100 再び寂れゆく町の門番
祝!100話!
だけど、その辺の門番のおっさんの話です。
華がないかわりに、鼻をほじります。
「ようこそヨシャンカへ。ここは『風は寒いが、人の心は温かい』町だ。ゆっくりしていってくれ」
ぞんざいに町のキャッチコピーを伝えて行商人を門の内に入れてから、衛兵であるサイドロックは鼻をほじった。
暇である。
田舎町の門番という仕事は。
そう、暇なのだ。
またしても、暇なのだ。
暇になってしまったのだ。
「あの日」から既に1か月が過ぎた。
ヨシャンカを訪れる人々は徐々に減り始め、今ではすっかり元通り。
以前のような寂れた町に逆戻りしてしまった。
いや、あの好景気が続くと踏んだ商工会の連中は、店の増築だの新規事業の開拓だのに手を出していた。
それなのに人がいなくなってしまったので、投資した資金を回収できずに顔を青くして頭を抱えている。
そういう意味では、以前よりも状況は悪くなっているか。
多くのヨシャンカの商売人たちが、破産寸前青息吐息だ。
もし商売人がいなくなれば、さらにヨシャンカに住まう人間は減る。
ヨシャンカという町は、滅びへの階段をこれまで以上のスピードでもって転がり落ち始めたのだ。
(まぁ、オレには関係ねぇか。オレが死ぬくらいまでは......なんとか持つだろ。多分)
サイドロックは鼻に突っ込んでいた人差し指を引き抜く。
......ここ最近で一番でかいのがとれた。
「あの日」というのは、呪い子の少女がヨシャンカを追放された日のことである。
サイドロックの飲み友達、ダッカンテ所長が出張から帰ってきた日でもあり、受付嬢のピリッツァが行ってきた数々の不正が明るみに出た日のことでもある。
あぁ、あとはあの生意気で印象的な銀髪、カマッセがこの町を出ていった日でもあるか。
呪い子がこの町から追放され、何が起きたか。
まず、冒険者ギルドへの、サイーシュ草の納入がほぼストップした。
これはピリッツァへの取り調べの中で明らかになったことらしいのだが、最近話題になっていた“カイセの森のサイーシュ草”、あれはあの呪い子が採取し、ギルドに納入していたのだとか。
そういやこの門の前で、それっぽい草をカマッセに見せていたことがあったっけな、あの呪い子。今更思い出したわ。
ピリッツァは呪い子を騙くらかしてサイーシュ草を搾取し、その利益を懐に入れていたらしい。
その不正を周囲から隠すため、ピリッツァは真実を秘匿していた。
そしてその結果、あの呪い子は何一つ報われることなく町を追われた。
すると、どうなったか。
まず、薬草目当てでヨシャンカに来ていた商人や薬師の連中が、町から消えた。
そして次に、魔境探索は危険が大きい割に探しても探してもそれほどサイーシュ草が採れないので、冒険者の連中もいなくなり始めた。
以前なら、薬草採取ができなくてもトーゴードの卵を採ってくることで、冒険者はある程度生計を立てることができた。
しかしながら、その頼みの綱のトーゴードが生息地であったはずの北の崖からその姿を消してしまったのだ。
ヨシャンカの町は、一気に冒険者にとっては稼げない、うま味のない町になってしまった。
そんな町に留まる理由もない。
当然冒険者たちはどこかに消えてしまった。
ヨシャンカから賑わいが消えた。
「ふわ~あ!ここ最近、暇っすね~!のんびりできるのは良いけど」
隣でヨザがあくびをしながら呑気なことを言っている。
「こんなに人が来ないと、町が心配っすよ。これもあの黒髪黒目の呪いだな......!許せないっす!」
こいつや商工会のお偉いさん方など、呪い子追放のため積極的に動いていた連中は、みんなこういう言い方をする。
町が再び寂れてしまったのは、あの少女の呪いのせいだと。
しかしながら、アレをこのまま町に置いておけば、きっと必ずもっと大きな災いが町に降りかかっていたはずだ。
だから、この状況はいたしかたないのだ。
自分は悪くない、と。
(まぁ、責任転嫁だな)
ってか、こいつ。ヨザ。
呪い子が追放されたあの日、法的根拠もなくあの少女を追い出そうとした商工会連中が動き出したきっかけを作ったのがこいつらしい。
