第28話「知らないのか? 女は冒険者になれない――」
「――名前と目的を話せ。目当ては爺さんじゃないな?」
屈んで身を隠していたところを、不意打ちで太腿に穴を開けてやった。
自分で仕掛けていた術式が予想外に起動させられ、炎に視界を奪われている間に完全に有利を取った。ここで殺してしまうことは容易いが、聞き出さなければいけないことは無限にある。
「フッ……どうして、そう思う?」
――この装束、開拓都市の人間ではないな。
魔法使いとしての機能性があるのは分かるが、見たことのないものだ。
雰囲気だけで言えば、あのレンブラントに近い。
「これだけのトラップを仕掛けておいて、分からないとでも思うか?」
相手がこちらの言葉に答えたのは、気を逸らすためだ。
撃ち抜いた左太腿の傷に向けて、左手を伸ばした。
何かしらの治癒ができるのだろうが、そんなことはさせない。
「ッ――!!」
頬を掠めるように魔力弾を放った。動くなという脅しだ。
「なんで足を撃ち抜いたと思う? 分かるよな、同業者なら」
「……答えなければ失血で殺せるからだろう。君こそ何者だ?」
ジッとこちらを見つめてくる魔術師。
歳は、本来の俺と同じか少し上あたりだろうか。
冒険者は30歳を手前に引退するものだが、こういう殺し屋は違うらしい。
それともこいつもこいつで俺と同じように引き際を見失ったのか。
いいや、相手がモンスターではなくただの人間なんだ。職業寿命は永いか。
「どんなに高く見積もっても14歳、それでこの力量と知識。
いったい、どんな魔法を使ったらそうなれるのかな?」
「――質問に質問で返すな。立場をわきまえろ」
俺がそう口にした瞬間だった。
奴の右手に、見たことのない魔道具が握られていたのは。
折れ曲がった筒のような形をしていて、その穴がこちらに向けられる。
ッ――ヤバいぞ、これは。
左手と左足にばかり気を取られていたが、これはヤバい!!
避けようとしたのは直感だった。
あとから考えれば、爆破の魔法が効かないことを相手は知っているのだ。
次に出してくるものはそれ以上の威力があって当然。なんて理由はつけられる。
だが、そんな理性が働くよりも前に俺は飛び退いていた。
「――チッ、障壁破りか」
俺の身体そのものには当たらなかったが、展開していた障壁が割れる。
防御障壁は立て直すのに数秒も掛からない。
しかし、マズいな、これは。連続で叩き込まれたら負ける……ッ!
「形勢逆転かな、小娘――」
殺し屋が隠れていた銅像の影、遮蔽物の向こう側へと回り込む。
俺が逃げに走った隙、敵が傷口に応急処置を施すのが分かる。
……シルビア先生みたいな高度な治癒じゃない。一時的に血を止めるものだ。
使い捨ての止血魔法。あれ、大して効かないくせにバカ高いんだよな。
戦闘を切り抜けられるまで効果が続くかどうか怪しい。
「一流の暗殺者かと思ったが意外と安物を使ってるんだな。
高いくせに効かない粗悪品だ」
「フン、よく知ってるな。君も殺し屋……いや、この街だ。冒険者か」
ご明察。まぁ、この街で戦闘のできる魔術師となればそれが一番出てくる。
そしてこいつはやはり殺し屋か。
この街では殆ど見ない職業だ。戦える奴が異常に多いからな。
「知らないのか? 女は冒険者になれない――」
――5,4,3,2,1。
胸の中で数字を唱える。次なる魔法を発動するための儀式。
防御障壁だけでは有利が取れないのなら、俺は俺の戦い方をさせてもらう。
「な、に――?!」
エド爺が屋敷のエントランスに飾っていた銅像。
騎士を模した金属の塊。
今、それをゴーレムに変えた。
握られていた剣はそのまま鈍器へと変わり、暗殺者を目掛けて振り下ろされる。
「ッ、ゴーレム使いか、貴様が――!!」
ふん、配達用のゴーレムを破壊しているくせに気づいていなかったのか。
そして、ありがとう。囮のゴーレムを相手に何発も撃ってくれて。
おかげでその魔道具の限界が見えてきた。
筒から放たれる魔力の塊は、こちらの防御障壁を2枚まで貫通できる。
3枚重ねておけば、2発連続で撃ち込まれない限り問題ない。
……しかし、あの魔道具、どこかで見たことがあるな。
だいぶ前、現役時代にエド爺に勧められたような気がする。
『――術者の魔力を圧縮して打ち出す魔道具、娘が嫁いだ先の名産でな』
あの時に初めて思ったんだ。いつも1人の爺さんだけど、娘がいるんだって。
奥さんに随分と早く先立たれてしまったんだって。
優しげに笑う爺さんの顔を見て、娘さんへの愛を感じたんだ。
「――ああ、思い出したよ。拳銃だったな、それ」
なんて呟いてみたけれど暗殺者は俺のゴーレムに四苦八苦している。
だが、このまま押し切れるほど楽な相手ではあるまい。
どうやって獲るか。封じ込めたところでまた奥の手を出されるかもしれない。
確実に息の根を止めるべきか。
しかし、この状況で殺してしまえば何も分からないぞ。
どうしてエド爺がこんな殺され方をされなきゃいけなかったのか。
それが永遠に闇の中に堕ちてしまう。
「お、おじいちゃん――!!」
子供特有の、少年なのか少女なのか判別の付かない声が響く。
いったい誰だ? こんな時に、こんな場所に。
驚きが全てを支配して動きが一瞬ほど遅れてしまう。
冷静になれば何を一番に優先しなければいけないのか分かるのに。
「ッ――ダメだ、爺さんに近づくな!!」




