119 穏やかな、村での生活
それから、一か月が過ぎた。
今私は、日の光を受けて黄色く輝く朝もやに包まれた森の中を、グロウノードッカ村に向けて歩いている。
立派な獲物を引きずって。
「お、おおお!?嬢ちゃん、今日も大物が獲れたなぁ!?」
「............」
森の際で出会ったのは、元冒険者の村人ロンテさん。
彼の畑はこの村で一番森側にあり、私が狩りから帰ってくると大抵顔をあわせることになる。
早起きの働き者で、顔は傷だらけで厳めしいけど、彼も私のことを差別しない優しい人だ。
「嬢ちゃんがそうやって頑張ってくれるおかげで、オレたちは麦づくりに専念できるってもんだ!ありがとうな、嬢ちゃん!」
そう言って、笑顔で私に感謝してくれる。
私なんかに感謝してくれる。
この村の人たちは、本当に優しい。
笑って手を振ってくれるロンテさんを後目に、私は村の中心、広場へと進む。
獲物をお供えするためだ。
今日の獲物は、小山猪。
小山のように大きい猪、ということで小山猪だ。
実際には小屋くらいの大きさしかないけど、その巨体を維持するための食害たるや凄まじく、人間からは当然魔物認定をされている生き物だ。
このグロウノードッカ村は魔境カイセの森の近くに位置する開拓村。
『近くに位置する』と言ってもその距離は数十キロは離れており(この前ちょっと走って確かめた)、村と魔境との間には、普通の森が広がっている。
で、その普通の森には小山猪のような、私にとっては片手間で狩れるようなお肉がたくさん生息しているのだ。
黒龍の血を取り込んだことによる魔力変質の影響で、私の空腹感は未だおさまらない。
この村で食べられる魔力豊富な“加護つきパン”なしで生活するのは、ちょっと辛いんだ。
でも、パンを食べるだけ食べて何もしない、というのも気が引ける。
だから、拾ってくれた恩返し、布団で寝かせてくれる恩返し、ご飯を食べさせてくれる恩返しとして、狩りをしたり開拓を手伝ったり畑仕事を手伝ったりして、毎日を過ごしている。
「おぉ!こりゃまた見事な猪じゃのう!」
「............」
今声をかけてくれたのは、この村の村長であるターダッタさん。
長くて白いあごひげがチャームポイントの、おじいちゃんだ。
「神様もお喜びになるじゃろうて!お供えは頼んだぞ、エミー。解体は後でワシらジジイ共がやっておくでな!」
こくりと頷いて、村長と別れる。
◇ ◇ ◇
そうやって村人たちと朝の挨拶を交わしながら田舎道を進み、たどり着いたのが村の中心部の広場だ。
ここには一つの木像と、少し小さめの小屋......お社が立っている。
この像が、村人たち曰く、この村で祀っている神様の像なのだそうだ。
私には、どうにもただのねじ曲がった汚い丸太にしか見えないんだけど、お世話になっている村の人たちは熱心にこの像を拝むので、そういうことは口には出さない。
とりあえず、猪を像の前に置いて、これでお供えは完了だ。
村人の真似をして手を胸の前で組み、祈る。
さて、これで朝の仕事は一つ終了だ。
これから、オッタさんの畑を手伝いに行く約束だ。
オッタさんも働き者なので、きっともう既に麦畑に出ているだろう。
私は朝起きてから既に加護つきパンを食べているし、小山猪も実は3匹ほど狩ったその場で食べているので、空腹感はあるにせよ働けないほどではない。
オッタさんの畑に向かって歩き出す。
「あ、おかえりエミー!狩りはどうだった?」
にこにこ笑いながら畑で私を出迎えてくれたのは、同じ家に住んでいるプロウくんだ。
私は今、私を拾ってくれたプロウくんと一緒に、オッタさんの家に住んでいるんだ。
居候だね。
「猪」
「そっか!猪が獲れたんだね!エミーのおかげでまたみんなでお肉が食べれるねぇ。ありがとう、エミー!」
また褒められて、なんとなく照れて頬をかいてしまう。
表情は変わらないけど。
「それじゃ、エミー、今ボクは畑の草むしりをしているんだけどさ、キミも手伝ってくれる?」
頷いて返答。
「よーっし!じゃあ、どっちがたくさん草むしりをできるか、競争だよ!よーい、どぉーん!」
そう無邪気に言いながら、畑の中を進んでいくプロウくん。
その速度たるや、尋常ではない。
中腰姿勢で草を抜きながら進んでいるにも関わらず、全力疾走に近いペースでガンガン前に進んでいく。
あれは、【身体強化】を使いこなしているが故のスピードだ。
この村、人口の割にどうも畑の面積が広いなって感じていたんだけど、それは今見たプロウくんみたいに、村人ほぼ全員が【身体強化】を使いこなせることが理由らしい。
前世のような農作業用の機械がない分を、【身体強化】で補っているみたい。
ファンタジー農業だね。
【身体強化】で減ってしまった村人たちの魔力は、“加護つきパン”を食べれば全回復する。
だからこの村の村人たちは、他の村、例えばゴミクズ村の連中やマーツ男爵領の村人たちと比べると、より広い畑を耕すことができるわけだ。
さてさて、こうしてぼーっとしているうちに、プロウくんはあっという間に向こうに行ってしまい、見えなくなった。
このままでは草むしり勝負に負けてしまう。
私も全力で草むしりをする。
常に継続して使用している【身体強化】だけど、より多くの魔力を体内に循環させて、その強化度合いを増す。
さぁ、見せてやろう!
