141 さあ決戦だデオガンダイ!
ヒィィーーーーーン......。
曇天の城塞都市リヒエド。
その北側、魔境ランラーナンガ山脈の麓の草原が、甲高い音と共に紫色の光に包まれる。
大規模な転移魔法だ。
光がおさまった草原に立っていたのは、魔王軍中級指揮官デオガンダイと、巨大な暗黒魔狼が100匹。
「......クククッ......クカカカッ......クカカカカカカカッ!」
びゅうと一吹きした南風を浴びながら、デオガンダイはぶるりと武者震いする。
腕時計を確認すると、時刻は午前7時。
そろそろ、デオガンダイの準備していた仕込みが発動する頃合いである。
パラサイトマッシュルームの胞子に侵された冒険者たちが魔物に変じ、さらにはマッドタッドポールが水路から飛び出して住民を襲い始めているはずだ。
リヒエドの内部は、今や地獄と化しているであろう!
「さて、勝敗のわかりきった戦いだ......先に祝砲をあげさせてもらおう......クカカッ!」
そう言って筒状の魔道具を取り出したデオガンダイは、それを地面に置き、導火線に火をつけた。
パアン!パン、パアーン!
城塞都市リヒエドの周辺に、花火の音が響き渡る。
......作戦開始の合図である!
町の外壁の上で見張りをしていた兵士たちが慌てふためいている様子が見える。
「クカカカカッ!良く聞け人間共よ!我が名は魔操のデオガンダイ!魔王軍中級指揮官である!......『雷よ、槍となれ!全てを貫け!【サンダースピア】!』」
その外壁に向かって、デオガンダイは口上を述べつつ魔法で攻撃を始める!
雷の槍が石壁にぶつかり、ズウンという音が響く。
リヒエドの町が、震える。
「魔王様のご命令だ!この町には滅んでもらうぞ!抵抗は無駄であるが、命乞いもまた無駄である!リヒエドの人間共よ、老若男女貴賤の区別なく、全員その首をオレに捧げるのだ!......『雷よ、槍となれ!全てを貫け!【サンダースピア】!』」
ズウン!
デオガンダイの魔法が、またしてもリヒエドの町を揺らす。
彼が放っているこの魔法はあくまでも陽動だ。
本命は、ヒュージレッドボアによる東門の突破である。
なるべく多くの兵士をこの北側に引き寄せ、東門の防衛戦力を削ぐ必要があるのだ。
ちなみに、デオガンダイは拡声の魔道具を使用しているので、彼の声は北側の外壁に集まりだした兵士たちにはしっかりと届いている。
また、いちいち魔法の詠唱まで相手に聞こえてしまっては恰好が悪いので、詠唱時にはその都度、魔道具のスイッチはオフにしている。
そういう細やかな気配りが、より己の邪悪さ、恐ろしさを演出してくれるのだ。
(ククク!もっと怯えろ人間共!弱者共め!)
デオガンダイは口上を述べているうちに、少し気持ち良くなってきていた。
ついつい、陽動用の魔法も予定より3、4発は多く撃ってしまった。
彼はあくまで中級指揮官。能力値はそこそこ。
大規模な破壊魔法を何発も撃てるような無尽蔵の魔力を持っているわけではないので、魔力は計画的に使用する必要がある。
しかし、彼は己の作戦に自信を持っていた。
今頃町の内部はパラサイトマッシュルームとマッドタッドポールによって蹂躙が行われているはずだし、もうすぐ東門も破られる。
デオガンダイが直接戦わずとも、城塞都市リヒエドは滅ぶのだ。
多少の魔力の無駄遣いは、まぁ、ご愛敬というものだ。
そんな風に、デオガンダイは考えていた。
余裕綽々で、ふんぞりかえっていた。
まだ、今、この時までは。
「そこの魔族!町を攻撃するのを、やめろっ!!」
流れが変わったのは、この幼くも凛々しい声が草原に響き渡った、その瞬間だった。
その声の主は、かなり高さのあるはずの外壁からぴょんと飛び降り、たった一人でデオガンダイの元へと駆け付け、剣を構えた!
「......何者だ?」
極めて冷静に、かつ厳かに大物ぶって、デオガンダイは声の主に問いかける。
......しかし!
既に、デオガンダイは気づいていた!
声の主の......目の前で剣を構える少年の正体に!
その姿、報告書でみたおぼえが、あるッ!
(おい、おいおいおい!赤い髪に、赤い瞳だと!?それって、もしかしなくても......!)
「オレは勇者!勇者トーチ・フェノベン!お前たち魔族の悪だくみを、阻止する者だっ!」
(あぁーーーーーーーッ!!やっぱり勇者だーーーーーーーッ!?)
