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海のキャンバス  作者: 魔桜
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忠言 vol.2


「あー、美味かった」

「片桐くんに喜んでもらえてなによりだよ」

 ごちそうさん、と律儀に合掌したのは、宮崎の激昂を恐慌した強制力の働いた行動ではない。単純に、ラーメンの旨さに突き動かされただけだ。これだけの料理を調理することができたら、気持ちいいだろうな。

 片桐は中年のおっさんっぽく、カウンターに置いてあった爪楊枝で、歯の汚れをとり、爪楊枝を持っていない、もう片方の手で、それを隠す。

「それより、なんで俺を呼び出したんだ? まさか、本当にラーメン一緒に食いに来ただけじゃねぇだろうな?」

 腹も膨れたことだし、宮崎の本題を聞き出したいところだ。俺はせっかちだから、遠回りせずにとにかく核心だけを知りたい。

「そうだよ、って言いたいところだけど、違うよ」

 宮崎は当然のように二人分の勘定を済ませる。あまりにもスムーズな動作は、まるで最初からそうするつもりだったかのようだった。

 お蔭で代金をだし損ねたし、歯の汚れを全て取りきらないまま、爪楊枝を丼ぶりにそっけなく放る。

 宮崎はさっさと店を出て、歩き出す。俺は、店長らしき男に、美味かったです。と殊勝に頭を下げ、 思わせぶりな発言をした宮崎に、苛立ちを感じながら後を追いかける。

 迷路のように入り組んだ道を、自分の庭のように宮崎は迷いなく歩いていくが、明らかに来た道とは違う道を進んでいる。

「おい! いったいどこに向かってんだよ?」

「静かに」

 宮崎は押し殺した声で俺の抗議を諌める。温かみのないビルが林立するコンクリートジャングルに、言い知れぬ居心地の悪さを感じ、この迷路から早く抜け出したいと思った。

 宮崎はそのまま建物の陰に俺を連れ込み、何かに視線を向ける。

 その視線を追っていくと、そこにいたのは意外な人物だった。片桐は唖然として、自分の目を一瞬疑ったが、俺の記憶中枢に刻まれている人物だった。

「なんで、あいつが……」

「有沢恭子。片桐くんご執心の海野香織が所属している美術部の部長にして、僕たちの通う中学のパトロンである有沢の娘」

「んなもん、知ってるよ。だけど、ありゃ、なんだ?」

 有沢は一人じゃなく、明らかに柄の悪い奴らと一緒にいた。鼻にピアスの牛顔の奴や、刺青を顔全体に入れて、一生銭湯に入れそうにない奴や、服の色が赤、緑、黄色のレゲエのライブにいても違和感のない奴。とにかくそんな不良どもと一緒にいた。

 見た目はただの女子中学生である有沢と、明らかに体格が良く、屈強そうな男達五人。それに囲まれていている光景は、違和感を覚えざるを得ない。

 しかも、男達の態度から察するに、カツアゲされている態でもなく、逆に男達が低頭で有沢に媚びへつらっているように見える。

 ここを離れようと提案する宮崎に追従し、普通のボリュームで話せるぐらい有沢達から距離を十分にとると、宮崎が、

「これで分かっただろ?」

と、俺に言い聞かせるように俺を見据えた。

「……どういう……意味だよ?」

「有沢恭子は、金に物をいわせて、あれこれくだらないことを画策している。それは、学校内に限ったことじゃないってことは見ての通りだ。そして、何のリスクも冒さずに、有沢恭子の甘い汁を吸っている人間がいるとしたら?」

 錆びついた看板の店の前。この通りの店は全て潰れてしまっているのか、ずいぶん寂れている。メインストリートがすぐ傍にあるが、この裏道に入る道が狭すぎて、誰も入ってこようともしない。

 休日の昼過ぎは、若者が多く、騒がしい声がここにまで届いている。これだと重要な話をしても掻き消されるので話がしやすい。

 そんなところで、いきなりの宮崎の突飛な話。

 殺伐とした生活を送っている片桐にしても、一回の中学生にしては過ぎた話しだ。話のでかさについていけないし、俺にこの事実を伝える意図が曇って見えない。

 宮崎は一体全体俺に何を求めているんだ。

 片桐と宮崎は向かい合う。宮崎の目つきは真剣そのもので、とても嘘をついているようには見えない。

 おいおい、マジかよ。

「それが誰なのかは、未だにこの僕でさえ特定できていない。けれど、考えられる人物に心当たりはあるんだ。それは……有沢恭子に最も近しい間柄の人間だ」

 有沢の人を人だと思っていない態度に、友達がいるとも思えない。接点があるとすれば、部活動ぐらいのものだが、幽霊部員だという先輩はありえない。消去法と、こいつが異様に目の敵にしているのは、一人しかいない。

「……海野香織だって言いてぇのか」

 自然と責めるような口調になる。

 こいつと、海野に何があったんだ。

 宮崎と海野の両方に接点はあるかと訊いてみたことがあるが、どちらも首を横に振った。宮崎は表向きだけでも他人と仲良くする傾向にあるから、こんなに敵意を剥き出しにしているのは珍しい。

 それだけ、海野は宮崎の逆鱗に触れた深い事情があるってことだ。それをどちらかに問いただして、 真実を引っ張り出す度胸は、俺にはない。

「そうは言っていないよ。けれど、その可能性もあるだろうね」

「俺を呼び出した用件が、そんな戯言を言うためだけってんなら、俺は帰るぜ」

 細道を塞ぐように立っている宮崎を押しのけ、片桐は表通りに出る。

 薄暗かった裏通りから、突然表通りに出ると、今の季節の日光の強さを改めて思い知る。

 海野香織と関わらない方がいい。忠告はしたよ。と、宮崎が独り言のように呟いていたが、片桐は軽く無視して帰路に就く。


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