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第4章 「唱えよう!人類防衛機構5箇条の誓い!」

 書き上げた報告書を支局のデータベースに登録し、当直勤務の交代時間を迎えた私達3人は、大手を振るって家に帰って構わない。

 ところが私達3人の間には、何となくだが帰りにくい空気が出来上がっていたので、先程まで報告書を作成していたオフィスに程近い休憩室に居座り、気が変わるまでダラダラと過ごす事にしたの。

 もしもそのまま気が変わらなくったって、支局の宿直室の利用申請をして泊まる事だって出来ちゃうんだ。

 明日の月曜日はシフトに入っていないから、学校に行く必要があるけど、宿題は午前中の待機中に水曜日の分まで仕上げちゃったし、教科書は自宅用と学校用と支局用の3セットがあるから、このまま支局から通学しても差し支えがない。

 ビジネスホテル並みの設備が備わっている宿直室は、1人部屋から4人部屋まで用途別に各種揃っているから、仲の良い友達同士でグループ用の部屋を押さえて、修学旅行気分で宿直する特命遊撃士も沢山いるよ。

 今日、3人部屋か4人部屋に空きがあったら、私達もやってみようかな。


 それにしても、ここの休憩室の椅子はスプリングが良く効いていて、ドリンクサーバーも無料で使い放題だから居心地が良いな。

 さすがにアルコールメニューは出ないけど、それくらいは我慢しないとね。

 もっとも、炭酸飲料ならサーバーから出せるから、ウィスキーや焼酎の用意があれば、ハイボールや酎ハイが出来るけどね。

 支局の地下にはコンビニがあるから、そこでウィスキーや焼酎を買う事も出来るけど、定価売りだからちょっと割高なんだよね…

「良かったね、英里、ちさ。大浜少女歌劇団北組夏公演の特等席だってさ。」

 このように私と英里奈ちゃんに語りかけるマリナちゃんの顔は、昼間のシリアスモードから一変して、すっかり日常モードに戻っていた。

「お弁当付きの特等席って、一番高いチケットじゃない?太っ腹だよね~?」

 まあ、娘役トップスターが助かったんだから、何て事もない出費なのかも知れないね。

「でも、折角(せっかく)ですから京花さんも御一緒の方が(よろ)しいですよね…」

 英里奈ちゃんは、今はこの場にいない私達3人の共通の親友の名前を出すと、少し残念そうな表情を浮かべながらティーカップをソーサーに置いた。

「京花ちゃんは贔屓にしている特撮ヒーロー番組の主人公役の俳優さんのサイン会で休暇中だったよね?今頃は、ブルーレイボックスにサインを貰って御満悦だろうね。」

 ありありと目に浮かぶようだよ。京花ちゃんがサイン入りのブルーレイボックスを手にして、にこやかに主役俳優と握手している記念写真の構図が…

「さすがに、今回居合わせなかった人間の分のチケットは無理だろう。お京は自腹だな。」

 私もマリナちゃんに同感だな。

 いくら何でも、「この場にいない友達の分も分けて下さい。」と頼むなんて厚かましい真似は、私達には出来ないよ。

「場合によっては、(わたくし)の分を京花さんに差し上げても構いませんが…」

「本当にいいの、英里奈ちゃん?大浜少女歌劇団のお弁当付き特等席チケットって、値段も競争率も物凄く高いって有名なんだよ!」

 私の忠告も何処吹く風。

 英里奈ちゃんの様子に変化はない。

「いえ…(わたくし)の父が大浜少女歌劇団の株を持っておりますので…株主優待として特等席のチケットが、公演の度に送られてくるのですよ。」

「あ…そう…」

 内気で気弱な普段の振る舞いのせいで、すっかり忘れがちだけど、そう言えば英里奈ちゃんは名家の御嬢様だった。

 御家族が大浜少女歌劇団の大株主をしていても、何もおかしくはないね。


 次の瞬間、「ホッ…」という小さな溜息が、軽く休憩室の空気を揺らしたの。

「それにしても残念でしたわね、京花さんは…」

 英里奈ちゃん、どうして溜息なんかつくの?

