負のスパイラル vol.2
「私にもアイスくれ」
二人で公園のベンチに腰掛け、俺の喰いかけモナカアイスを、工藤に猫なで声でねだられた。もう少しで吹き出すところだったが、なんとか抑えることに成功する。
普段は勇ましい癖に二人きりになったら可愛くなるとか卑怯だろ、と思ってしまうのは惚れた弱みだろうか。
しかも相も変わらず工藤独特の距離感。
ショートレンジで互いの肩はくっつき、工藤の蝶のような長い睫が間近に迫る。ひたすら自分の気持ちを悟られないように、そして、なるべく仏頂面で、友達のような口調で話すことを心がける。
「ああ? 解かったよ。一口だけだからな。……あっ、一口つっても普通の一口だからな。お前、アイス丸ごと一口で食えるからって、アイス全部食うとかは絶対にするんじゃねぇぞ」
「片桐は、私をどんな眼で見てんだよ」
とか言いつつ、けっこうごっそり持っていかれたぞ。一口、二口しか食べていないアイスの残りが、三分の二ぐらいになっていた。
だがまあ、そんな男勝りなところも全部ひっくるめて好きになっちまったんだけどな。
「なぁ、宮崎とは最近どうなんだ?」
海野と砂浜で話すようになって多少の月日が経ったが、宮崎と工藤セットで会ったのは皆無だ。
恒例だった三人で昼飯を食べる習慣はなくなった。
宮崎が、未だに俺が海野と交流していることから、完全に臍を曲げてしまった。そして、宮崎は他のクラスメイトと昼食をとるようになり、三人一緒でいることはなくなった。
元々宮崎は誰とでも仲良くなれるスキルを持ち合わせているから、メンバー探しには困らなかったようだが。
そうなってくると、工藤はともかく俺自身は工藤、宮崎の二人以外に弁当を向かい合わせで、談笑する仲のクラスメイトなど心当たりがない。
だから、工藤と二人で食べるほかない。
工藤も俺と同じで宮崎と食べないのなら、他の女子と食べないのかと訊いたが、あー、いいよ、面倒くさいし。あいつらとは部活とかでいつでも話せるけど、片桐とは高校になってから全然遊んでないもんな。片桐とは昼休みぐらいしか話せないし、二人きりで全然いいぜ! と笑って返してくれたが、俺に対して気を使っているのはバレバレだ。
その気遣いが逆に、心に傷を作ってしまう。だったら、俺は工藤にどうして欲しいんだっては思うんだが、自分でもよく分からない。結局のところ、どちらに転んでも結果は一緒なような気がする。
工藤と宮崎がどうなろうと、俺は……。
「ああ、宮崎とは別れたよ」
二人は付き合っているのだから、少しでも一緒に居たいと思うのが当然な筈だ。それを、俺なんかのせいで食事の邪魔をしてしまっている……。だからこそ、罪悪感を――って、はあ?
「わりぃが、もう一度言ってくれないか?」
「うーんと。だからな、あいつとは、宮崎京とはキレイさっぱり別れた!」
深呼吸をして、今の工藤の言葉の意味を推し量る。軽い口調で話し、適当なことを言っているように聞こえるが、場の空気が悪くなるのを嫌う工藤が、あっけらかんと話すということは、逆に信憑性が高い。
ふは、ふはははは。
公園で盛大な高笑いをしながら小躍りしたい。込み上げてくる喜び。他人の不幸は蜜の味。
確かに工藤や宮崎には悪いが、これで俺にも千載一遇のチャンス到来だ。しかも状況的に公、園に男女二人きり。お膳立ては整った。だが、全身全霊でぶつかる前に、当然すべき疑念を工藤にぶつける。
「どうして別れたりしたんだよ。喧嘩でもしたのか?」
俺が見た限りそんな素振りはなかった。確かに、二人は別々に昼飯を食べていたが、それは自分のせいで、直接二人が衝突したようには見えなかった。
「うーん。簡潔に言うなら、ただの私の我が儘だよ。それ以上でもそれ以下でもない」
「ああ――って、それだけで解るわけねぇだろ! 詳しく話せよ」
突っ込んでから、すぐにそれが失言だと気付く。別れてばかりで、傷心の工藤に対してなんて迂闊で無神経な発言なんだ。自分の単細胞さ加減に腹が立つ。
そんな俺の胸中を見透かしたかのように工藤はふっ、と微笑を浮かべる。
「気にしないでいいよ。これは、私たちの問題だから。片桐は関係ないよ」
何かに耐えるように唇を歪め、吐露した工藤の気持ちは、俺の心に突き刺さる。
俺には関係ない。
気を使って言った言葉なのか、それとも本心なのか。そんなの工藤本人しか解り得ない。
けれど、やっぱり、寂しいし、悔しい。きっと、二人は別れても、俺なんかの入る余地なんてないんだ。膨らんでいた期待が、急激に萎んでいく。
「もっと、早くこうすべきだった。ううん。ホントは、付き合っていたこと自体が間違いだったんだ。だって、宮崎が好きなのは私じゃないし、私が好きなのは宮崎じゃないってお互い、最初から分かってたんだから」
そんなことしても誰も幸せなんてならないって、分かり切ったことなのにね、と泣きそうな工藤の笑み。
混乱してきた。
片桐には関係ない、とか、工藤が好きなのは宮崎じゃない?
沈んでいる俺に、追い打ちをかけるような工藤の言葉。色々なことが突然過ぎて、脳の解析処理能力が、現実に追い付いていかない。
サプライズパーティですら生ぬるい、俺の虚をつくつるべ撃ちの事実。
よく解らないが、宮崎が好きなのは工藤じゃないっていうことだよな。工藤じゃないなら、一体誰なんだ。宮崎は顔が広いが故に、人間関係もそこまで深い関係になっていない。親友と呼べる関係まで親しいのは、工藤を除けば、俺ぐらいなもんだ。くそっ、全然見当がつかない。
待てよ。逆ならどうだ。
好意を持っているように見える人物がいないのなら、敵意を持っているように見える人物ならどうだ。人畜無害な宮崎が過剰に批難している奴。
はっ、なるほど。……そうか、そういうことか。
どうしてあんなに宮崎が、俺から海野を遠ざけようとしていたのかが合点がいった。宮崎は、俺が海野と必要以上に親しくなるのを危惧したんだ。
道理で、人畜無害の宮崎は、面識が絶無な筈の海野に罵声を浴びせた筈だ。全ては俺を騙す為の嘘で、俺と海野を引き離すための演技。つまり、最初から海野と宮崎は両想いだったのか。
莫迦だな、海野。
お前、勇気だして告白すれば、普通に宮崎と付き合えたんだぞ。
いや、違うな。なあ、お前、実は最初から分かってただろ? お前がわざともたついたせいで、俺や工藤や宮崎が振り回されたんだ。
お前が宮崎に告白すれば、俺はこんな風に傷つかずに済んだんだよ。ふざけんなよ。……って、莫迦は俺だ。
海野は何も悪くないし、あいつがそんな演技ができるほど器用な人間じゃない。そんなことは、俺自身が一番分かっていたことじゃないか。
工藤に告白する前に玉砕した俺が、あいつに八つ当たりしているだけだ。
それから工藤と何を話したのかも解らず、機械的に別れの挨拶を交わし、家へと帰り着いた。工藤の犬の首輪を緩めてやったせいか、妙に俺に懐いてきたのだけが俺の印象に残っていた。
負け犬には、犬がお似合いか……。




