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第18話「死者を追って戦うな――だったね。フランシス」

「そうだね。アダムソンの奴が変な気を回さなければ、既に行っていたんだけど」


 さらっと初耳の情報を口にするディーデリック。

 いったいどういうことだ?

 アダムソンが気を回さなければ、銀のかまどに既に来ていたというのは。


「……そういえば”銀のかまど”は、ギルドの下請けのひとつですものね?」

「ああ。世話になっている先達が使っていた店だ。

 彼とパーティを組んだ私も当然に同じ店を使うつもりでいたんだが」


 フランシス・パーカーとして知っていてもおかしくない知識を元にディーデリック殿下に探りを入れてみたが、綺麗に回答が返ってきたな。世話になっている先達というのは間違いなくバッカスのことだろう。


「最初に銀のかまどに挨拶に来ていただいた方、ですか?

 殿下のおっしゃる先達というのは」

「ああ。君も知っているのだろう? バッカス・バーンスタイン殿だ」


 ッ――瞬間的に肝が冷えた。

 ディーデリックが既に俺とバッカスの関係、ひいては俺の正体に気づいているのではないか?と感じたから。しかし、冷静に考えればそうではない。


 素直に受け取れば、最初に挨拶に行っているんだから知っているだろう?という意味だ。素直に受け取ればな。


「もちろん、私もお会いしておりますから。凄くこう、筋肉がついた方ですよね」

「ふふっ、確かに第一印象はそうなるよな? 私もそうだった」

「高名な方なのですか? 元は銀のかまどの常連さんだとは聞いてますけど」


 こちらの言葉に頷くディーデリック。


「何を持って高名な冒険者とするか?は複雑なところがあるが、彼の戦歴を見る分には確かに申し分のない戦士だ。ちょうどそれまで組んでいた相棒が引退してしまって身体が空いていたという都合もあるが、それは私にとっての幸運だったな」


 ――今、目の前にいるこの俺こそが、引退した相棒だ。

 なんて言ってしまったらどうなるのだろうか。

 けど、こいつの場合は既に気付いている可能性もあるのが恐ろしい。


「実力の方はどうなんです? 殿下のパーティに相応しい方なのですか?」

「間違いないな、彼がいなければマンティスに勝つことはできなかっただろう。

 彼のような重装備で防御に長けた剣士が隣に居てくれると非常に助かる」


 バッカスが敵の攻撃を受け止め、ディーデリックが致命傷を負わせる。

 そして魔術師であるレンブラントが補助を果たす。

 ……綺麗に在りし日の俺たちだな。レオ兄と俺とバッカス。

 魔法剣士、魔術師、剣士の理想的なパーティだ。


「理想的なパーティ像ですね?