 何故だか分からないよ。

「何が残念なの?株主優待があるから、4人とも観に行けるんじゃ…」

 私の疑問に対して英里奈ちゃんは、武家の血統に裏打ちされた気品ある微笑で答えるのだった。

 そうやって優雅に微笑んだら、ちゃんと名家の御嬢様らしく見えるね。

「あの場に居合わせた(わたくし)共だけが共有出来た、素晴らしい1シーンをお忘れですか?」

「昼間の吸血チュパカブラ退治の事?あの程度の修羅場なら、お京だって特命遊撃士なんだから幾つも踏んでいるだろ?全く、何を今更…」

「もっと素晴らしいハイライトシーンがございましてよ、貴公子様。」

 この一言で、ようやく私達にも合点が行ったね。

「英里奈ちゃんも見ていたの、あの一部始終を?」

「貴女も隅に置けない方ですわね、マリナさん。大浜少女歌劇団北組が誇る娘役トップスターの白鷺ヒナノさんと目覚めの接吻を交わし、あまつさえ男役トップスターの東雲オリエさんに御手を取られるとは…望外の僥倖、贅沢の極みですよ。前者は差し障りがありそうなので撮影は自粛させて頂きましたが、後者は問題なしと判断致しましたので…」

 英里奈ちゃんが取り出したスマホの画面には、東雲オリエさんに手を取られるマリナちゃんの写真が表示されていた。

 おっ!ここだけ見れば、マリナちゃんもお姫様に見えるよ。

「英里、なかなか良く撮れているじゃないか…この画像、私にも送ってくれないか?」

「私にも送ってよ、英里奈ちゃん!」

 少し小首を傾げた英里奈ちゃんは、何かを思い付いたような表情を浮かべた。

「差し上げても構いませんが…1つ条件がございましてよ。」

 英里奈ちゃん、人の足元を見るような子だとは思わなかったよ。

 私、正直言って英里奈ちゃんの事を見損なったよ…


「そんな意地の悪い事を言わないでくれよ、英里。その条件というのは、一体何なんだよ?」

(わたくし)が京花さんにお譲りしようと考えている株主優待の特等席チケットには、お弁当が付いておりません。そして大浜少女歌劇団の特等席のプレミアムチケットに付いているお弁当は、6切れのビフカツサンドです。京花さんに、マリナさんと千里さんの分のビフカツサンドを1切れずつ御裾分けして下さい。もちろん、(わたくし)も2切れ負担致します。4切れもあれば京花さんも満足されるでしょう。」

「えっ…それだけ?」

 拍子抜けしたマリナちゃんが、素っ頓狂な声を出した。

 さっきの歌劇団の人達に聞かせられないよ、こんな声。

「はい、それだけです。観劇中の京花さんに、空腹な思いをさせてしまっては可哀想ですからね。」

 前言撤回。

 勝手に早合点したり見損なったりなんかしてゴメンね、英里奈ちゃん。

「本当にいいのか、英里?私達は1切れだけなのに、英里は2切れもビフカツサンドをお京に差し出すなんて。」

「そもそも英里奈ちゃんは、お父さんの株主優待チケットまで…」

 私とマリナちゃんの発言をやんわりと押し止めたのは、微笑みながら首を横に振る英里奈ちゃんの動作だった。

「この件が無くとも、(わたくし)は父の株主優待チケットで行くつもりでした。せっかくの機会ですから、皆さんと御一緒の方が楽しいと考えた(わたくし)の気持ちも察して頂けたら幸いです。そして、皆さんと御一緒なら、なるべく同じ条件で観劇したい。ビフカツサンドの再配分は、そんな(わたくし)の我儘心です。(わたくし)だけがビフカツサンドを2切れ提供する理由は、我儘に付き合わせてしまったお2人への、せめてものお詫びのつもりです。」

「英里…」

「お2人には(わたくし)の我儘に、出来ればもう少しだけ付き合って頂きたいのです。大浜少女歌劇団北組の夏公演を観劇する時、お2人は京花さんに悪感情を抱かないで頂きたいのです。今回の作戦に京花さんが参加されなかったのは、正式な制度の下で休暇を取られたからです。そして、余った株主優待のチケットを差し上げるのは、単なる(わたくし)の好意。お2人にはそのように考えて頂いて、京花さんにはこれまで通り接して頂きたいのです。」

