第39話「ほんと、愛されてるよ、お前。妬けるくらいだ」
「……大丈夫か? フランク」
ディーデリックの別邸、ここでその名を呼ばれると少し肝が冷える。
と言っても、今は2人きりだ。別に怖がることはないんだが。
秘密を隠したい相手であるディーデリックは、今ごろアマンダと面談中だ。
どうもレンブラントの方がアマンダの素性に察しがついているらしく、この俺に席を外してほしいと言ってきた。僅かなやり取りだけなのに察しをつけているということは、アマンダはそのレベルの人間ということだ。
かつては開拓都市で五本の指に入る魔道具屋だったエドガルドの孫娘。
豪商と言っても良いくらいの男だ。その娘が嫁いだ先となれば――。
貴族か商家か、なんにせよ、殺し屋に狙われるくらいに価値があって、レンブラントがすぐに察しをつけられるくらいの人間。
本来の俺なら関わり合いが持てないような少女なのだろう。
エド爺とのコネクションとあの出会いがなければ。
「まぁ、大丈夫だよ。怪我らしい怪我もしてないしな――」
こちらの言葉を聞いて、ジロッとこっちを見つめてくるバッカス。
重い甲冑は既に脱ぎ、真冬らしく長袖を纏っている。
……あんな厚い布ごしでも浮き上がる筋肉が凄いんだよな、ほんとに。
「じゃあ、飯を食うことだ。冷めるぞ?」
バッカスの言葉に頷きながら、全く食べ進められていなかったことを自覚する。
結局、食う暇のなかった非常食、詰所から持ってきた乾パンを見てディーデリックが食事を用意させてくれた。
『――昨日は冷えただろう。今は温かいものを食べるべきだ』
”戦場帰りにはそうするものだと聞いている”とディーデリックは続けた。
誰に聞いたのかまでは言っていなかったが、あの優しげな表情を見るとまず間違いなくかつての王国騎士団なのだろう。俺はそう感じた。
「お前は、食わなくていいのか? バッカス」
温かいスープに口をつけながら、紅茶を飲むバッカスを見つめる。
相手は飲み物しか飲んでいないのに自分だけ飯を食うというのもなんか不自然な感覚だった。
「食事はもう済ませていてな。それも戦闘に備えた量を」
「……元々、俺を探してくれていたって話だったよな」
「ああ、そうだ――良い相棒を持ったな、フランク」
ティーカップを静かに置いたバッカスが、こちらに微笑みかけてくる。
良い相棒とはいったい誰のことなんだろうか。
何人か思い当たる節はあるけど、この流れで出てくる理由が分からない。
「……誰かがお前に知らせたってことか?」
こちらの言葉に頷くバッカス。
「そうだ、あの”銀のかまど”の一人娘が。
凄い度胸だと思う。夜の冒険者アパートに1人で来たのには肝が冷えたが」
っ、ルシールか……。
昼の間には戻れないと言っていたが、戻ってこないことを心配して。
マズいな、とりあえず無事を知らせないと。
「どうしてルシールちゃんが……」
「思いついたその足で来たって言ってたぜ。
親父さんに来させればよかったのにと釘を刺しておいたが」
……まったく、変なところで考えなしだな。
でも、そこまで必死になって俺の無事を確認しようと。
心配をかけた張本人がとやかく言える話でもないか。
「なるほど、それでお前に話が入ったんだな? どうしてディーデリックまで?」
「爺さんの屋敷に行ったきりお前が帰って来ないから、捜索依頼を出したいって」
「で、そのままパーティに話を持っていったと」
冒険者が依頼を受ける場合、パーティに話を通すのは定石だ。
よほど楽な依頼とか、完全に個人的なもの以外は。
しかし、よく王子を相手にそれをやったな、バッカスめ。
「坊ちゃんはフランシスとしてのお前を気に入ってるからな。
変な気を遣って話を通さないまま、事態がこじれたら俺が怒られる。
もちろん、マックスの魔法も当てにした」
なるほどな、言われてみれば納得できる話だ。
今のバッカスの話で納得できないところがあるとすれば、こいつがディーデリックのことを坊ちゃんって呼んでることだ。ディーデリックは坊ちゃん呼びされたら怒りそうな気がするんだが、大丈夫なのだろうか?