 しかし、御三方が銀のかまどを冒険者として使う予定だったということですか」

「そういうことだ。ここまでの繁盛店になるとは思ってもいなかったしな」


 ――ディーデリックの言葉に、有り得たかもしれない未来を夢想する。

 バッカスとレンブラントと、そして王子が常連となった銀のかまどを俺が手伝うことになっていたら。面白いものが見れたんだろうな、間違いなく。


「あなた様ほどのお方が使う店ではありませんよ」

「アダムソンも同じこと言っていた。冒険者の使うような店はダメだと。

 私はそれでも1人の冒険者から始めたいと言ったのだが、レンもダメだと」


 少し寂しそうに呟くディーデリック殿下。

 確かに彼の目的からすれば、冒険者たちとは接点が多い方が良いか。

 いち冒険者として動くほどリスクは増すが、冒険者たちを味方につけられる。


「――なるほど。今日は味だけではありますが、お口に合うと幸いです」


 会話に華が咲いているうちに、ゴーレムはここまで辿り着いていた。

 投影からも分かるが、それと同時に感覚的にも理解できる。

 自分の魔力が近いことを肌で感じる。


「ああ。実に楽しみだ――」


 部屋の扉が開かれ、ゴーレムがテーブルに食事を並べていく。

 この時の作法もレンブラントから一通り教わっている。


「そういえば、よろしかったんですか?」

「何がだ?」


 配膳を続けるゴーレムをまじまじと見つめているディーデリックに話しかける。

 王子自身とは別に俺の分が並べられていくのを眺めながら。


「私の分までご用意いただいて」

「ふふっ、当たり前だろう? あなたと食事を共にできる機会だ。

 逃す気はないよ。私も男を見せたいしね」


 向けられる真っ直ぐな言葉に少し照れくさくなってしまう。

 レンブラントは、彼のことを女に興味のない男と言っていたが、本当にそうなのだろうか。逆に無自覚でこういう言動ができるとすれば余計にたちが悪いのでは。


「殿下にそう言っていただけるとは、恐縮です……」

「ふふっ、急にそうかしこまるな。形式ばった午餐ではない。

 気軽にいつも通りにやってくれればいい」


 ――そうは言われてもな。いざとなると少し緊張してきた。

 トワイライトでは、客と酒とつまみを共にすることはあるがパスタみたいなテクニカルな食べ物は食べない。

 これでミートソースを零して服にシミでもつけてみろ。

 せっかく稼いでいる殿下からの好感が台無しだぞ。


「はは、分かってはいるのですが、その……」

「どうした?」

「よくよく考えるともう少しソースの少ないパスタにしておけばよかったなと」


 こちらの言葉を聞いて、くすっと笑うディーデリック殿下。


「零したら着替えを用意させるよ」

「わ、笑わないでくださいませ……だ、大丈夫です」

「いやはや。あなたの底の見えない力には驚かされてばかりだが、同時に君が人間であることに安心する」


 配膳を終え、礼をしているゴーレムに軽く礼を返しながら、ディーデリック殿下がこちらを見つめてくる。俺の魔法の結晶と、今の情けない言動をした俺を見比べて優しい笑顔を浮かべているのだ。


「……私も、あなた様を人間として見れていることを、嬉しく思っています」

「最初に刃を交えた時には、少し人間に見えなかったかな?」

「いえ、ただ……もっと早死にしてしまう部類だと。

 こうして穏やかな時間を共にできるとは思ってもいませんでした」


 こちらの言葉を聞いて静かに微笑むディーデリック・ブラウエル。


「死者を追って戦うな――だったね。フランシス」


 初めに出会った時に言ってしまったことだ。

 幼い日の彼に戦技を教えた王国騎士団。

 西方戦争にて英霊となった彼らの影を追う殿下に、俺はそう言った。

 蓋を開けてみれば、彼は想像以上に慎重派だったが。


「あのときは、差し出がましいことを……」

「いや、良いんだ。私にその節があるのは事実だし、君を口説くために自分の中にある恐れを伏せて話していた。あなたが私を心配してくれたことを嬉しく思っているよ、あの時からずっと」


 あまりにも真っ直ぐな言葉に、俺は頷くことしかできなかった。


「――安心して欲しい、フランシス。私は犬死をするつもりはないよ。

 ブラウエル王家に生まれた男として、死ななければならない局面がいつか来るかもしれない。だが、少なくともそれは今ではない」


 王族に生まれ、そう育てられた男の覚悟が見える。

 胸の中に恐れはあるはずなのに、淡々とそれを言ってのける。


「いち冒険者として死ぬことに、まだ意味はないからね」

「……いつだって、命あっての物種、でありましょう? 殿下」

「もちろんそれはそうだ。だが、命を張らねば得られぬものもある」


 こちらの表情を見て、殿下は少し寂しそうに、優しく微笑む。

 俺は今、殿下にこんな表情をさせてしまうような顔をしているのか。


「すまない。せっかくの料理を前に辛気臭くしてしまった」

「いえ……私のよく食べているものが、あなた様の血肉になりますように」

「ふふっ、そうだね。これで、もう少し君と近づけるわけか」


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