116 【】流れ着いた、少女
第8章はじまります。
少し短めです。
「ピピピ......ピヨッピピ......」
家の外で、アサピッピが鳴いている。
窓から入り込む朝日が顔に当たったプロウ少年は一旦薄目を開けたが、煩わし気に布団を頭からかぶった。
(もう、ちょっとだけ......)
暖かく、ぼんやりと薄暗い布団の中で、プロウは再びまどろみ始める。
なんだか、とても懐かしい夢を視ていた気がする。
もう一度、もう一度で良いから、あの夢を視たい......。
「こらーーっ!プロウ!いつまで寝ているのーーっ!?」
しかしながら寝ぼけていたプロウの頭は、隣の部屋から響く母親の一言ですっかり覚醒した。
「ふあぁ!起きた!今起きたよお母さん!」
慌てて飛び起き、寝間着から着替えるプロウ。
最近少し伸びてきた深緑色の後ろ髪を一つに縛って外に出る支度を整え、母親の待つ居間へと移動した。
「まったくもう、プロウは寝坊助ね!」
粗末な机の上に皿を並べ、そこにパンや果物を乗せながら、プロウと同じ深緑色の髪をした美しい女性が微笑む。
彼女の名前はオッタ。プロウの母親だ。
ずいぶん昔に夫を亡くし、今は女手一つでプロウを育てている。
「ごめんってば!なんか、凄く素敵な夢を視てたんだ!」
「なあに?ふふ、だから寝坊するのを許してって?どんな夢を視たの?」
「忘れちゃった!」
他愛ない会話を続けながら朝食を済ます二人。
暖かな日差しが室内を明るく照らす。
食卓を彩る黄金色のパンは、朝日を浴びてきらきら、きらきらと輝く。
穏やかで、幸せな時間が流れる。
「ささ、食べ終わったら、早速仕事だよ!いつもどおり、プロウはまず川から水を汲んできてね!」
「うん、わかってるよ、お母さん!」
朝食の時間が終わると、プロウは大きなバケツを3つ持って家から飛び出した。
プロウはまだまだ体は小さいけれど、力持ちだ。
水でいっぱいにしたバケツを2つ両手で持って、そしてさらに1つを頭の上に乗せても、全然重さを感じないほどだ。
だからこそ、朝の水くみはプロウの仕事だ。
それぞれが無理せず、自分にできることを精いっぱいやる。
このグロウノードッカ村の住民は、全員がそうやって生きている。
のんびりと笑顔を絶やさず、明るく助け合って生きている。
一生懸命に麦を育てながら、生きているのだ。
プロウは川へと歩みを進めながら、ずっと向こうまで広がる青々とした麦畑を眺める。
プロウは麦畑が好きだ。
青空のもと風を受けてそよぐ緑が好きだ。
日の光を浴びて輝く黄金も好きだ。
どんな麦畑も大好きだ。
見ているだけで幸せな気持ちになる。
そしてプロウは、そこで働く人々も大好きだ。
道を歩く彼に気づき、畑作業を止め汗をぬぐいながら笑顔で手を振ってくれたのは、ハークおじさん。
その隣で草むしりをしているのはグルーテおばあちゃん。
どちらも、プロウのお隣さんだ。
その向こうで木を切って畑を広げているのは、最近村にやってきたロンテさんとイタックさん。
彼らは最近まで夫婦で冒険者をやっていたので、力仕事はお手の物だ。
冒険者らしく少し荒っぽい性格で出会った時にはひと悶着あったものの、今では大切な村の仲間だ。
他の村人たちと時々談笑しながら、満ちたりた顔で仕事をしている。
「プロウーーーっ!」
と、そこでプロウの背後から、かわいらしい声が響く。
振り返ると、バケツを持って駆け寄ってくる女の子が一人。
「フェティー!おはよう!」
彼女の名前はフェティー。
元気いっぱいの、プロウの幼馴染だ。
彼女がぴょんぴょん飛び跳ねるたびに、左右2つに縛った髪が揺れる。
その髪を縛っているアクセサリは、以前プロウが手作りしてプレゼントしたものだ。
プロウは彼女の落ち着いた茶色い髪がとても美しく素敵だと思ったので、一生懸命それに似合う髪飾りを作った。
フェティーもそれを、とても気に入ってくれた。
「ねぇプロウ!プロウも水くみなの?」
「そうだよフェティー!一緒に行く?」
「うん!」
二人は連れ立って、村の横を流れる川まで向かう。
穏やかに時間が流れていく。
◇ ◇ ◇
その川は、村の中心から西の方にまっすぐ進むと突き当たる、森の中を流れるキレイな川だ。
洗濯をしたり水浴びをしたり、村の生活には欠かせない川ではあるが、プロウはその川の名前は知らない。
村で“川”と言えばその川のことなので、固有名詞など気にしたことがないのだ。
「ねぇプロウ、今日は何かお宝、流れ着いていないかな?」
フェティーがプロウの袖を引っ張り、きらきらとした笑顔でそんなことを言う。
この川、たまに上流から様々なものが流れてくる。
それはたいていは木の実だったり、不思議な形の黒い枝だったりするのだが、たまに何かの生き物の牙とか、そういう珍しい物が流れてくることがある。
フェティーの髪飾りも、川上から流れてきたキレイに光る何かの鱗を削って作ったものだ。
そういう珍しいもの......お宝がないか探すのが、水くみ当番の二人のささやかな楽しみなのだ。
「あはは、どうかなー?」
笑いながら、木漏れ日を浴びてきらきらと輝く川面を眺めつつ、プロウは水くみ場へと進む。
この森はしっかりと村人たちの手が入っており、下草は刈られ木は適度に間伐されている明るい森だ。
魔物などは出てきたことがないので、二人はのんびりといつもの調子で、ふわふわした苔を踏みしめながら歩いていた。
「おっ宝!おっ宝!......あれ?」
その時である。
プロウの袖を引き前を歩いていたフェティーの足が、止まった。
「ん?どうしたの?フェティー......あっ!」
訝しむプロウも、すぐさまその原因を見つけた。
二人の視線の先、水くみ場に、見たことが無い、何か黒いものが流れ着いているのだ。
急いで駆け寄った二人は、その黒いものの正体に気づき、とても驚いた。
それは人だった。
彼らと同じくらいの年齢と思われる、少女だった。
プロウはその少女を見て、思わず息をのんだ。
だって彼は、これほどまでに美しい女の子を、見たことがなかったから。
着ている服はぼろぼろだけど、その肌は透き通るように白く、その髪は夜のように黒い。
そしてあまりにも整ったその顔立ちは、まるでその少女が人形か何かではないかと錯覚させるほどだ。
美しかった。
......不気味なほどに。
そしてプロウは、何故だかわからないけど、その少女の黒髪を見て......。
『懐かしいな』、と。
そんなことを感じた。
生まれてこのかた黒髪の人間なんて、見たことなんかないはずなのに。
「あっ!プロウ!この子、生きているよ!」
「えっ!?」
思わずその少女の存在感にのまれ、立ちすくんでいたプロウだが、フェティーはそうではなかったらしい。
恐る恐る少女に近づいた彼女は、黒い少女がまだ息をしていることに気づいた。
「すぐ村に連れて行こうよプロウ!暖かくして、助けてあげなきゃ!」
「う......うん!」
フェティーの言葉によって我を取り戻したプロウは、バケツを放り投げ、慌てて黒い少女を担ぎ、村への道を引き返した。




