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第40話”お前はずっと、俺が見込んだ時のお前のままだ”

「――同じ方法で殺されないために、だな? フランク」


 冒険者としてギルドに教えられる数少ない情報のひとつ。

 それが、遺体に不用意に近づかないということだ。

 経験を重ねるたびに、教えられたことが身体に染みついていく。


 実際に遺体を見るような機会はそう多くあるわけではない。

 ただ、それでもあの場で鍛えた嗅覚が、最初に教えられたことを補強していく。

 死体のある場所に不用意に近づけば、同じ方法で取られると分かってしまう。


「流石だな、たったこれだけで通じるなんて」

「無駄にお前と人生の半分近くを生きてきたわけじゃない。

 危険への嗅覚は同じつもりさ、お前の言ったとおりだ」


 バッカスの視線が、こちらの眼に向けられているのに気づく。

 こいつに真っ直ぐ見つめられると、少し気恥ずかしくなってくる。


「……あげないぞ、パンケーキは」

「要らねえよ。別に頼めばいつでも食えるしな」

「ふふっ、流石は王子のパーティメンバー」


 侍従さんとも気さくにやり取りしていたし、結構出入りしているんだろうな。

 ディーデリックは酒場を通していない。おそらくここが本拠地だ。

 となればバッカスも当然に……まったく、偉くなりやがって。


「ゴーレムイーツとかいう宅配をやってたらしいな、エドの爺さんのところに」

「ルシールから聞いたか?」

「ざっくりとは。なんか、とんでもない魔道具を貰ったって」


 そこまで聞いているのか。マインウェブクラスタのことまで。

 意外と詳しく聞き出しているみたいだ。


「ゴーレムを安全に運用するための魔道具さ。

 あれのおかげで配達用のゴーレムを3体から10体まで増やせた」

「……相変わらずだったわけか、あの爺さんの凄まじさは」


 バッカスとこうして話していると、現役時代を思い出してしまう。

 ダンジョンで見つけた書物や貴金属、モンスターの皮や牙。

 色んなものを売りに行ったし、エド爺から買いもした。


「だからタダで飯を運んでやってたのに、返せない恩になっちまったよ」

「……フランク」


 気安い言葉を掛けてこないバッカスの真摯さが、今は嬉しかった。

 こういうところが好きなんだ、ずっと。


「――でも、お前が居たからあの娘は無事だった。そうだろ?」

「故人に借りは返せないが、……巡り合わせだと思った。

 あの時にアマンダを守れないなら、俺が冒険者をやっていた意味がないって」


 アマンダを守れたことをもって恩を返せたなんて思っちゃいない。

 ただ、それでも、男として最低限の義理は通せた。


「――変わらないな」

「え?」

「お前は変わらないよ、その身体になっても、魔術師としての格が上がっても」


 ”お前はずっと、俺が見込んだ時のお前のままだ”


 そう微笑むバッカスを見て、彼に誘われたときのことを思い出す。

 冒険者ギルドに登録し、髑髏払いの儀式に向けた短い教育課程。

 その最中だ、こいつが俺のことを誘ってきたのは。


 バッカスは既に今のような肉体を完成させていて、目立つ方の男だった。

 そんな彼が、真剣にこちらを誘ってきたときのことを覚えている。

 とりあえず魔術師を仮押さえしておくような連中とは違う、真摯な頼みを。


「……どうして、俺だったんだ? 見込むような何かがあったのか、俺に」

「魔術師なら誰でもよかった――なんて理由じゃないのは確かさ」


 クスっと笑ってバッカスは紅茶に口をつける。

 ……この流れ、また教えてくれないんだろうな。

 こいつとは長い付き合いだが、なぜかこれは教えてくれないんだよな。

 どうしてバッカスは俺に目をつけたのか、それを俺は知らない。


「実際、お前のおかげだよ、フランク。お前とじゃなきゃ今の俺はなかった」

「……俺とレオ兄だけ、先に抜けちまったが」

「ふふっ、それは宿命さ。剣士と魔術師は寿命が違う。受け入れたよ、俺は」


 以前に話した時には迷っていると言っていたが、答えは見つかったらしい。

 あの暗殺者への対応を見ていれば、ディーデリックとレンブラントとの関係が良好なのは分かる。問題があればそもそも俺の捜索に2人を巻き込むまい。


「そいつは良かった。少し心配だったからさ。

 でもお前の実力なら、俺とじゃなくたって行ってたよ、王子のパーティまで」

「いいや、お前となら続けられると思ったんだ。お前のおかげさ――」


 真っ直ぐな言葉を前に、これ以上の謙遜は逆効果だと思った。

 ちょうど、ルシールに向かって俺自身が言った言葉の通りになってしまう。

 ”もしも”なんてないんだ。

 現実にバッカスと俺の10数年があったから今日がある。


「確かにそうかもな……俺もお前のおかげで冒険者をやり切ることができた」


 そこまで言ったところで、部屋の扉が開く音が聞こえた。

 おっと、マズいな。感覚が鈍っていた。


「――よう、マックス。事情聴取は終わりかい?」

「事情聴取なんて仰々しいものではありませんよ、バーンスタイン殿。

 しかし、お2人とも不用心ですね、殿下に聞かれるかもしれないのに」


 レンブラントの言う通りだ。

 今、入ってきたのがディーデリックなんじゃないかと思って肝が冷えた。

 でも、バッカスはなんてことなさそうに笑っている。


「坊ちゃんのことだ、もう気付いてるんじゃないのかな?」

「その可能性はあります。

 ただ、それでもあの人が伏せているのならば逆にそれに意味がある」


 ――うわ、バッカスの奴、本当にディーデリックのことを坊ちゃんって呼んでるんだな。それにレンブラントの発言もかなり意味深だ。


「……そんなことがあるのか? 気づいていても敢えて伏せるなんて」

「もちろん、ありますよ。貴方自身だってやるはずだ。

 王子たる彼はそういう振る舞い方を身につけていますから」


 王族への教育って奴か。なるほど言われてみれば。

 俺も、知っていることを知らないふりをしたことがないわけじゃない。


「それでフランシス・パーカー、貴女からも話を聞きたい」

「良いぜ、アンタのやったあの魔法がいったい何なのか教えてくれたら」


 こちらの言葉を聞いて、不敵な笑みを浮かべるレンブラント。

 独特な空気が生じているのが分かる。魔術師同士の独特の間合いが。


「――マックス、風呂借りて良いか?」

「ふふっ、侍従に声を掛けてもらえれば。ありがとう」

「いや、お前らと一緒にいたら互いの手の内をポロっと零しそうだからよ」


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