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第23話「――さて、待たせたな。これがお主に見せたかった物じゃ」

『――相変わらずだったね、エドガルドの爺さんは』


 会計を済ませたエド爺を見送り終えた後、親父さんはそう呟いた。

 彼の言葉からは爺さんへの好意と、少しの面倒くささが滲んでいた。


『知り合いなんすか? エド爺と』

『まぁ、ギルド関係者同士ってのもあるし、先代の頃の常連さんなんだよね』

『はえー、俺も結構ここには来てたのに、気付かなかったな』


 冒険者になってから追放されるまでは俺も銀のかまどの常連だった。

 しかし、エド爺も常連だったとは今日の今日まで知らなかった。


『歳をとって酒が飲めなくなったって言ってたね。

 僕は、僕がここを飯屋にしたことが気に入らないんじゃないかと思ってるけど』


 先代から親父さんに引き継いだことに伴う経営方針の変更か。

 確かにあの人も結構偏屈だからな、あり得ない話ではない。


『ふふっ、まぁ、爺さんが酒を抑えているのは事実だとは思いますよ?』


 ――なんて親父さんと話をしてから数日。

 エド爺が指定した”次の休み”を迎えた俺は、彼の屋敷へと足を進めていた。

 開拓都市の中心部を外れ、林の中に立つ屋敷へと。


「……ったく、なんで年寄りがこんなクソ立地に住んでんだよ」


 そうボヤキたくなるくらいに遠い上に、真冬の林のど真ん中だから寒くて寒くて仕方ないんだが、実のところ僻地に居を構える理由は分かっている。


 魔術師の工房には騒音がつきものなんだ。対策は2通りしかない。

 音が響かないほど堅牢な造りにするか、近所のいない郊外に立てるか。

 爺さんの家は後者というだけの話。しかし、分かっていてもキツい。


「この身体になっての体力低下、久しぶりに実感するな……」


 トワイライトでフィオナと踊るためにかなり鍛え直している。

 体力もだいぶついてきたのだが、こうして街の外に出るとやはり以前の身体に比べたら圧倒的に低いと分かる。これではダンジョンに潜るなんて夢のまた夢だ。


 呼吸が上がり、冬の寒さがあるのに、厚着をした背中に汗が滲んだ頃。

 ようやくエド爺の屋敷が視界に入ってくる。

 ……ただ、ここからが遠いんだよな。見えてはいるが近い距離じゃない。

 冒険者時代に培った目測の感覚がそう告げていた。


「――よう、よく来たのぉ、フランク」


 屋敷の門を潜り、庭を越えて扉に近づいたタイミングだった。

 エド爺が扉を開けて出迎えてくれたのは。

 家の中から見ていたのか、誰か近づいてくれば分かるようになっているのか。

 ……爺さんの場合、後者のような気がする。


「はぁー……ほんとに遠かったよ。大変じゃないか? こんなところに住んでて」

「大変じゃよ。だからお主のゴーレムイーツを頼もうとしているんじゃろう?」

「それもそうか。期待して良いんだよな?」


 こちらの言葉を聞いてニヤリと微笑むエド爺。


「そう急かすでない。茶を用意している」


 案内されるがまま応接室に通され、熱いお茶を淹れてもらう。

 街では見ないほどに緑色をしているな、このお茶。


「……美味い」

「ふふっ、分かる舌を持っていたか。よかったよかった」


 慣れないものへの拒否反応が先に来るかとも思ったけど、本当に美味い。

 深みがあるけど、瑞々しくて。知らない種類のお茶だが結構好みだ。


「――さて、待たせたな。これがお主に見せたかった物じゃ」


 そう言ってエド爺は、魔法の杖を持ち出す。

 しかもかなりデカい部類のものだ。

 もう少し長ければ、今の俺の背丈に届く。


「今さら魔法の杖か?」

「ふっ、お主は使わんタイプだったな」

「手が潰れるのが嫌いでね。魔法の補助も必要なかったし」

「安心しろ。これは魔法全般を補助する一般的な杖ではない」


 俺が”期待外れだぞ”という顔をしてしまっているのを読み取っているな。

 しかし、特化型の杖となると、こいつの本質はなんだ?

 杖の上部にはかなり大きな宝石があしらわれているが、これが意味を持つなら。


「これはいわゆる親機だ。この魔道具の本質はこいつらが担う」


 ゴトンと大きな音を立てて、テーブルにバケツみたいなのが置かれる。

 ……いや、バケツじゃないなこれは。

 まるでハチの巣みたいに無数の穴が開いている。


「何か出てくるのか? これ」

「うむ。無数の子機が射出されるようになっている。

 といってもまぁ、こうやって1個1個出すこともできるが」


 なにかしらの魔術式が埋め込まれた丸い魔道具が取り出される。

 このハチの巣みたいなバケツの中に大量に入っているってことか。


「これを大量に射出して親機の杖で管理するのか……なんなんだこれ?」


 連想される使い方はいくつかある。遠隔操作で起爆できる爆弾とか。

 と言ってもこの連想には冒険者のクセが出てしまっている気がするな。

 なんでもかんでも戦闘に繋げてしまう悪癖が。


「――マインウェブクラスタ、単純にマインクラスタとも呼ばれる。

 亡国が亡国となる前、古代魔法の産物。

 陣地に子機をバラ撒くことで、無数の子機からの情報がフィードバックされる」


 子機をバラ撒く、陣地形成の魔道具……となると。


「爆発するトラップって訳じゃないよな、それなら親機は要らねえ。

 いったい何がフィードバックされてくるんだ?」

「爆発させられる種類もあると聞く。これはそうではないが」


 そう言ってから軽くお茶を飲み、息を吐くエド爺。


「フィードバックされる情報はある程度好きに設定できる。

 最も繊細なもので、人間の歩み。大きくするのなら馬車の重さ。

 形成した陣地に何かが入ってきたことを報せる魔道具じゃ」


 無数の子機が形成した陣地、そこに誰かが入ってきたら親機に情報が来る。

 重さに反応して。その重さは自由に設定できる、か。

 なるほど、爺が俺にこれを勧めてきた理由は見えてきたな。


「どうじゃ? 出来そうか、フランク――」


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