 見損なうどころか、改めて感心したよ、私。

 英里奈ちゃんは、ここまで気配りしていたんだね。

 英里奈ちゃんの分のお弁当付き招待券を京花ちゃんにプレゼントして、英里奈ちゃんはお父さんから貰った株主優待チケットで入場して売店でお弁当を買う。

 こうすれば手っ取り早いけど、このやり方だと京花ちゃんは、何の苦労もせずに招待券をせしめて、英里奈ちゃんにお弁当を自腹で買わせた事になってしまう。

 私とマリナちゃんが京花ちゃんに、「自分は何もしていないのに、どの面を下げて座席に座っているんだ?」という嫌悪感を抱いて、私達の友情に亀裂が入る危険性を恐れたんだね。

 だからと言って京花ちゃんに株主優待チケットだけを差し出しても、お弁当がなくて気まずいだろうね。

 どの道、私達が京花ちゃんにビフカツサンドを1切れずつ提供する流れにはなるだろうけど、私達の中にシコリが残らないとも限らない。

 だから、マリナちゃんと東雲オリエさんの2ショット写真との交換条件という形でビフカツサンドの山分けを提案して、気まずさを極力減らそうとしたのか…

 そこまでして英里奈ちゃんは、大浜少女歌劇団北組の夏公演を私達4人全員で観たかったんだね。それも、私達4人の仲良しの思い出にするために。


 そう思うと、何だか目が霞んでボヤけて来たよ。

「英里奈ちゃん…英里奈ちゃんは、そこまで考えてくれていたんだね…京花ちゃんの事も…私や、マリナちゃんの事も…」

 嫌だなあ、涙は見せたくないよ…

「水臭いぞ、英里…ちさや私が、そんな器の小さい奴だと思っていたのかよ…だが、そこまで英里は、私達4人の仲を大事に思ってくれているんだな!」

 あれ…マリナちゃんの声が震えている。

「では…皆さん!」

 英里奈ちゃんに至っては、涙腺が決壊寸前だよ。

「ああ…お京に対して一切のわだかまりを抱かないと、私は誓うよ!私達4人の友情と、『人類防衛機構5箇条の誓い』の第4条に誓ってね!」

「私だって誓うよ!京花ちゃんは、私達の大切な友達だよ!これまでも…そして、これからもね!」

「千里さん…!マリナさん…!」

 ここに来て、ついに英里奈ちゃんの涙腺は完全に決壊した。

「唱えようよ…あの宣誓を!こんな時はさ。」

 マリナちゃんに負けず劣らず、私の声も震えていた。

 私の涙腺が決壊するのも近いかな。

 目元をハンカチや袖口で拭った私達は、誰が言い出すでもなく、ごく自然に右手を重ね合わせると、さっと顔を上げた。

 御誂え向きに、休憩室の窓には夕陽が差し込んでいる。

「人類防衛機構5箇条の誓い!第4条!私達人類防衛機構は!互いの友情と絆を誓い合い!1人は皆の為に!皆は1人の為に持てる力を尽くし!喜びも悲しみも全員で分かち合う事を誓います!」

 寸分のズレも狂いもない、呼吸のピッタリと合った宣誓だった。

 何せ、小学校高学年の時に特命遊撃士養成コースに編入した日から、式典などの機会に何度となく唱えた宣誓だもの。

 人類防衛機構に所属している女の子だったら、いつでも何処でもソラで言えるよ。志を同じくする友達と一緒に宣誓する時の高揚感は、いつも胸を熱くさせてくれるよね。

「しかし、京花さんの大好きな特撮物のイベントと被ってしまったら、困りますね…」

「英里…そんな水を差すような事を言うなよ…雰囲気ぶち壊しじゃないか…」

 呆れ顔なマリナちゃんの気持ちも分かるけど、英里奈ちゃんが危惧する気持ちもよく分かるな。

 明日の朝に高校で集まったら、じっくりと予定を検討しないとね…

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― 新着の感想 ―
[一言] 家って……何だろうね。 そんな事を思ってしまうほどの完備っぷり(゜Д゜;) 見る人が見れば税金ドロボーって絶叫してしまうかもね(ォィ そして……ラストには胸に込み上げる熱いものがッッッッ…
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