第17話「それはそうだが、あまり私を焦らさないで欲しいな。これでも王子だぞ?」
「それはそうだが、あまり私を焦らさないで欲しいな。これでも王子だぞ?」
――思わぬところで思わぬ言動が出てきた。
今まで彼は俺に対して、自分が王子であることを笠に着たことはない。
それを、こんなタイミングで甘えるように使ってくるとは。
無意識か意識的か知らんが、これは年上に好かれるタイプな気がする。
そういう言動をやれる少年だ。ディーデリックという王子は。
「ふふっ、たしかにあまり焦らし過ぎるのも行儀が悪いですね――」
小鳥型のゴーレムに指示を与え、開かれていた入り口を潜らせる。
客にぶつかってしまわないギリギリの高度を滑りながら、厨房へ向かう。
ここからは繊細な作業だ。ルシールちゃんの肩に止まって、ゴーレムを映す。
ディーデリック王子のために用意した少し派手なゴーレムだ。
ルシールちゃんの肩に止まることが、彼女への合図にもなっている。
『――お待たせしました! それじゃあ、ゴーレム君!』
ルシールちゃんの声が聞こえて、待機していたゴーレムがビシッと構える。
ちょうど茹でられていたパスタをすくい上げ、湯切り。
そしてソースと絡める一連の動作を流れるように行っていく。
客に出し続けているものと変わらないから、通常営業分に割り込む形だ。
誰かが毒を盛ろうにも、どれが王子に行くものなのか直前まで分からない仕掛けになっている。
「……ゴーレムの動きの滑らかさもそうだが、音まで拾えるのか」
「臨場感があって良いでしょう?
直接お越しいただくことは叶いませんでしたが、店の空気は伝わるかと」
こちらの言葉に頷いてくれるディーデリック殿下。
「確かにこれだけ混んでいる場所にフラっと入ったら沙汰になるな。
レンの心配性が出ただけと思っていたが」
「ええ。殿下のお耳に入るくらいには話題になっている場所ですもの」
トマトたっぷりミートパスタといくつかの料理を用意し終えたゴーレムたち。
それらを専用の入れ物に入れて、配達の準備は終了する。
この小型のタンスみたいな運搬具も俺が作ったのだ。最適なものがなくて。
「――ふっ、お祭り騒ぎにしてくれたな」
少し派手なゴーレムが3体で陣形を整え、行進を始める。
ブラウエル王家への献上品を運ぶとき専用の装飾を施している。
ゴーレムに着せた上着と旗がそれだ。レンブラントが色々と手配してくれた。
「レンブラント様には許可を頂いておりますわ」
「あいつ、ゴーレムの警護に入ってるって本当か?」
「そう聞いてます。探してみますか?」
青空の下、小鳥型のゴーレムを大きく旋回させる。
ゴーレムの行進を見に来た人々に紛れて、恐らくどこかにいるはずだ。
レンブラント・ヴィネア・マクシミリアンが。
「――ふふっ、本気で紛れたあいつは見つけられないよ」
「信頼なさっているのですね。冒険者としても随伴させていると」
「ああ。最初は難色を示していたけどね」
「魔術師にとって、手の内を晒すのは致命的ですものね?」
特にレンブラントの場合はそうだろう。
諜報系の魔法は知らないんですね?と言ってきたのがブラフでなければ、恐らくあいつの出身はそっちだ。これ見よがしに着けている魔道具も、そもそも俺には何か分からないが、分かる奴に対してもフェイクになっている可能性は高い。
そんな裏方に徹する部類の魔術師にとって、冒険者はリスキーだ。
帯同する冒険者をいくら制限しても、話題は必ず広がる。
倒したモンスターを並べるだけで、ある程度は手の内を推測できるからな。
「そうだ。まぁ、結局は冒険者としての私を護衛することを優先してくれたが」
「あの方の行動原理はそれですもんね。
今回も、貴方を守ることはできたとしても一般人の被害を抑えられないと」
投影されている映像に視線を落としながら、ディーデリック殿下は頷く。
「――確かにこの環境では、私も自分の身を守ることはできてもそこが限界だ。
店を運営しているあなたにとっては少々気を悪くされたかもしれないが」
「いいえ。適切にその判断をできる感覚に感銘しましたよ」
へぇ、ディーデリック自身も同じ判断なのか。
少し意外だなと感じたが、元々彼は見かけよりも慎重派だったのを思い出す。
世論を味方につけない限りギルドの改革はできないと考える部類の男だ。
そうでありながら、髑髏払いの儀式ではあれだけの啖呵を切った。
……世論を引き寄せるのに必要な一手だと判断しているから。
「そう言ってくれると嬉しいな。
しかし、現地に行けない私のためにここまでのものを手配してくれるとは」
「ふふ、店の一人娘の発案でして。本当に殿下が見たいものはこれではないかと」
こちらの言葉を聞いて微笑むディーデリック殿下。
宣伝に使うつもりだからこちらにもメリットはあるという話しようかとも思ったが、ここはもっとストレートにルシールのことを売り込んでおくべきだろう。
「なるほど。貴方が店を手伝うようになったのも、その娘が理由かな?」
「――そんなところです。歳も近いですし、少しお世話になったことがあって」
っ、マズいマズい。行きつけの店だったからと言いそうになってしまった。
一応、俺の設定は冒険者に憧れて開拓都市に出てきた小娘だ。
行きつけの店なんてあってたまるか。
「あなたが力を貸したくなるほどの相手か。私にも興味が湧いてきたな」
「いつか機会がありましたら、紹介させてもらえると嬉しいですわ」
「そうだね。アダムソンの奴が変な気を回さなければ、既に行っていたんだけど」




