110 習得!【魔力察糸】!
ナイトトライットの襲撃を受けエミーが欲したもの。
それは安全な拠点であり、そして睡眠中も身の安全を守るための手段の構築であった。
前者は歩き回って見つければ良いものだが、後者については困りものだ。
エミーは一人で行動している。
交代で深夜番を務めるような仲間はいないのだ。
脳内に住まう存在はエミーと意識を共有しているため、エミーが寝ているときはそちらも寝てしまう。こういう時には役に立たない。
......もしここに、師匠がいれば。カマッセがいれば。
そんな想像も浮かんできたが、そんなものは実現し得ないただの弱気な妄想だ。
頭を振って振り払う。
悩むエミーに対し、ここで脳内の声が思いつきを発言する。
即ち、<あのハゲのように、【魔力斬糸】を結界のように運用できませんかね?>と。
“あのハゲ”とは、かつてエミー、そして彼女の師匠と敵対したカルト宗教の教祖であり、【魔力斬糸】のオリジナル使用者だ。
確かにあのハゲは【魔力斬糸】を自由自在に操っており、脳内の声が言うような運用方法を一瞬見せたこともあった。
つまり、その【魔力斬糸】結界を睡眠時も継続して発動し続けることができれば、敵はエミーに近づけない。
そうなれば、現在と比べれば比較的安全な睡眠環境を手に入れることができる。
しかしながら、エミーの魔力操作練度では、その提案をそのまま実現することは不可能であった。
現在エミーの魔力総量はかなり増えているし、【魔力斬糸】の操作練度もかなり向上している。
かつてはまるで縄のような太さの魔力糸しか作れなかったものだが、毎日コツコツ続けた修行のかいもあり、現在はそれをタコ糸程度にまでは細めることに成功し、それに伴い【魔力斬糸】の展開に必要な魔力量もかなり減らし、効率的な運用が可能になりはじめている。
だが、それを一晩中展開し続けなければならないとなると、話は別だ。
とてもじゃないが、魔力が持たない。
どうすればよいだろうか。
エミーはクビカリフクロウの巣穴を強奪し比較的安全な拠点を手に入れた後も、そのことについて考え続けていた。
狩りをしていないときはそのことについてばかり考えていたし、常に【魔力斬糸】を発動しては、効率の良い運用方法について試行錯誤を続けていた。
◇ ◇ ◇
そんなある日のことである。
彼女の潜む木の洞に朝日が差し込み、エミーは目を覚ます。
そして少し寝ぼけながら、洞の外に顔をだした。
すると、額に感じる少しねばつく不快な感触。
蜘蛛の巣だ。
その巣の主人は、何の変哲もない、ただの小さな黒い蜘蛛。
それは昨晩エミーが寝ているうちに、せっせとこの巣を編み上げていたらしい。
頭を振って糸を振り払うと、エミーは頭上に慌てて逃げていく蜘蛛を見つけた。
巣が破壊された振動を検知し、退避行動を選択したらしい。
寝ぼけ眼でその様子を見つめていたエミーだが、はっと何かに気づき、意識を覚醒させる。
そして【魔力斬糸】を発動。
すぐさま己のアイデアを実現できないか、試行を重ね始めた。
何故、【魔力斬糸】を一晩中展開できないのか。
前述したとおり、現在のエミーでは魔力量が足りないためである。
では、何故【魔力斬糸】の魔力コストは高いのか?
それは“斬るための”魔力を使用しているからだ。
普通の【身体強化】のみ使用している貫手と、そこに加えて“斬るための”魔力を纏った貫手である【蟷螂】。
どちらの方が魔力コストが高いかと言えば、それは当然【蟷螂】だ。
理由はわからないが、この“斬るための”魔力は、例えば【接着】のような“くっつける”魔力運用などと比べても、使用コストが高いようにエミーは感じていた。
では、【魔力斬糸】とは何なのか。
これは、エミーの理解では“斬るための”魔力を糸のように長く伸ばし、操る技術だ。
“斬るための”魔力はコストが高い。
ならば、この【魔力斬糸】から“斬るための”魔力を抜けば、どうなるか。
魔力コストが減少するのではないか。
エミーはそう考えたわけだ。
で、やってみた結果、【魔力斬糸】は消失した。
当たり前だった。
“斬るための”魔力を糸にしたものが【魔力斬糸】なのだから。
そこでエミーは考え方を変えた。
“斬るための”魔力以外の魔力で、糸を作れないだろうか?と。
まず思いついたのが、“くっつける”魔力で糸を作るという方法だ。
イメージは、蜘蛛糸。
獲物を拘束し捉える、ねばねばとした糸。
実現すれば拠点の防衛以外でも、狩りの場面でも大いに活躍するはずの技術である。
しかしながら、これ、端的に言えば非常に実現が難しかった。
この“くっつける”魔力、糸として伸ばすのがとても難しいのだ。
なんだかネバっとしていて、伸びていかない。
エミーの感覚では、そんなイメージの魔力だった。
というわけで、これも一旦保留である。
しかし、エミーは諦めない。
彼女はこういう試行錯誤が大好きだった。
前世で生きていた時から一人であれやこれや考えることは嫌いではないし(というか、話をできる相手がいなかったので、そんな考え事ばかりしていた)、このパズルを解いた暁には己の強化が約束されているのだ。
