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オマケの転生者  作者: むらべ むらさき
8 スローライフの残滓!長閑な村と麦編!
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121 死、白装束

「あぁ、ちょっと待ってエミー。狩りに行く前に、一つ頼まれごとをしてくれるかな?」


まだ薄暗い、夏の明け方。

森に向かうため家を出ようとする私を、オッタさんが呼び止めた。


「これを、お隣のハークさんの家に届けてほしいんだ」


そう言って渡されたのは、村で“予定板”と呼ばれている板だ。

この先数日の、村人合同で行う開拓作業の予定とかが書かれている、前世でいう所の回覧板と似たようなものだ。


「本当ならプロウに頼むところなんだけど、あの子お寝坊さんだからねぇ」


そう言って苦笑するオッタさん。

優し気な彼女の視線の先には、未だ布団にくるまって眠っているプロウくんがいた。


「わかった」


「よろしく頼むよ!ハークさんもグルーテさんも畑に出ているだろうし、玄関先に置いておくだけで良いからね!」


そして私は、オッタさんに見送られながら家を出た。




「シュミミミミ......シュミミミミ......」




名も知らぬ虫の音を聞きながら、心地よい朝の風をあびて田舎道を進む。

麦畑の向こう側から、真っ赤なお日様が上り始めた。

紫色の空は地平線の際からゆっくりとその色を変え、徐々に水色に染まっていく。


いつも通りの平和な一日が、始まるはずだった。

いつも通りの幸せな時間が、始まるはずだった。




◇ ◇ ◇




“お隣”と言っても、ハークおじさんの家はオッタさんの家から数百メートルは離れている。

その外観は、この村では一般的な木造一階建て家屋だ。


「............?」


さて、そのハークおじさんの家だけど、中から蝋燭の明かりが漏れている。

オッタさんの言う通り、いつもならおじさんもおばあちゃんも畑に出ているので、家の中は真っ暗なはずなのに。


いつもと違うその様子に胸騒ぎを感じ、鍵のかかっていない玄関扉を開け、中を覗く。



......そこにはハークおじさんがいた。

俯きながら、ぼーっと立ちすくんでいた。

その視線の先には......グルーテおばあちゃん。




グルーテおばあちゃんは、土間にうつぶせに倒れたまま動かない。




「............!!」




私は思わず家の中に飛び込み、おばあちゃんを抱きかかえる。

脈を測るけど、おばあちゃんから命のリズムは何も感じ取れない。

体外に漏れ出る魔力も、ない。

その体は夏だというのに、とても冷たい。



お亡くなりに、なっている。



「......やぁ、おはよう、エミー」


ハークおじさんが、いつも通りの口調で私に話しかける。


「予定板、持ってきてくれたのかな?とりあえず、その辺に置いといてくれれば良いからね。これから狩りだろう?頑張ってくれよ。私も......私も畑に行かなきゃ。麦を、育てなきゃ......」


いつも通りだ。

ハークおじさんは本当にいつも通りの口調で、いつも通りの態度で、いつも通りのことをしようとし始める。


「おばあちゃん、どうするの?」


きっと、ショックで現実逃避をしているんだろう。

辛いのはわかる。

でも、それじゃいけないでしょ。


「弔わなきゃ」


「............」


畑作業の準備を始めたハークおじさんの手が止まる。

数秒間の沈黙。


「なぁ、エミー。一つ、頼まれてくれないか......」


そしておじさんの口から発せられたのは、本日二度目の頼まれごとだった。




◇ ◇ ◇




おじさんが私に頼んだ仕事。

それはおばあちゃんのご遺体を、村の広場の神様の像の前に、運んでほしいというものだった。

きっとそれが、この村における人の弔い方なのだろう。


私に頼み事をしたハークおじさんは、ふらふらと、そのまま畑へと歩いて行ってしまった。

それで良いのか。

母親だぞ、自分で弔わなくて良いのか。

そうは、思ったんだけど......おじさんは多分、肉親の死を直視できず、現実逃避をしている。

そんな人に、無理やりああしろこうしろと、私は言えなかった。

いや、もっと強く言うべきだったんだろうけど。

最後まで弔ってあげるべきだって。

でも、どうやってそれを言ったら良いか、私にはわからなかった。

私も、親しい人の死に向き合うなんてこと、そんなに経験していない。

少なからず、私だって混乱していた。

だから、とりあえずおじさんの頼まれごとを、引き受けてしまった。



おばあちゃんのご遺体を背負って、村の田舎道を進む。

ご遺体に、忌避感はない。

今更、そんな殊勝な感覚に浸れる人間じゃないよ、私は。

獣やら魔物やら盗賊やら、これまで数えきれないほど殺してきたんだもの。


すっかりあたりは明るくなった。

涼しかった空気もぬるくなり始め、遠くの森でミョゴミョゴシュゴが鳴いている。

夏だ。




◇ ◇ ◇




「............」


麦畑を抜け、広場にやってきた。

夏の濃い青空の下、ねじ曲がった汚い木像とお社がぽつんと建っている。

私はご遺体を像の前に横たえ、そして......困ってしまった。


はて、これからどうするべきだろう?


