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第36話「それにあいつの相手は、私がする。君のところには行かせないよ」

「――ディーデリック殿下、王子、王子は居るか?!」


 都市らしい都市、人の多い場所に出てから暗殺者からの弾丸は止んだ。

 といっても撒けたわけではないだろう。

 作戦を変えただけだ。

 今はこちらの視界から消えているが、次に現れるときには獲る気で来る。


「えっ、あっ、フランシス様?! 殿下は今、あなたを探しに――」

「……っ、居ないのか。分かった。この娘を中に。

 警備の人間は居るよな? 今、殺し屋に追われてるんだ」

「――はい?! ええっ?!」


 先日、ゴーレムでの配達の時に見かけたメイドさんが出てきた。

 彼女に矢継ぎ早に説明するのは気が引けたんだが、今は時間がない。

 ディーデリックが俺を探しにというのも気になるが、考えてる暇はない。


「フランシスお姉さん……!」

「安心しろ。ここに居るのは、この国の王子を守れる連中だ。

 それにあいつの相手は、私がする。君のところには行かせないよ」


 ――別邸の扉を閉め、庭へと飛び出す。

 人が多い場所に出てからというもの、暗殺者は姿を見せていない。

 あれほど弾丸を打ちまくってきた相手が、だ。


「5,4,3,2,1」


 魔力を薄く放って、反響を確かめる。

 まずはこの別邸にまであいつが到着していないことを確かめ――


「ッ――!!」

「お前、なに、俺を無視して行ける気で居るんだ?」


 魔力を放った瞬間に反響が帰ってきた。すぐ隣からだ。

 姿を消す擬態の魔法をかけて、そのまま別邸に進むつもりだったらしい。

 この俺を無視して。全くもって舐められた話だ。


 魔力反響マッピングを浴びた瞬間、奴は俺に銃口を向けたが、近すぎたな。

 強化した拳で、奴の手首を叩き落とした。

 ――既に近接戦の間合いだ。

 急に俺が飛び出したからというのもあるんだろうが、この間合いは使う。


「やはり、君は、殺すしかないな――」

「……判断が遅いんだよ、俺を倒さない限り先には行かせねえ」


 爆破魔法の術式を起こそうとしている手のひらをぶん殴り、不発にする。

 そしてそのまま、男の顎に拳を叩き込む。

 並みの相手ならこれで意識を失うが、そうもいかないらしいな。


「ッ……もう、君のことを小娘とは思わない」


 少しだけ距離を取った暗殺者が、両腕を構える。

 肉弾戦に覚えがあるな、この構え方は。

 今、俺は全力で自分の記憶から使えそうなのを引っ張り出しているが。


「私には、今の君が怪物に見えている。その感覚を信じる――」


 話している隙に、こちらが放った右の拳。

 相手はそれを軽くいなし、そのままこちらの胴体に一発叩き込んできた。

 ッ……てっきり爆破魔法と組み合わせてくると思ったが、ただ殴るだけか。

 予備動作があるはずだという先入観が仇になった。


「もっとも、身体は見た目通りらしいね」

「っ、惜しいことしたな。今、爆破させてればお前の勝ちだったのに」

「言っただろう。私は君を怪物だと認識している。侮りはないよ――」


 足技を連続で繰り出してくる暗殺者。

 こちらはそれを避けるので精いっぱいだ。

 ……しかし、これはマズい。何がマズいってリーチが違い過ぎる。

 腕ならまだなんとかできたが10代前半の女の身体に対して、成人した男の足は長いのだ。反撃に出る隙が全くない。


「ッ――!!」


 体格の差というのは、基本的には小さいほど不利だ。

 身体が小さいということは、それだけ搭載できる筋量が低くなる。

 筋量が低いほど力が弱くなるし、体積が小さいほど力に耐えることも難しい。

 だが、仮に、出力が同等あるいはそれ以上ならどうだろう。


 小さい身体に不釣り合いな出力を持っていれば。

 俺はそういう男を1人知っている。冒険者時代に。

 背丈こそ小さかったが、バッカスと同等に近い筋量を持っていた男だ。

 あいつは、とにかく懐に飛び込むのが上手かった。

 小さな体格を利用して、間合いの内側に入っていくのが。


「構えが変わった――?!」


 相手がそう気づくころには、既に内側に入っていた。

 蹴り上げていた足の内側に入り、軸足を崩す。

 そのまま片手に魔力を貯え、地面に倒れ込んだ男に馬乗りになる。


「降伏しろ――」

「フフッ。”はい、そうします”って言って信じられるのかい? 君に」


 魔力を蓄えていた俺の右手を掴み取り、庭の土に密着させる暗殺者。

 何を一番恐れなければいけないのかをしっかり理解している。

 そして、こいつが叩き込んでくる拳が、鈍痛を呼び起こす。


「クソッ――」

「……流石の判断力だ」


 拳で爆破魔術式を起動したのが分かった。

 だから飛び退いたのだ。戦闘は仕切り直し。

 だが、今、土に触れた瞬間に一つ仕掛けは走らせた。

 エルキュールの得意技を真似した。


「こんなところで時間を掛けたくはないんだが……」

「悪いがお前を逃がすつもりはない。体勢を立て直す暇は与えない」

「賢明な判断だ。私を逃がしたところで、私はあの子供を殺す。仕事だからね」


 再び狙われる恐怖の中に、アマンダを引き戻すものか。

 それだけは絶対にない。だから、俺は今ここで、お前を倒す。


「だがね、お嬢さん。君と私に間には絶対的な差がある――」

「そうか? 魔術師としてはこっちが勝ってると思うけど」

「ああ、それは認めるよ。しかし、君は人を殺したことがないだろう?」


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