104 【神々のお話⑥】水底を揺蕩う名も無き呪神
光すら届かない、深い深い海の底。
ゆらゆらと水の流れに身をゆだねながら無数に生えた触手を揺らすそれは、おおよそ10年ぶりに目を覚ました。
10年。
人間にとってはそれなりに長い時間であるが、それにとってはほんの一瞬とも言える短い時間。
なにせそれは、既に数えきれないほどの年月をこの世界で過ごしている。
たった一つの目的を果たすために。
(............?)
さて、10年ぶりに目を覚ましたそれは、すぐさま異変に気付く。
それが大事に触手で握りしめていたはずの魂が、どこかに消えている。
寝ている間に、どこかに落としてしまった?
いや、そんなことは、それが生まれてこのかた一度もなかったことだ。
ありえない。
それは少なからず動揺した。
その魂がどこへ移動しようとも、転生して別の人間になろうとも、決してそれの触手はその魂から離れることなく、その魂を縛り続け、呪いを与え続けていたのだ。
不幸を呼び込み、生かさず殺さず、その魂に責め苦を与え続けるために。
それこそがそれの生み出された理由であったし、それがやるべきことであったし、それがそれの全てであった。
なのに、対象の魂が消えている。
(............?............?............?)
それは困惑し、混乱した。
すぐさまそれは世界中に己の触手を伸ばし、その魂を探した。
それの触手は呪いそのものである。
人の目には見えないその触手が世界中を這いまわり探索を行ったが、ついぞ目的の魂は見つからなかった。
おかしい。
こんなことはあり得ない。
これは、おかしい。
あの魂は特殊なのだ。
必ず人間に転生するようにできていたし、死んだらすぐに次の人間になるよう定められていた。
それに、呪われ続けさせるために。
人間の体という牢獄に閉じ込め、永遠の責め苦を与え続けるために。
それなのに、ない。
対象の魂が、なくなっている。
まるで、この世界から切り取られてしまったかの如く。
(............)
それは、考えた。
考えに、考えた。
己が今後、どうするべきなのかを。
考えた。
考えに、考えた。
考えに考えたが、わからなかった。
己が今後、どうあるべきなのかは。
なにせ、それは一応神格すらもっている存在であるにも関わらず、ただ一つの魂を呪う、それだけのことしか、してこなかったからだ。
そのためだけに、生み出されたからだ。
故に、そのただ一つの魂がなくなってしまった時、己がどうするべきなのか。
わからなかった。
そんなことは、想定されていなかったのだ。
それが生み出された時には。
(............)
考えても、わからない。
考えた結果、それだけはわかった。
それだけはわかったので、それは再び眠りにつくことにした。
あの魂に呪いを与え続けることがそれの使命。
であるならば、あの魂がなくなったのだから、やることはない。
眠るしかない。
それは全世界に伸ばした己の触手を再び引き寄せ、水の流れにまかせてゆらゆらと揺れながら、深い深い海の底......人間たちが日本海溝と呼ぶその場所で、再び眠りについたのだった。




