衝撃
何もすることがない。
海野が襲われそうになってから、警察や学校から何の御咎めもないまま数日が過ぎている。恐らく、有沢のような金持ちは、この事態が表面化して、権威に傷がつくのを恐れたのだろうか。俺のばりばり傷害罪に匹敵する事件は、有沢が揉み消したとしか考えられない。
あちらが悪いのは事実だが、明らかにあれは過剰防衛だ。自宅謹慎はおろか、退学も覚悟していたが、何もないとなると肩透かしにも程がある。
片桐の全身には、ギャグ漫画のように包帯がぐるぐる巻きにされていて、ゾンビ状態。姉がふざけてやったことだが、クラスの連中からすれば、冗談にならず、いつもよりさらに距離を取られている。どこぞでまた片桐が、とんでもない事件を引き落としたのだと遠巻きにしているだけだ。
大げさな包帯だったが、軽傷でもない。これで、警察沙汰にならなかったのは不幸中の幸いといったところか。
あれから海野は一度も学校に顔を出していない。
どうして知っているのかというと、うちのクラスの担任である狩野が、訊きもしないのに勝手に教えてきたからだ。なんて暇な奴だ。
最近、めっきり狩野は放課後俺を追いかけなくなっている。嬉しい反面なにやら寂しい。どんなに面倒くさいことでも、ルーティン化された日常から欠ければ違和感を覚える。……あいつのことならもっとだが。
片桐は工藤を放課後の部活動場所である体育館まで送っていくと、完全に手持ち無沙汰な状態。
何もすることを見出せないまま帰ろうとすると、見知らぬ二人の女子の噂話が聞えてくる。
「ねぇ、知ってる? あの、誰だったかな? ほとんど壊滅状態だった美術部に残ってた、あの。えーと、名前は忘れちゃったけど、あの人が転校するらしいわよ」
思わず靴箱から取り出した靴を、取りこぼす。
……転……校?
おい……嘘だろ?
どうして……どうして……?
視線に気がついたのか、女子たちは片桐の方を恐る恐る見やる。
「おい、それ本当の話か?」
片桐は掴みかかるように迫ると、女は慄く。
あっ、悪い。と謝罪を入れて、一歩引く。
すると、女たちの表情が和らぐ。
俺の素直に謝ったのがそんなに意外か? それともこのド派手な見た目がそんなに見世物になってんのか?
「ええっ、本当です。職員室にプリント提出しに行ったら、先生たちが話してました」
「くそっ!!」
なんで誰も教えてくれなかったんだ。それとも海野もしかして、お前は誰にも言わずに転校するつもりなのかよっ!? ふざけんじゃねぇ!! てめぇがってな行動は、この俺が許さねぇぞ。俺は、お前に言わなきゃいけねぇことがあるんだ。
靴はそのまま放りっぱなし。海野の元と急ぐ前に、見知らぬ女子に、
「ありがとな」
その言葉は緊急事態のせいか、思考もせずに勝手に出てきた。




