22.その頃チェルシーは④(チェルシーside)
お兄ちゃんとスカーレットとルシアの三人は今日も吸血鬼探しに出かけていった。今日も帰りは遅いのかな……そう思っていたら予想よりも早く玄関の扉が開く音が聞こえてきた。
えっ! お兄ちゃんたちが帰ってきた? やった! 今日はいつもより長くお兄ちゃんと過ごせるわ!
「お帰りお兄ちゃん! 今日は早かったね……誰よあんた?」
急いで玄関まで出迎えに行くと、翼の生えた青白い肌の不健康そうな男がいた。そして、男からは嗅ぎなれた臭いがした。
この男、死臭がするわ。その上強い、ただ者じゃないわね……。
「やっと見つけたぞ同胞よ。私は吸血鬼ウラド、お前を迎えにきた」
「はぁ? 言ってる意味がわからないわね。寝言はベッドの上で言ってなさいよ」
男はいきなり訳のわからない事を言い出した。
頭の沸いた狂人かしら?
「くっくっくっ、まだ自分の置かれた状況を理解していないと見える。お前、日の光を浴びると火傷を負うだろう? さらに、人の血を美味に感じる。それは吸血鬼化が進んでいる証拠。どうだ? 思い当たる節があるだろう?」
確かにある。私は日の光に当たれば火傷するし、仕事で殺した悪人の血を美味しくいただいている。
日の光に弱いのは病気で、血を好むのは趣味嗜好だと思っていたのだけれど……。
「どうやら図星のようだな。いずれお前は吸血鬼になるだろう。私は仲間を集めている。吸血鬼として成長すれば日の光も弱点ではなくなるぞ。私と来い。共に吸血鬼の世界を作ろうではないか!」
私が吸血鬼になる? 吸血鬼の世界を作る?
なるほどね。私もこの身体が人の物でなくなっていくのを薄々感じていたし、小さな頃から悩まされていた日の光を克服できるのは悪くないわ。
「……面白そうね。いいわ、協力してあげる」
「ふっ、良い返事が聞けて嬉しいぞ」
私はウラドと名乗る吸血鬼に歩みより手を差し出す。
差し出した私の手をウラドが握りろうとした時、私は逆の手でウラドを殴りつける。ウラドはがくりと地面に膝をつき、憎々し気に私を睨み付けた。
「なっ、何をする……!」
「バーカ! 誰があんたの仲間になるかってのよ! 騙されてやんの~ププーッ!」
「きっ、貴様ぁぁあああ! 逆らうならば同胞とて容赦できんぞおおお!」
激昂したウラドは青白い肌を怒りで薄く赤く染め、左右の貫手で私の顔と腹部を攻撃してきた。顔を狙ったウラドの貫手は頭を傾けて躱し、腹部の貫手は体捌きで躱し一度距離を取った。
速い! でも、避けれないほどじゃないわ。ん?
違和感を覚えた私が触れると、躱したはずの頬と腹部は薄っすらと切り裂かれ血を滲ませていた。
よく見ると、先ほどまでと違いウラドの手の爪が伸びている。そのリーチ差で目測を誤ったのね。私は回復力が異様に高い。傷はもう塞がったけど、この私に傷をつけるなんて意外とやるじゃない。
「……ふ~ん、結構速いじゃない。言うだけの事はあるわね」
「はっ! 私は気の強い女を蹂躙するのが好きでね。いつまでその余裕が持つか楽しみだ。ガッカリさせてくれるなよ」
「それはまた気持ち悪い趣味ね。金輪際できなくしてあげるわ」
私は傷口から手に付着した自分の血を舐め取る。その間も視線はウラドから離れる事はない。奴の隙を窺っているのだ。
そして、指先まで下を這わせた時、ウラドが瞬きをしたその瞬間を見逃さず踏み込む。暗殺ギルドで習った不意を衝く殺しの踏み込みだ。
「はぁぁああああっ!」
「ぐふうおおおっ……!」
懐に入った私はウラドの肝臓に渾身のレバーブローを叩き込む。続いてダメージで身体をくの字に曲げた事で下がった頭に膝蹴りを叩き込んだ。
ウラドは私の膝蹴りで無様に宙を舞い壁に叩きつけられるが、倒れることなく立っていた。
ダメージはあるようだけど頑丈ね。さすがは吸血鬼の耐久力ってところかしら。
「……あの距離を一瞬で詰めるとは、私が見込んだだけの事はある。だが、その程度では吸血鬼は倒せんぞ」
「あらそう。じゃあ、あんたが死ぬまで殴り続けてあげるわ」
不敵に笑うウラドから目を離さず、気取られぬように愛用の短剣を掌に隠し持つ。
殴ると言いつつ短剣で首を落としてやる。勝手に家に上がり込んだ罰を与えてあげるわ!
緊迫した空気が漂う中、突然家の扉が開かれた。




