111 追跡!アカミドリカエル!
それから3か月が経った。
だんだんと暖かくなっていく気温、そして長くなっていく日が春の訪れを感じさせてくれる。
そんな春のカイセの森を、エミーは拠点を転々と変えながら相変わらずさまよい歩いていた。
ぐぅぅぅ。
腹が鳴る。
ついさっき、食べたばかりだというのに。
この空腹感は、魔力変質の副作用。
しばらくすれば、治まるもの。
エミーの脳内の声は、以前そう説明してくれたはずだ。
なのに、一向に治まらない。
彼女はいつも空腹だ。
理由は簡単。
エミーが魔境で生活しているがためである。
魔境に住む魔物達は、人間からしてみればどれも強大な存在だ。
そんな連中と毎日戦い、結構な確率で死にかけ、それでもしぶとく生き残りその連中の血肉を取り込んできたエミーである。
魔力変質による空腹感が治まるその前に、またしても魔力変質が起こってしまうのだ。
故にその空腹感を解消するため、また新たな魔物と戦う。
戦って勝ち、その魔物の血肉を食らう。
また、魔力変質する。
空腹感に襲われる。
エミーの肉体はこの魔境で過ごした半年間で、相当強化されていた。
しかしながら、空腹感の解消、その問題の解決という視点でもってみれば、それは一向に改善される見込みはなかった。
むしろ酷くなってすらいる。
悪循環といっても良い。
「!」
と、ここでエミー、足を止める。
彼女の視線の先にいたのは、一匹の蛙である。
真っ赤な体表に、緑色の斑点がついたかなり目立つ配色。
その大きさは、エミーの頭と同じくらい。かなり大きい。
エミーはこの蛙のことを、その色合いから安直に“アカミドリカエル”と呼んでいた。
正式名称はわからない。
正式名称すら、ついていないかもしれない。
エミーの脳内の声いわく、<この蛙は異世界転生配信で視たことがないので、どういう生き物かよくわからない>とのこと。
この蛙との初遭遇はつい最近である。
おそらく冬の間は冬眠していたのだろう。
気温が温かくなってから頻繁に出会うようになった。
そしてこの蛙、その毒々しい色あいは見かけ倒しであり、食べられるしそれなりに美味である。
何故この蛙が食べられると分かったかと言えば、初遭遇時、エミーは極度の空腹状態にあったため、毒の有無など気にすることなく食べてしまったからだ。
生でかぶりついた。
その結果、何ともなかった。
だから食べられるとわかった。
単純な話である。
しかし実際のところ、この蛙は猛毒である。
度重なる魔力変質、そして悪食による毒耐性の向上により、エミーにはもはやほとんどの毒は効かない。
故に、猛毒の蛙も生でむしゃむしゃ食べられる。
真実はそういうことなのだが、エミーや彼女の脳内の存在がそれに気づくことはなかった。
さて、閑話休題。
エミーと目があったそのアカミドリカエルは、一瞬で力の差を理解する。
そしてどうやらこの黒い毛並みの生き物は、己の毒など一切気にしていないらしいことも、感じ取る。
あの生き物は、毒がどうこうと考えるだけの知能がないのかもしれない。
そういう、“バカだけど強い”生き物は、彼らアカミドリカエルのように己の有毒性を主張して身を守る者にとっては、天敵と言ってもよい。
バカだから、毒も気にせず己らを食べてしまうのだ。
その結果、食べた方も食べられた方も死ぬのだから、誰も得をしない不幸な結末である。
とにかく、逃げねば。
アカミドリカエルはその強靭な2本の後ろ脚で地を蹴り、黒い毛並みの生き物から逃走を図った。
跳んで、跳んで、跳ぶ。
鈍重な生き物であればこれだけでかなりの距離を引き離せるのだが、この黒い毛並みの生き物は違う。
むしろ彼よりも移動速度が速い。
彼が今現在も生き残っているのは、ひとえにうっそうと茂るカイセの枝葉が、黒い毛並みの生き物の移動を妨げていたから。
運が良かったからだ。
しかし、黒い毛並みの生き物は諦めない。
執拗に、アカミドリカエルを追いかける。
アカミドリカエルは恐怖のあまり狂乱していた。
無我夢中で飛び跳ねた。
跳んで、跳んで、跳んで。
そして、ふいに、彼の視界からうっそうと茂っていたカイセの木々がなくなる。
地面を踏みしめ再び跳びあがろうとする彼だが、それは叶わなかった。
地面がなくなっていた。
彼がカイセの茂みを突き破り、飛び込んだ先には、大きな大きな、そして底が見えないほど深い、谷間が存在していたのだ。
わたわたと手足をばたつかせながら、下へ下へと落ちていくアカミドリカエル。
そんな彼の様子を、黒い毛並みの生き物エミーは、無表情のまま、しかしその内心は獲物を逃して悔しい気持ちでいっぱいになりながら、崖の上からじっと眺めていた。
◇ ◇ ◇
こうしてエミーがたどり着いたこの谷、正式名称を“セレンギ大渓谷”と呼ぶ。
谷の底にはカイセの森最深部を源流とする急流“ジャコーベ川”が流れており、その谷の広さたるや、エミーが【飛蝗】を使用して跳び渡ろうと、そもそも考えすらしないほどである。
さて。このセレンギ大渓谷にエミーはたどり着いた。
このことから明らかになる事実は一つ。
彼女はついに、魔境カイセの森の中層部と最深部の境界地点に到達したということだ。
蛙に「知能がないのでは」と疑われる美少女が主人公の小説がこちら、『オマケの転生者』となっております。




