度も使いたかったら、もっともっと修行が必要って感じで!」
「ふむ......しかし、勇者一行は既にエノコログ大草原に向かって旅立っている。大草原に向かうことと、【神契魔法】の習得、そこに因果関係が見いだせないぞ?」
「......こういうシナリオでいこう!『苦労の末、テゾンカータートル変異種の縄張りである泉を見つけた勇者一行!しかし時すでに遅く、肝心の大亀は既に死に、ただの甲羅しか残っていなかった!』」
「ふむ」
「『絶望する勇者一行!しかしそこで奇跡が起こった!』」
「ふむ」
「『銀竜ヘレンシアを、友を思う勇者たちの優しい気持ちと、大草原の不思議な自然パワーと、あと......えーっと、大亀の怨念とか、なんかその辺のものが混じりあった結果、シロンを不思議な光が包み込む!』」
「いや、そこに大亀の怨念を混ぜる必要、あるか?」
「『で、その結果として、シロンは使用制限付きで【神契魔法】を習得する!よーし、これで銀竜ヘレンシアを救うことができるぞ!勇者一行は喜び勇んでエノコログ大草原を後にし、サイカネドンの搭へと向かったのでした!おしまい!』」
「ふむ......」
ライントーリエの案を聞き、バハリアは顎に手をあて、考える。
「うまく、いくだろうか......」
そんなバハリアに対し、ライントーリエはいきなり抱きついて、その唇を奪った!
驚き目を見開くバハリア!
そんな邪神に対し、聖神は言った。
「うまく、やって!!」
無茶ぶりだった。
「......わかった。うまく、やる!!」
しかし、バハリアはライントーリエに可愛くお願いされると、断ることができない!
即座に安請負してしまった!
惚れた弱みだ!
かくして2柱の打ち合わせは続く。
ああだこうだと議論が続く。
だが、しかし。
しかしながら。
聖神と邪神は、目先のシナリオのつじつまを合わせることに夢中で、肝心なことを見落としていた。
何が、テゾンカータートル変異種を倒したのか?
何故、デオガンダイの策略は不発に終わったのか?
というか、暗黒魔狼たちを追い回していた謎の少女......あれは一体、何者か?
実は根源を同じくするこれらの疑問に、この時もっとちゃんと向き合っていれば良かった、と。
将来的に2柱は、激しく後悔することになるのだ。
以上で第9章は終わりです。
デオガンダイというぽっと出の中ボスをメインにすえた章でしたが、楽しんでいただけましたか?
前章が少しシュールめの展開でしたので、本章は割とわかりやすい、展開がよめる形にしたつもりです。
そして、コメディ回というかギャグ回でした。
少しでも笑っていただけたなら、幸いです。
本章では結構ふざけましたので、次章は毛色の違ったお話にしたいと考えています。
うまくできるかなぁ。
さて、読者の皆様におかれましては、ブックマークとか、評価のお星様とか、感想とかいただきまして、本当にありがとうございます!
いつもいつも、とても嬉しいです!
私は幸せ者だよ(号泣)。
多分、そんなに目立つ方じゃない本作ですが、今後もマイペースに掲載を続けていきたいと考えていますので、お付き合いいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願い申し上げます。
なお、第10章は現在準備中です。
準備ができ次第投稿しますので、しばらくお待ちください。