私はハークおじさんに、『神様の像の前までおばあちゃんを運んでほしい』としか言われていない。

ご遺体をどのように安置すれば良いとか、何かお花でもお供えしたほうが良いとか、この村の作法がまったくわからない。


どうしたものだろう。

途方に暮れてしまった。


かといって、このままご遺体をここに置き去りにして、誰か村人を探しに行くのも気が引ける。

私が目を離したすきに、鳥か何かがやってきておばあちゃんをつつき始めたら目もあてられない。



迷った挙句、私はこの広場で誰かがやってくるのを待つことにした。

この村の人たちは、この広場をちょっとした休憩の際にもよく使っている。

少しばかり待てば、多分誰かがやってくるだろう。

その人に、どうすれば良いか聞こう。


私はとことことお社の横に移動し、軒下にできた日陰に腰をおろした。


「ミョーン、ミョゴシュゴミョンシュゴォー!ミョーン、ミョゴシュゴミョンシュゴォー!」


さっきよりも近くで鳴いているミョゴミョゴシュゴの声を聴きながら、じっと誰かを待つ。

見上げると、深く青い空。

美しい白い雲が、風にふかれてはどこかに流れていく。

徐々に視線を下ろすと、そこにあるのはどこまでも続く緑の海。

麦畑。

夏の風を浴びてさらさらとそよぎながら、お日様の光を受けてきらきらと輝いている。

そんな輝くような命に包まれて、地面に横たわるおばあちゃんのご遺体。


大好きな麦畑に包まれて、この世とお別れする。

なるほど、確かにこれは、これだけでも、この村らしい弔いなのかもしれない。



なんとなくぼんやりと、そんなことを思った。


次の瞬間だった。





コ、コ、コ、コ......。





そんな、誰かが階段を登ってくるような音を、私の聴覚がとらえる。


階段?

そんなものはこの近くにはない。

ここは麦畑の、ど真ん中だ。


意味がわからず、思わず警戒する。

【気配遮断】し、お社の壁のでっぱりに身を隠す。





コ、コ、コ、コ......。





音は、どんどん大きくなる。

そして、身を隠すためお社の壁に体をぴったりとくっつけていたから、わかった。

この音はお社の中から響いているのだ。

何者かが、地下深くから、お社の中に登ってきているのだ。


このお社には、地下室がある?

中を覗いたこともないので知らなかったが、きっとそうなのだろう。

一体、何のための地下室なんだろう?

いや、というか。

そもそも、このお社は一体何のための建物なんだろう?

神様の像の傍に建っているから“お社”だと、私は勝手にそう認識していたけど、そういえばプロウくんやオッタさんからこの建物については一言も説明を受けたことがなかった。


あれ?


なんで私はこの建物について、これまで何ら興味を持たなかったんだろう?

いや、それは別におかしなことでもないか。

少しだけ屋根や壁の飾りに意匠がこらしてあるけど、結局は木造の小さな小屋だ。

特に目立った建物、というわけでもないんだし。


だけど。


ん、んん?

何だろう、何か違和感。

何だこの違和感?






ガララ......。






私が混乱している間もお社の中から響く階段を登る音は徐々に大きくなり、そしてついにはお社の扉が、内側から開かれた。

そこから出てきた者を見て、私は驚き思わず息をのんだ。


それは、ゆったりとした真っ白な服を着て、コック帽のような帽子をかぶった人間だった。

肩幅が広く、がたいが良い。多分男性だろう。

まるで袴とエプロンを無理やり融合させたような珍妙な衣装。

その顔は、帽子から垂らされた白い布で隠され、窺うことはできない。


異質。


お社からゆっくりと進み出たその白装束が、青空のもと風にそよぐ麦畑を背景に歩く姿は、まさに異質の一言。


これまで村で数か月過ごしてきて、こんな人間が村に存在していることを、私は全く知らなかった。



「............」



白装束の男はゆっくりとおばあちゃんのご遺体に近づき、そしてそれを無言で掴み、お社の中に引きずりこんでいく。

そこには敬意や弔意といったものは、全く感じとれない。

白装束はただただ淡々としていた。

淡々と、おばあちゃんの襟首を掴んで引きずり、お社の中に消えていった。

【気配遮断】が功を奏したのか、私の存在については気づかれなかったようだ。





ガララ......コ、コ、コ、コ......。





お社の引き戸が閉められ、地下へと降りていく足音がだんだんと小さくなっていく。

私の聴覚でも、その音が聞こえなくなるほど小さくなってから、私はそうっとお社の扉を開いた。


扉から入り込む陽光に照らされ露わになるのは、やはり地下へと続く階段の入り口であった。

かなり、長く深い階段のようだ。


覗き込むと、どこまでもどこまでも、暗い闇が広がっていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 夏の日差し、遠くから聞こえる蝉時雨、長閑とした緑の穂波、どこまでも穏やかな風景の中あらわれる白装束の異形。お、おかしいなファンタジー小説のはずがホラー物に(._.)何が始まるんだ……
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