デオガンダイの背中に、冷や汗が泉の如く湧き出しびっしょびしょになる!
(なんで!?なんでなんでなんで!?なんで勇者がここにいるんだよーーーーッ!!?)
勇者と言えば、あの特殊戦闘官氷刃のキャロすら打ち負かす強敵である!
中級指揮官に過ぎないデオガンダイでは、真正面からぶつかり合っても勝機は薄い!
「グルルッ......!」
「!!」
しかしデオガンダイ、ここで後ろの暗黒魔狼の彼を気づかうような唸り声を聞いて、冷静になる。
(ありがとう暗黒魔狼ちゃん!......そうだ、落ち着けデオガンダイ。オレの目的はなんだ?それは勇者を倒すことではない。リヒエドを滅ぼすことだ!そしてそれは、オレが戦わずとも、もう少しすれば魔物達が達成してくれる!勇者がこの町にいたことは計算外だったが、オレがやることは何も変わらない!......今はとにかく、時間を稼ぐ!!)
デオガンダイは陽動役という己の当初の役割を思い出し、それを全うすることに決めた。
「勇者か......ふん、話には聞いているぞ。これまでも散々我らの邪魔をしてくれたとか。ちょうど良い、貴様とは一度、話をしてみたいと思っていたのだ!」
「なんだと!?オレにはお前たちと話すことなんて、何もない!」
会話だ!
会話をするのだデオガンダイ!
会話をして時間を稼ぐのだ!
戦ったら負けるぞ!
「まぁ、そう言うな。ククク、オレはお喋り好きなのさ......!」
「なんだと!?お喋り好きなのか!」
(いや、何だよその返しは!)
デオガンダイは心の中でつっこんだ!
勇者トーチは【聖神の加護】を持つ強力な戦士ではあるが、いまだその精神は幼く未熟だ。
故に、戦いの前には緊張するし、ついつい受け答えもポンコツになる!
割としょうがない!
「そ、そうだ。お喋り好きなのだ......!で......えっと、その......」
「............」
「............」
「いや、お喋り好きなんだろ!?なんか喋れよ!!」
今度は黙りこくってしまったデオガンダイに、勇者がつっこみを入れる!
(くっそーッ!!なんで貴様がつっこみでオレがボケみたいになっているのだ!貴様がポンコツな発言をするから、思わず喋ろうと考えていた内容を、忘れてしまったではないかーーーッ!!)
内心で憤慨するデオガンダイだが、これはこれで良い流れだ!
会話が生まれ、時間稼ぎに成功している!
......しかし!
「シシシ!トーチ、一人で突っ走るなって、いつも言っているだろう!?」
「私たち仲間のことも、もっと頼ってほしいです!」
時間稼ぎに成功したのは、どうやらデオガンダイだけではなかったらしい。
勇者トーチの横に、町から飛び出してきた斥候のザイデオ、そして神官兼治療術師のシロンが並び立つ!
「み、みんな......ごめん!」
謝りつつも、顔がほころぶ勇者トーチ!
(あぁーーーーーーーッ!!仲間が増えやがったぁーーーーーーーーーーッ!!)
心の中で絶叫するデオガンダイ!!
しかし、彼にとっての悪夢は、まだまだ終わらない!
「勇者くんに後れをとるなッ!魔境伯軍の恐ろしさ、魔王軍に知らしめてやるのだーーーッ!!」
「「「「「おおーーーーーーーーーーーーッ!!!」」」」」
鬨の声を上げながら草原に進軍してきたるは、マンジュ率いる大勢の魔境伯軍の兵士たち!
「兵士の連中にばっか、頼っちゃいられねぇぜっ!」
「リヒエドはオレたちの町だ!オレたちで守るんだ!」
「リヒエド魂、なめんなよぉーーーーーーっ!」
そして好き勝手に叫びながらわらわらと走ってくるのは、リヒエドを拠点に活動する冒険者たちだ!
こちらも兵士たちに負けず劣らず数が多い!
「まて!まてまてまてまてぇーーーーーーーーーッ!!!」
いきなり大量の人間たちと、100匹の暗黒魔狼と共に対峙することになってしまったデオガンダイは、さすがに慌てて大声をあげた!!