これが魔境サバイバルを生き抜いた女児の、全力の草むしりだッ!!!
◇ ◇ ◇
むきになった私は、プロウくんの大体5倍くらいの速度で草むしりを終えてしまった。
この超速草むしり、けっこう良い修行になるかもしれない。
一瞬、一瞬の判断で麦の苗と雑草を見分け、雑草だけを抜き取る。
なかなか難しい。
判断力と、身体制御能力が鍛えられる(気がする)。
「はぁ、はぁ......もー、エミーは凄いなぁ!速すぎるよぉー!」
へろへろしながらプロウくんがやってきた。
「ふふん」
思わず腰に両手をあて胸をはり、勝ち誇る(無表情のまま)。
「あらあら、プロウ......良いとこ見せらんなくて、残念だったねぇ」
向こうの方から、にやにやと笑みを浮かべながら、汗をふきふきオッタさんがやってきた。
『良いとこ』って何?
「お、お母さん!何言ってるのさ!全然意味わかんないんだけど!」
「うふふ、はいはい......。さて、二人ともお疲れ様!お昼の休憩をするから、こっちにおいでー!」
真っ赤な顔でなんだかぶちぶち言ってるプロウくんのことは無視して、オッタさんは私の手を引き、畑の縁まで移動する。
ここには以前に切り倒した木の幹が置いてあって、いつもベンチ代わりにしているんだ。
「みなさーん、お疲れさまでーす!パンのお届けでーす!」
木に座って水筒に口をつけ、お水を飲みながら足をプラプラしていると、フェティーちゃんが籠いっぱいにパンを詰めて持ってきた。
待ってました!加護つきパン!
「さ、神様からのお恵みよ!感謝していただきましょう!」
プロウくんとオッタさんは1個ずつ手に取り食べているけど、とりあえず私は5個ほどもらう。
本当はもっともっと欲しいけど、私が食べすぎるのは他の村人に良くないと思うので、遠慮して少ない量で我慢している。
ぽかぽかと降り注ぐ、暖かい春の日差し。
のんびりとパンをかじり、その辺に生えているつくしっぽい植物をつまみながら、水色の空を流れていく白く細い雲をぼんやりと眺める。
たまに吹く優しい風が、土のにおいを届けてくれる。
充足感がある。
平和だ。
得も言われぬ、満足感。
なんだかとても、幸せな気分だ。
暖かく、長閑な村で、優しい村人に囲まれながら、皆に認められながら、一生懸命働いて生きる。
毎日戦って、戦って、殺して殺して殺していた私のこれまでの人生は、なんだったんだろう?
生きるって、こんなに幸せなことだっただろうか?
でも、なんだろう。
言葉にできない、漠然とした不安が、なんだか常に心の奥底に渦巻いている。
「良いの?私......こんな幸せで」
ついぽつりと、そんな言葉が口からもれた。
「みんな、こうやって生きていくべきだと思うけど?」
それを聞いたプロウくんは、パンをかじるのを一旦やめて、きょとんとした顔でそんなことを言った。