何でも、呪い子が門を使わず、外壁を駆け上がって乗り越えていたんだと。
きっとそれは、正門を使わないのは、やましい理由があるからに違いない、町から追い出すしかない。
まぁ、そんなこんな言って、連中を焚きつけたらしい。
おいおい、お前さんは衛兵だろう、と。
何やってんだよ、と。
そんな法はねぇだろ、と。
確かにオレも、ハリンナにせっつかれて「調べてみる」とは言ったがな。
こんな乱暴なやり方をしようとは思ってなかったんだ。
呪い子が外壁を乗り越えて移動していたのを見つけた。
想定外に、そういうことをできる人間がいた。
なら、それを代官様にでも報告して、どうしますかと伺いを立てて、そこで命令をもらって動くってのが正しい手順ってもんだよ。
それを勝手に自分の判断で動きやがって。
もしこれが問題行動と見なされれば、オレにも間違いなく何らかの処分がくだる。
監督不行き届きだからな。
ふざけんなっての。
幸い、相手が呪い子だったからかはしらんが、特に上から注意なんかは飛んできてないが。
「......そういえば」
「ん?サイドロックさん、どうしました?」
「あぁ、すまん。独り言のつもりだったんだが......ヨザ、お前、呪い子が外壁を駆け上がるのを見たって言ってたな?」
「あ、はい!奴め、そうやって我々門番の目を逃れていたんすよ!許せないっすよね!」
「......どうやったら、外壁を駆け上がるなんて真似、できんだろうな......?」
「ん?んー......そりゃ、アレじゃないっすか?きっと悪しき呪いの力を使ってなんかしたんすよ!その力を町民に向けられる前に、追い出せて良かったっすよね!」
「......そっか」
これだもんなぁ。
自分の思い込みが真実になっちゃってんだもんなぁ。
公平性を保つべき衛兵の心の在り方としては、実によろしくない。
ほっといたら、また同じようなことやらかすぞ、こいつ。
でもなぁ。
本来的に言えば上役であるオレがヨザを叱責してしかるべきかもしれんが、それをするとオレが間接的にこいつに乗っかった商工会を批判をしたことにもなってしまうしなぁ。
こんな小さな町で、商売人たちに嫌われると、悲惨なことになる。
だから、オレは何も言わない。
ヨザも何も変わらない。
うん、でも、これは仕方ないことなのだ。
オレ自身のことでもないし、別に良いか。
うまく自分の責任は回避できるように、その準備だけはしておこう。
(......あぁ、それにしても、暇だ......)
そんなこんな、とりとめもなく考えていたサイドロックは、空を見上げてため息をついた。
そこに広がるのは、いつも通りの曇り空。
見ていて楽しいものではない。
海風はびゅうびゅう吹いて冷たいし、儲け話も転がっていない。
そんなヨシャンカが、また1か月前のような賑わいを取り戻す日が来ることは、あるのだろうか。
(多分、ないよなぁ)
あれは、死にゆく町ヨシャンカがみた、最後の夢。
楽しい夢だったんだ。
夢ってものは、いつかさめるもんだ。
(......もしも)
しかし、もしも、自分たちがあの呪い子を追い出さず、この町で受け入れていたら、どうなっていただろう。
何か、新しい物語が、この町で始まっていたのではないか。
なんとなく、サイドロックはそう思った。
(......いや、今更だし、どうでも良いか)
自分たちは、呪い子を追い出した。
ヨシャンカの町は、再び寂れ始めた。
その因果関係をあーだこーだ考えるのは、少なくとも衛兵の仕事ではないな。
そう思い、サイドロックはここで、呪い子について考えるのをやめた。
そして相変わらず吹き付ける不快な海風に眉をしかめながら前を向き、誰も人が歩いていない荒野の街道を眺めながら、鼻をほじりはじめた。
以前と変わらない日常が、そこにはあった。
ヨシャンカのその後の話でした。
町を盛り上げた原因となる人物を追い出したので、当然の結果として町はまた寂れてしまいました。
自業自得。
そしてサイドロック。
このおっさん、名前の付いたキャラクターのくせに、最後まで何もしませんでしたね。