「いや、おかしい!おかしいだろこの人数は!貴様ら、町の中ほっといて良いの!?茸の魔物と、オタマジャクシの魔物が!町の中を蹂躙しているでしょ!?なんでそれほっといて、皆こっちに来ちゃうかなぁ!?」
「........................」
静寂が、その場を支配した。
「......何言ってんだ?あいつ......」
人間の誰かがぽつりと、そうつぶやいた。
「茸?オタマジャクシ?」
「何のことだ?」
「こちらの動揺を誘うための、罠だろう」
「は!そんな口先だけの脅しに、誰がびびるかよ!」
人間たちが口々につぶやき始めたその言葉を聞いて、デオガンダイは悟った。
悟ってしまった。
己の仕込みが、全て不発に終わってしまっていたことを。
理由は、わからないが。
パラサイトマッシュルームも。
マッドタッドポールも。
城塞都市リヒエドに、一筋の切り傷すら、負わせることができなかったのだということを!!
(まずいッ!!まずいまずいまずいーーーッ!!!)
デオガンダイの脳内に浮かぶ、敗北の二文字!
血の気がひく!!
冷や汗も増量!!
体の震えが止まらない!!
(何か、何か手はないか......!?)
デオガンダイの思考は、これまでの人生の中でかつて経験したことがないほどの速度で、ぐるんぐるんと回転する!
(はっ!そうだ!東門だ!これだけの人数が北に集まっているのだ!東門は間違いなく手薄!!)
そこを計画通り暗黒魔狼400匹とヒュージレッドボアが襲撃すれば、リヒエドに大打撃を与えることはできる!
それで滅ぼす、まではいかないだろうが、もはやこうなってしまってはそれで十分だ!
その襲撃により広まる人間共の動揺の隙をついて、己はこの場から脱出する!
それで良い!
城塞都市リヒエドの攻略は、仕切り直しだ!
また日を改めて、攻め込むのだ!
そのためには、やはり時間稼ぎだ!
東門への攻撃が始まるまで、この大量の人間たちを、この場に留めおかなくてはならないのだ!
「ああーーーーーーッ!ごほん!人間共よッ!!」
デオガンダイは泣きたくなる気持ちをぐっと抑えて、大声をあげた!!
「本日は大変、お日柄も良く......!!」
「いや、そうでもないけど......?」
「何言ってんだあいつ?」
「この場で言うこと?それ」
突然始まったデオガンダイのトンチンカンなスピーチに、人間たちは混乱した!
しかしこの場においては誰よりも、デオガンダイ自身が混乱していた!!
(くそっ!くそくそくそ!!どうして東門への攻撃が始まらない!?東の森に置いてきた暗黒魔狼ちゃんたちは!?ヒュージレッドボアちゃんは!?一体何をやっているんだーーー!?)
デオガンダイは、本日何度目になるかもわからない絶叫を、心の中であげた!
......その時だった!!
ドドドドドド......。
遠くの方から、謎の地響きが聞こえ始めた。
大勢の何かが、凄い勢いでこちらに向かって走ってくる。
そんな音だ。
「!?」
「なんだ!?」
思わずそちらに気を取られ、顔を向けた人間たちは皆、驚きに目を見張った。
そこに広がっているのは、驚愕の光景だった。
数えきれないほどの暗黒魔狼の群れが......まるで山のような巨体を誇るヒュージレッドボアが!!
こちらに向かって、全速力で接近してくるではないか!!
「な、なんだあの魔物の群れは!?」
「増援!あの魔族への増援だ!」
「奴め、なにか時間を稼いでいると思ったら......これを待っていたんだな!?」
(違ーーーーーうッ!違う違う違うッ!こんなの作戦にないぞ!?何でみんな、こっちに来てんのーーーッ!!?)
もはやデオガンダイはパニック寸前だが、取り乱すわけにはいかない!
後ろの方で待機している陽動用の100匹の暗黒魔狼たちが、不安そうに唸っている。
自分の混乱が彼らに伝播し、戦力として使い物にならなくなるという事態だけは、避けなければならない。
何故、東門攻略用の戦力が作戦を無視してこちらに来てしまったのかはわからないが、もうこうなってしまっては、この流れに乗るしかない!
全戦力で、総力をもって、人間の軍勢とぶつかる!
戦略も何もあったもんではないし、勇者がいる以上は多分勝てない!
しかし、わかりやすい方針だ!
突然の方針転換とは言え、理解しやすい!
魔物達も混乱せず、指示に従えるだろう!
人間共に、少なからず被害を出すこともできる!
これでいくしかないッ!!
「クカカカカカーーーーーーーーッ!!よくぞ来た、我が軍勢よーーーーーーーーーッ!!」
デオガンダイは、もはややけくそで笑い、ローブを翻しながら勢いよく右腕をあげる!