「レンブラントはどこまで掴んでた?」
「爺さんの屋敷まで軽く魔法で偵察して、林道に爆破魔法が仕掛けられていると。
あとは、爺さんの遺体とゴーレムの残骸があるが人は既にいないって」
……そこまで分かるのか。あいつもゴーレムを使えるということか。
それとも千里眼の類いだろうか。俺はゴーレムの眼を通さないと見えないが、実体としての眼を必要としない魔術師もいるとは聞いたことがある。
「どういう魔法で?」
「聞くな。ペラペラしゃべるなって釘を刺されてる」
「まぁ、だよな。それで今朝はどこにいくつもりで、いつ戻ってきたんだ?」
完全な興味本位だが聞いてみたくなっていた。
魔法で屋敷の状況まで知っている連中が、俺を探すためにどこに行こうとしていたのか。そして、どのタイミングで戻ってきたのかを。
「足跡が数種類あってどれがお前のか特定し切れないって話になってな。
現地に行けば、魔法でどうにかできると。王子は深夜のうちに出る勢いだった。
戻ってきたのは、ここの侍従からマックスに連絡が入ったからだ」
なるほど、連絡手段が用意されているんだな。
まぁ、王子の住む別邸だ。それくらいの用意があって当然か。
しかし、ディーデリックめ。深夜のうちにあんな林道へ出ようなんて。
「――ったく、ルシールと言い、殿下と言い。レンブラントが止めたんだな?」
ポーチドエッグを崩し、溢れ出た卵黄を絡めながらパンケーキを口に運ぶ。
……なんかようやく味を感じられるようになってきた。
「トラップだらけの場所に、深夜の行軍は自殺行為だってな。
ほんと、愛されてるよ、お前。妬けるくらいだ」
深夜の行軍を厭わない勢いだったディーデリックに、夜の冒険者アパートに乗り込んでくるルシールだ。たしかにこれで愛されていないと考える方が嫌味か。恋愛感情とかそういうものとは別にして、愛されていると表現して間違いないだろう。
「ふふっ、お前はどっちに着いたんだ? 殿下か? レンブラントか?」
「――決まっているだろう。マックスに着いた。
もちろんお前の親友としては、一刻も早く駆け付けたかったけど」
……ああ、良かった。こいつは俺と同じだ。
昨日、エド爺の遺体に駆け寄ることができなかった俺と。
冒険者として同じ時間を生きてきた。10年以上、同じ危険を潜ってきた。
「……それで良い」
「え?」
「俺とお前が過ごしてきた時間を思えば、深夜の行軍はできないってことだよ」
こちらの言葉を聞いてバッカスが少し息を吐く。
「良いんだぜ? 俺はまだお前に借りを返せてない。
お前の身体をそうして、お前は冒険者という職を失った。
なのに昨日、お前のために命を張れなかったんだ。恨み言くらい受け止める」
……本当、気持ちの良いくらいに良い奴だな、こいつは。
これでこそ俺の相棒だ。バッカス・バーンスタインだ。
「いいや、お前も”そう”なんだって安心したよ。嫌味でも皮肉でもなく」
「――何かあったのか? 昨日。いや、何かしかなかったのは知ってるんだが」
「ああ、そうだな……端的に言うと駆け寄れなかったんだ、エド爺に」
ここから説明を重ねるつもりではあった。
前後の状況については、もう少し細かく教えるつもりで。
けれど、バッカスの奴には既に伝わっているように見えた。その表情で。
「――同じ方法で殺されないために、だな? フランク」
毎日更新にお付き合いいただきまして、ありがとうございました。
作品初の対人戦、お楽しみいただけましたでしょうか。
これからまたしばらく月・水・金の週3更新に戻します。ごゆるりとお付き合いください。