夢中になってこの問題に取り組んだ。
次にエミーが試みたのは、基本に立ち返ることである。
エミーにとっての魔力操作の基本とは何か。
それは【身体強化】である。
実父の暴力から命を守るため、必死になって習得したこの【身体強化】は、“斬る”だの“くっつける”だの、そんな風に魔力を変質させることを必要としない。
己の魂より湧き出る素の魔力を、そのまま己の皮膚に、筋肉に、骨に、内臓に染み渡らせ、強化するものである。
さて、この“素の”魔力。
余計な変質がなされていない、まっさらな魔力。
これを、体外に糸の形で具現化させる。
それこそが、次にエミーが試みた行いであり、そしてエミーの目的を達成させるための第一歩となり得る正解の一手だった。
“素の”魔力による糸づくりは、従来の【魔力斬糸】などと比べても遥かに容易く実現が可能だった。
何で、この手を考え付かなかったんだろうと、逆に悔しくなるほど簡単だった。
糸は割と簡単にするすると伸ばすことができたし、【魔力斬糸】と比べるとかなり自由に動かすこともできた。
そしてその魔力コストも、相当に低く抑えられていた。
これなら、一晩中この糸を出現させ続けていても、余裕をもって朝を迎えることができる。
一方でこの糸、全く強度には期待できない物だった。
試しに伸ばして宙にピンとはったその糸に細い木の枝を投げつけてみると、糸はなんら抵抗をすることなくプツリと切れてしまった。
だがしかし、エミーはこの結果に満足していた。
彼女が注目したのは、糸が切れる際に生じた“プツリ”という感覚である。
周囲にこの糸を張り巡らせておけば、何者かが己に近づきこの糸を切った瞬間に、己はその存在に気づくことができる。
つまり、この糸、鳴子としての運用が可能であると気づいたのだ。
故に、この時点で当初のエミーの目的は達成された。
この糸は脳内の声により【魔力察糸】として名付けられ、早速その晩から運用が開始された。
初めの内は、特に警戒する必要もないネズミなどの小動物にも反応してしまうという欠点にも悩まされたが、それは糸の張り方を工夫することで対処した。
ちなみに、寝ながら糸を出現させ続けるという運用上の難点については、寝ながら常に【身体強化】を発動し続けてきたエミーにとっては、特に問題にはならなかった。
これが魔境に入り、ちょうど2か月ほど経過した時の出来事である。
◇ ◇ ◇
こうしてエミーが【魔力察糸】を習得してからさらに1か月経ち、件のパワーベアとの戦いが幕を開けたというわけだ。
寝ながらも発動していた【魔力察糸】の効果によりパワーベアの接近を感じ取ったエミーはすぐさま意識を覚醒させ、敵の存在を視認。
練度が上がり、長さと操作精度が高まった【魔力斬糸】によりパワーベアを奇襲。
油断してろくに【身体強化】もしていなかったパワーベアの右前足を、不意打ちにより斬り落とした、と。
パワーベア戦の種明かしをしてしまうと、これが真相であった。
「............」
さて。
エミーはがむしゃらにパワーベアが暴れたせいで、すっかり更地になってしまった拠点周辺の様子を眺める。
周囲のカイセの木はぼろぼろにされて、見るも無残な状態だ。
そして更に困ったことに、エミーがねぐらにしていたカイセの巨木。
大きな洞のある巨木。
その巨木が、根元からぽっきりと折れてしまっていた。
「............」
エミーはため息をついた。
これでは、またしても新たな拠点を探さねばなるまい。
パンパン、と頬をはると、エミーは折れてしまったカイセの巨木に背を向け、森の奥に向けて歩き始めた。
身を守るための技術は、既に身に着けた。
さらに、ソードレレなど、周辺に住んでいた獲物は徐々に数を減らしつつある現状。
そろそろ、拠点を移そうか。
そんなことを、考えていた矢先の出来事ではあるのだ。
あのパワーベアは、そのきっかけを作ってくれたに過ぎない。
もはやエミーによって血肉を食らいつくされ、骨と毛皮だけになったパワーベアの残骸をちらりと眺め、それ以降、エミーは振り返ることはなかった。
空が徐々に明るくなり始める。
星々の輝きは薄くなり、紫色の朝焼け空にのまれていく。
日が昇り始めた。
ギュンッ!
ギュンッ!
ギュンッ!
まるで雀がチュンチュンと鳴くような気軽さで、バレットピッピがギュンギュンとエミーに向けて突撃してくる。
エミーはそんな小鳥たちを一瞥することもなく超高速で掴み取り、握りつぶしながら森を進んでいく。
どれだけの数が生息しているのかわからないが、この周辺で生活していると日に一回はバレットピッピの襲撃にあうのだ。
さすがにこの小鳥達への対処には慣れてしまったエミー。
もはやエミーの中でバレットピッピ達は、毒蛇ヤサゴに続き、自動で供給されるおやつに認定されていた。
新技習得しました(地味)。
“糸”のさらなる応用については、また今度。