「さぁ行けッ!踏みつぶせッ!噛み殺せッ!人間共をッ!蹂躙せよーーーーーーーーッ!!」
そして口上を述べながら、その右腕を振り下ろし、人間の軍勢を指さす!
高まる人間たちの緊張!
......しかし!!
「キャインッ!!」
「キャインッキャインッ!!」
「フゴーーーッ!フゴガーーーーーーッ!!」
魔物達の、様子がおかしい。
まるで、何かに怯えるような声を上げながら、彼らは一心不乱に走り、デオガンダイの背後まで到達。
そしてそこに留まり、デオガンダイに加勢する......ことはなく、地響きをあげながら、そのままどこかに向かって、走り去って行く。
「は?え?」
思わず挙動不審になるデオガンダイ。
「キャインッ!?」
「キャインッ!キャインッ!?」
さらには、デオガンダイの後ろに待機していた陽動用の100匹の暗黒魔狼すら、何かを感じ取り不安げに鳴いてから......走り去る群れにまじって、逃げ出し始めた!
「いや、え!?ちょ、え、え!?なんで!?待って待って!?」
情けない声を出すデオガンダイ。
どうして、こんなことになった!?
デオガンダイの頭を埋め尽くすのは、この疑問だ。
しかしながら、その答えはすぐに明らかになる。
暗黒魔狼に少し遅れてデオガンダイも、そして彼に対峙する人間たちも。
感じ取ったのだ。
魔物達を追ってこちらに近づいてくる、悍ましい気配を!!!
デオガンダイも、人間たちも、思わずその気配を追って、目を向けた。
そこにいたのは、少女だった。
ぼろぼろの衣服を身にまとい、艶めく黒髪を風になびかせ、その黒い瞳に殺意を燃やす。
鳥肌の立つような、悍ましい気配とは裏腹に。
遠目から見ても、何故だか『美しい』と。
そう、理解させられてしまう、少女であった。
そんな、常人とは思えぬ少女が、尋常ならざる速度で魔物達を追い、こちらに向かって駆けてくる。
デオガンダイは思った!!
人間たちも、思った!!
(((((((いや、誰!!?)))))))
と!!!!!
少女はその勢いを一切緩めることなく、突風を巻き起こしながら、それでいて何故か不思議と音もなく、風のように走り去って行った。
対峙するデオガンダイと人間たちには一切の興味を向けることなく、魔物達を追って、どこかへと走り去って行った。
残されたのは、土煙。
それすらも、びゅうと一吹き、南風が吹き飛ばし、後には何も残らない。
「「「「「「「............」」」」」」」
たった一人になってしまったデオガンダイと、大勢の人間の軍勢は、無言で見つめあった。
もはや、勝てない。
無理だよ、これ。
デオガンダイの胸が、諦めの気持ちで埋め尽くされる。
間違いなく、敗北する。
どうあがいても、作戦は失敗。
この、オレが。
負け犬。
無能。
役立たず。
絶望に捕らわれかけたデオガンダイの頭の中に、一つの記憶が呼び起こされる。
それは失敗を重ね、ついには左遷させられるに至った、あの特殊戦闘官、氷刃のキャロの憔悴しきった顔だ。
惨めだった。
ああは、なりたくなかった。
死んでも、嫌だった。
恐ろしかった。
何故なら、成果を出して、己のことを、全ての魔族に認めさせる。
それこそが、デオガンダイにとっての生きる意味であるのだから。
できるのだ。
ここから逃げ出すことは。
しかし、できないのだ。
ここから逃げ出すことなど!
絶望に冷え切ったデオガンダイの心の中に、矜持の炎が燃えあがる!!
それは、はたから見れば、愚かな選択に見えるかもしれない。
しかし、彼にとっては、もはやその選択以外の道は、残されていなかった!!
「うおおおおおーーーーーーッ!!!」
内心でバカにしていた、頭の悪い四天王のような大声をあげ、デオガンダイは気合を入れる!!
まとっていたローブを宙に放り投げ、あまり得意とは言えない剣を腰から引き抜き、人間たちの軍勢に向かってその切っ先を向ける!!
「我が名は、デオガンダイッ!!魔王軍、中級指揮官なりッ!!城塞都市リヒエドの人間共ッ!!及び、魔王様に仇なす、勇者とやらッ!!全員、全員......死ねええええええええーーーーーーーーーーッ!!!」
そう絶叫しながら、デオガンダイは勇者に向かって斬りかかった!
勝敗のわかりきった戦いが、幕を開けたのだ!!
ちょっとだけいつもより長くなりました。
お疲れさまでした。
次回、『激戦!VSデオガンダイ!!』......は、ばっさりカットいたしまして、エピローグです。




