15.その頃チェルシーは①(チェルシーside)
私には大好きなお兄ちゃんがいる。
早くに両親を亡くした私たちだけど、お兄ちゃんが頑張って私を育ててくれた。
そんな大好きなお兄ちゃんが家に女を連れ込んだ。
ずっと二人きりの理想の生活だったのに、それも私よりも若い女の子をだよ? そんなの許せるわけないよね?
そう思ったんだけど、お兄ちゃんが連れ込んだ女、スカーレットは意外と話のわかる女だった。
何しろお兄ちゃんには才能があって、とんでもなく強くなれる素質があるなんて嬉しいことを言うんだもの。
私が同居の許可を出すのも仕方ないでしょ。
こうしてお兄ちゃんの修業の日々が始まり、その実力をメキメキと伸ばして行った。
この前なんてこの国の王様に会って、すっごい取り引きを成立させてきたんだよ! それで私のために、今までよりも高価な薬を買ってきてくれたの! 例え効果がなかったとしても、私はその事実だけで昇天しそうなほど嬉しかったわ。
逞しく成長するお兄ちゃんを見守る日々は充実したものだった。
そんなある日、私の所属する組織の使い魔である黒い鳥がやってきたの。
「仕事が入りましたよ紅薔薇」
使い魔である黒い鳥は人語を流暢に操り話しかけてきた。
もちろん鳥が話しているのではなく、黒い鳥を通して話している人物がいるんだけどね。
この鳥は連絡役の式神らしい。
「もう、家にはこないでっていつも言ってるでしょう。お兄ちゃんにバレたらどうするのよ?」
「貴方が事務所に顔を出さないのだから仕方ないでしょう。それに、貴方の家族がいない時をちゃんと見計らってきていますので安心してください紅薔薇。そう言えば最近見慣れない女の子がこの家に出入りしていますが、一緒に暮らしているのですか?」
「スカーレットのこと? あの子はお兄ちゃんの師匠よ。住み込みで修行してるみたいね」
まったくあの女、いつもお兄ちゃんと一緒にいられるなんて羨ましい。
私だって昼に外出できたらついて行けるのに。こんな時は日光を浴びると身体が焼ける病が憎いわ。
ちなみに紅薔薇って言うのは私のコードネーム、二つ名みたいなものよ。
気品があってかっこいい、私にピッタリで気に入っている。
この二つ名がついた理由もあるんだけど、気恥ずかしいから……それはまた今度ね。
「そうですか、くれぐれも貴方の仕事についてはバレることがないようにお願いします」
「わかってるわ。それで、内容は?」
依頼内容を聞くと黒い鳥は口から指令書を吐き出し、私に渡して飛び去って行った。
その出し方どうにかならないの?
胃液とかついてそうで触るの嫌なんですけど?
悪態を吐きつつ指令書を確認すると、悪名高い奴隷商人が人身売買のために子供を誘拐したところ、そこに富豪の子供が混ざっていた。
もちろん返還を要請したが、奴隷商人はそれを突っぱねた。それに怒った富豪が組織に依頼してきたと。
私の所属する組織とは暗殺ギルド。殺しを生業とするギルドだ。もちろん非合法。
まあ、私は悪人専門で、悪い奴しか殺さないけどね。それが私の殺しの矜持だ。
「依頼内容は皆殺し、一人たりとも生かして帰すな。子供は無傷で救出しろ、か。国に頼んだんじゃできるだけ生かして捉えて労働奴隷にするから、犯人を全員殺せないものね。奴隷商人も富豪もどっちもクズね」
正規の奴隷商人はクズではない。通常であれば商品である奴隷にも最低限の権利が認められている。
解放までの期間も定められているし、休みなく働かせたり食事を与えないといった非人道的な扱いは、国の法律で禁じられているのだ。
でも、悪徳奴隷商人は無理やり攫ってきた人間を違法取り引きしている。そこで取り引きされる奴隷の扱いは酷いもので、解放などされる事なく死ぬまで働かされるのだ。
クズ同士の揉め事に関わりたくはないんだけど、私にも事情がある。
そう、殺らなきゃならない理由があるのよ。
「さあ、世の中のゴミを掃除してきますか」
私は仕事着に着替えて戦闘準備を整え、指令書に記された悪徳奴隷商人のアジトに向かった。




